04年1月Science Book Review


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  • 匂いの帝王 天才科学者ルカ・トゥリンが挑む嗅覚の謎
    (チャンドラ・パール(Chandler Burr) 金子浩 訳 早川書房 ISBN : 4-15-208536-3 原題:The Enperor of Scent : A Story of Perfume, Obsession, and the Last Mystery of the Senses, 2002)
  •  匂いを嗅げる大きさの分子で、匂いがしないものは一つもないという。だが、人間がなぜ匂い−−分子を嗅ぎ分けることができるのか、メカニズムは明らかではない。本書の主人公トゥリンは、生物物理学者であり、香料マニアである。もともと生物学者であった彼は匂いに惹かれるあまり、匂いのメカニズムの研究に没頭することになる。

     嗅覚は分子の構造、形状がもとになっているという説が一般的だという。だが人体は、同じ形をしているが違う構成の分子の違いを嗅ぎ分けることができる。それはなぜだろうか。それに対しトゥリンは、嗅覚は分子の電子結合の振動を感知する感覚であり、人体は非弾性電子トンネル分光法と同じ手法で分子の波数を識別しているのだという説を主張する。

     だが他の嗅覚研究者たちは彼の説を認めようとせず、「ネイチャー」は論文の掲載を拒否する。本書は嗅覚の新説をめぐる、科学者同士の争いを描いた本でもある。著者自身が受けたトゥリン説に対する反応をめぐるいきさつを描いた「なかがき」も面白い。彼はことごとく取材拒否にあったんだそうだ。

     また本書は、香水の研究開発の裏側を描いた本として読むことも可能だ。実際に香料を作っているのはビッグブラザーと呼ばれる6社に占められているそうだ。だが彼らは表に出ることはほとんどない。本書はその知られざる裏側の一端を描いた本として読むこともできる。

    トゥリンを主役にすえた本なのにトゥリン本人の写真がないとか、できればプロの研究者による解説をつけてもらいたかったといった不満はあるが、なかなか魅力的な本だった。人を魅了する香り・匂いの世界と、あくの強い研究者ルカ・トゥリンの「体臭」が感じられるような一冊だ。その匂いは読者をも魅了するに違いない。


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  • 夢の科学 そのとき脳は何をしているのか
    (アラン・ホブソン(J. Allan Hobson) 冬樹純子 訳 講談社ブルーバックス ISBN : 4-06-257426-8 原題:Dreaming : An Introduction to the Science of Sleep, 2002)
  •  ちょっと読み足らない感じはあるものの、非常に面白い一冊だった。

     意識が脳の状態であるとすれば、眠っているときの意識とも言える「夢」の状態では脳はどのような状態にあるのか? それを解き明かせば、覚醒状態の意識と、夢との違いを明らかにできるだけではなく、意識の本質的な謎に迫ることができるかもしれない。

     夢にはいくつか興味深い特徴がある。夢はしばしば非現実的で、記憶にとどめることが難しい。また逆に、夢を見ているときには記憶を引き出すことが難しい。同じ夢を繰り返して見ることも多い。また、非常に情動的である。つまり、高揚感、怒りや不安など感情に結びついていることが多い。また、夢を見ているとき「あれ、これはなんだったっけ…。思い出せないなあ」と思ったことがあるだろう。ところが夢の中ではどんなに非現実的なことや矛盾があっても「ま、いっか」と思ってしまうことも多い。この理不尽な納得、思考の欠落も夢の特徴だ。

     夢は外部からの刺激によらず、脳内で自己発生する知覚や情動、そして“現実”である。夢は覚醒時とはまったく違う。一部の感覚は眠っており、一部の感覚は覚醒時よりも強烈だ。これはなぜだろう。眠っているときに脳の一部が選択的に活性化されており、また抑制が外れていると考えれば理解できる。このことはPET等を使った著者らの研究によって実際に確認されつつあるという。

     またここを突っ込んでいけば、脳の働きの解明の一助となることは間違いない。夢を見ているときは要するに脳の一部が障害されているのとほとんど同じ状態であり、夢もある種の精神疾患の妄想と似ているという。ただし夢は、健常な人がみな、毎晩体験していることであり、自然な生理的状態なのである。これ自体が非常に面白いことだと思う。

     たとえば夢を見ているときには体は動いていない。だが、確かに動いているような感覚を覚えることがある。また、飛んだり走ったりすることもあるだろう。このことは、脳がどれだけの能力を備えているのか示している。脳は、実際の身体の運動や、知覚にかかわらず、知覚を“私”に実感させることができるのである。

     夢は、生理学的に見れば、眠っている脳の自己活性の結果であると著者はいう。ではそのとき、脳はどのような状態にあるのだろうか? たとえばセロトニン系やノルアドレナリン系の活動が落ちてしまうことが知られている。ノンレム睡眠時には半分、レム睡眠時には活動を停止してしまう。夢を見ているときの脳では「アミン作動系が遮断され、コリン作動系が過剰に活躍」しているのだ。

     また、アミン作動系の働きが落ちる結果、体温調節機能もレム睡眠時には働かなくなる。レム睡眠が体温調節に関わっていることは間違いない。断眠実験の結果から、人は眠るたびに体温調節機能を調節しなおしているらしい。免疫系も睡眠に関わっている。このあたりにおそらく睡眠と夢の謎を解くキーが隠されている。なお、しばしば誤解されているが、夢はレム睡眠のときにしか見ていないわけではない。

     発達の観点から見た場合、夢はいつごろから見るのだろうか。胎児はレム睡眠の状態にあることが分かっている。本当に夢を見ているかどうか聞くわけにはいかないのではっきりしたことは言えない。だが、そもそも胎児の脳は成人の脳のように発達しているわけではないので、見ていたとしても別物だろう。

     夢は単なる結果であって、機能はないのだろうか。この問いはさらに二つの問に分解することが可能だ。夢そのものの機能はあるのか」という問いがまず一つ。二つ目は「夢を見させる睡眠脳の自発的活動の機能は何か」という問いだ。

     前者の問いに対しては、スペキュレイションならともかく科学的に答えることは難しい。だが後者に対してはアプローチすることができるだろう。記憶との関連は昔から疑われてきた。まだはっきりとはしていないが、いつかはクリアーな答えが出るに違いない。

     もう一つ、夢をめぐる非常に面白く本質的な問題は、夢を見ているときの“私”の問題だ。夢を見ている間の意識は、明らかに目覚めているときの意識とは別物である。だが、確かに「私」の感覚そのものは存在する。脳が部分的にしか働いていないにも関わらず、だ。そのときの“私”の知覚は、いかにして生み出されているのだろうか? 著者は、「“わたし”という