01年12月Science Book Review


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  • ヒト型脳とハト型脳
    (渡辺茂(わたなべ・しげる)著 文藝春秋(文春新書213) 690円 ISBN 4-16-660213-6)
  • 帯には「ゴッホを見わけるハト バッハを聞きわけるブンチョウ」とある。だから何だっつーんだよ。と、思わずツッコミを入れたくなる文句だ。著者は『ピカソを見わけるハト』(日本放送出版協会)などの著書/実験で有名な認知心理学者。ハトがピカソを見分けようがゴッホを見分けようが、そのこと自体は「だから何だ」としか言いようがない話である。問題は、ピカソなりゴッホなりの絵の「なにを見ているのか」という点にあるからだ。

    著者は、我々の問題解決の脳内機構は論理演算ではなく、「アニマルロジック」と著者が呼ぶ、動物なりの論理によるものだという。もっとも「アニマルロジック」が何なのかは本書を読んでもイマイチよく分からないのだが。どうやら、ヒトでもときどき全く論理的ではない判断をしてしまうことがあるが、それには生得的な背景があり、生まれつきある特定の推論を行ったりしてしまうことがある。それをアニマルロジックと呼ぶらしい。

    絵画なり写真なりを見分ける、つまり似たものとそうでないものを分ける実験は「概念弁別」と呼ばれる。概念弁別の実験は、動物が何を手がかりにものを区分けしているのか、そもそも区分け処理そのものをやっているのかどうかを見るための実験である。たとえば「コップ」と呼ばれるものは実に多種多様な形や色をしているが、我々は、一目見ただけでそれが「コップだ」と認知できる。その基本的メカニズムはどこにあるのだろうかと探るための研究である(と、僕は思っている)。現在ではハトどころかハチでも行われているという。ハチはある面ではハトより「賢い」ことがベルリン自由大学の実験で示されたそうだ。

    生き物はそれぞれ自分の生活環境の中で適応している。その中で進化の産物として生まれた論理を持っている(この論理はいわゆる記号論理ではない)。それはそれなりに適応性があるもので、ヒトの持つ生得的な論理(あるいは推論能力とか認知能力と言い換えてもいいだろう)も、その延長上にある。それがどのように生まれてきたのか、解明していこう。これが著者が第一章で言いたいことらしい。

    そう、本書の内容は、言語の進化、脳の進化、ヒト独自の遺伝子はあるのかなどなど非常に多岐にわたっている。チンパンジーが言語を獲得することはどうやらできなかったことや(テラスらの仕事)、ヒトの脳の前頭葉(の割合)はオランウータンとほとんど変わらず、特に発達しているわけではないこと(ダマシオらの仕事)、ヒトの小脳がかなり大きいこと、類人猿はヒト型脳だけに存在しないある種の酸があること、鳥の起源や「原始鳥」イカサマ事件、出アフリカの歴史などなどのトピックスが散りばめられ、それがヒトの脳の進化、そして機能の起源という串で一気に串刺しされている。要領よくまとめられているので頭の中を整理することもできるし、興味を維持しながら色々な脳研究を斜めから見ることができる本に仕上がっている。

    心理学者と言語学者の微妙な違いや、色々な研究成果に対する著者自身の率直な評価も述べられていて、分かりやすくかつ面白い。また、表現型よりも遺伝子型を重視する最近の傾向をやんわり皮肉った一文などもあり、思わずにやりとさせられる部分の多い本だった。


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  • ノーベル賞10人の日本人 創造の瞬間
    (読売新聞編集局 編 中央公論新社(中公新書ラクレ) 760円 ISBN 4-12-150030-X)
  • 湯川秀樹、朝永振一郎、江崎玲於奈、福井謙一、白川英樹、野依良治、利根川進、川端康成、大江健三郎、佐藤栄作。ノーベル賞受賞者10人の小伝と、野依、江崎、大江、白川4氏の談話、それに評論2編を収録。何かを成し遂げた人の話というのは、いずれもそれなりに面白いものである。ましてやノーベル賞受賞者だ。新書の厚さだけど、かなりおなかいっぱいの気分になれる本である。

    ひねくれた人はノーベル賞なんぞ……といった話をすぐする。まあ言いたくなる気持ちも分からなくはない。だが、ノーベル賞受賞者は、その瞬間から多くの人の憧れになる。一般の人に科学を説明する語り部となる義務を背負う。ノーベル賞は、一般の人にとっては、科学に触れる数少ない機会でもある。それによって科学に目を開かされることもあるだろうし、若い人であれば、目標となることもあるだろう。ノーベル賞は、科学に対して正のフィードバックをもたらす良い機会なのである。こういう本が出ることは、やはり良いことだと思う。


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  • エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する
    (ブライアン・グリーン(Brian R. Greene)著 林 一・ 林 大 訳 草思社 2200円 ISBN 4-7942-1109-0 原題:The Elegant Universe : Superstrings, hidden dimentions, and quest for the ultimate theory, 1999)
  • 超ひも理論の名前は、科学好きな人なら知っているだろう。だが、それがいったいどういう理論であるのか、何を説明できるもので、どういう枠組みから生まれてきたのか、概略の一端だけでも説明できる人はほとんどいないのではなかろうか。超ひも理論、M理論の研究者自身が丹念に歴史を踏まえて解説してくれている本書は、そんなほとんどの科学好きのための本である。この本を通読すれば、超ひも理論、M理論がなぜ生まれてきたのか、何を説明しようとしているのかが、おぼろげながら分かる。その驚愕するビジョンの一端を、わずかだけども科学者たちと共有することができる。それと同時に、「空間」とはいったい何だろうか、「物質」とはいったい何だろうかと思いを馳せずにはいられないだろう。

    20世紀物理学の輝かしい成果−−相対論と量子論。この二つは、だが、両立しない。ブラックホール、宇宙の起源。そういう極端な状況では、この二つの理論を組み合わせる必要があるのだが、すると無意味な答えが出てきてしまう。だが、物理学者たちはみな原理主義者である。基本的には単純な法則で、この世界が説明されるはずだと信じている。宇宙が根本的なレベルでバラバラになってしまうことなど、許せない。そこを説明し得るのではないかと期待されて登場したのが、超ひも理論だ。

    自然界の相互作用は4つの基本的な力の組み合わせに還元できる。重力、電磁力、強い力、弱い力だ。現在の理論では、力は微小な粒子のやりとりによって構成されていると考えられている。電磁力は光子、強い力はグルーオン、弱い力はWボソン、Zボソン、重力はグラビトンという粒子でやりとりされる。力が粒子のやりとりだなんてわけがわからないと思うかもしれない。だが、そのように考えるとうまく説明できるのだ。そして、それぞれの力が今あるような形であったがために、宇宙はいまの姿になっている。では、それはなぜ、そのようにあるのか? これが次の問いとして登場してくる。

    60年代、70年代は、4つの力の量子論的説明を模索する時代だった。グラショウ、サラム、ワインバーグといった錚々たる面々によって、重力以外の3つの力はうまく統一的に説明できることが分かった。だが重力はまだうまくいってない。重力をうまく組み込むためには他の3つの力の統一の場合と同様、重力の量子場理論が必要だ。そのためには量子論と相対論をうまく組み合わせる必要がある。だが、そのためには大きな困難があった。

    量子論によればミクロな領域で量子的ゆらぎがあってありとあらゆるものが変動している。重力場さえも例外ではない。重力場は空間の湾曲として表現される。要するに微小なスケールでは空間は、激しく泡立ち波立った状態になっている。この領域では前後左右上下、そして過去未来さえ意味を失う。一般相対論ではこの量子的泡は扱えない。相対論は遠目で見れば十分うまく行くのだが、ミクロな領域では破綻してしまうのである。

    ひも理論は、粒子を0次元の粒子として考えるのではなく、1次元のひもの振動として考える。そうすると、量子論と相対論の衝突を防ぐことができる。なぜなら、「ひも」はプランクスケール、これ以上は小さいサイズはないとされているサイズだからだ。この宇宙では、際限なくどこまでも細かく分析できるわけではない、限界があるというのが、ひも理論の主張だ。しかもその極小のサイズは、量子論が予想する変動、粒子の発生と消滅、振動など、激しい混沌、ゆらぎが起きるとされるサイズよりも遙かに大きいのだ。だからそんなゆらぎは存在しないと言ってしまえるのである。つまりひも理論は、一般相対性理論と量子力学を点粒子の枠組みで定式化したときに問題となるプランク長さ以下のゆらぎをスカッと回避してしまうのだ。ちなみにプランクスケールとは10-33cm、「原子を知られている宇宙のサイズにまで拡大したとして、プランク長さはやっと平均的な木の高さにまで伸びる(p187)」くらいの大きさである。

    ふざけんなバカ野郎と思われるかもしれないが、それは、私の要約がまずいせいである。この本は500ページにわたり、超ひも理論が成立する前の相対論と量子論の考え方、その衝突、ひも理論略史、そして8つのひも理論をさらに統合するM理論へと至る。

    この本のすごいところは、素人にはさっぱり見当もつかないような得体の知れない物理理論を、可能な限り噛み砕き、分かりやすく説明しているところだ。いくつかもうちょっと細かく解説して欲しいと思うところもあるのだが、これだけやってくれれば十分という気もする。

    また、もう一つ、本当にこの本の凄いところは、物理学者たちのビジョンを共有させようとしてくれているところだ。この本を読むと、多様な現象を包み込む深いところで統一された展望、おそらく物理学者たちが思い描く物理の本当の面白さが少しだけ実感できるのである。

    たとえばアインシュタインの相対論は、運動が異なる次元に分配されるという考え方が根底にある。その考え方を空間次元だけではなく時間次元にも応用すると、静止している物体は時間の中を光速で運動していると見なすことができる。なぜそんなことができるかというと、時間も空間も次元だから。この考え方によって、物体が空間の中を光速に近い速度に動くとどんなことになるのか考えることが可能になるのである。つまり、物体が空間の中を進むときは「時間に剃った動きの一部が他の方向に向かうことになる。ということは、斜めに走った先の車のように、その物体は静止している物体より時間に剃ってゆっくり進むということだ」。

    著者はこのような説明で、理論の根底にある考え方をじっくり考えることを繰り返し強調する。アインシュタインによる重力と加速度運動の統一の説明しかり、量子論と相対論による空間と時間に与えられた含意しかり。そしてあらゆる物質と力を、一つの基本構成要素=振動するひもから生まれると唱える超ひも理論の考え方しかりだ。

    相対論や量子論は時空に対する理解の仕方を根本的に変えた。それと同様に、ひも理論も世界観を変える枠組みを提供する。ひも理論は、なぜ粒子と力がいまあるような特性を持ちうるのか説明することができる。世界のありとあらゆる物質が、じたばたと振動するひもから構成されているというのである。ひものそれぞれの振動パターンは、それぞれ粒子に対応する。粒子の質量や力荷はひものとる共振振動パターンによる。

    そして1995年以降、ひも理論は新たな進展を見せ始めている。ひも理論は、1次元のひもだけを含む理論ではなくなりつつある。この宇宙には、短く巻き上げられた空間次元があるらしい。というか、その余分の次元を必要とするということが分かったのである。ひもがそれだけの空間で振動していないと、この世界のありようが説明できないということになったのだ。これはつまり、粒子の性質は高次元幾何学によって決定されるということを意味している。我々が日常、目にしたこともない高次元の世界にまでまたがった、ひもの振動が、我々の世界の基本的性質を決めているのである。余計な次元はカラビーヤウ空間なる高次元図形のなかに巻き上げられているという。現在、なぜ他の空間が短く巻き上げられてしまったのかが議論されている。

    さらに超ひも理論は、わけの分からないビジョンを提示する。あまりにわけがわからなすぎてとてもまとめられないのだが、たとえば、半径Rの円と半径1/Rの円が物理的に区別できない、そんな幾何学的な空間の形があるのだという。互いに物理学的には等価だが、幾何学的には別物。そんな図形を「鏡映多様体」というのだという。322ページあたりから先を読んで欲しいのだが、驚嘆するのは、我々の住むこの世界そのものが、そんなわけの分からない数学で表現されるばかりか、それがどうやらうまくいくらしいということである。

    このような、奇々怪々な世界観に至る経緯を丹念に解説しているのがこの本なのである。もちろんここで紹介したのが全てではない。著者自身が超ひも理論の研究者なのだが、彼自身の研究内容は他の部分に比べて整理不足で、逆によく分からなかった。だが奇妙奇天烈さと論理のパワーを感じられるところである。現在のM理論では、この世界は高次元世界のなかの3次元の「ブレーン」として捉えるということになっている(これが『ホーキング未来を語る』の内容である)。

    超ひも理論によれば素粒子にはそれぞれスーパーパートナー粒子があるという。現在建設されている大型ハドロン衝突型加速器で、その粒子が見つかるかもしれない。

    通読していてつらつら感じるのは、世界を再解釈していく、あるいは「言い換えていく」物理学、数学、そして論理のパワーである。よりシンプルに理解できるやり方で世界を再解釈し続ける物理。コペルニクス以来、それは日常感覚とはどんどんずれてきている。だが、それは確かに、世界のありようを、より分かりやすい形で理解させてくれた。超ひも理論、M理論も、やがてはもっと簡単に理解できるようになるのだろうか。


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  • ヒトゲノム=生命の設計図を読む
    (清水信義(しみず・のぶよし)著 岩波書店(岩波から部ライブラリー82) 1000円 ISBN 4-00-006582-3)

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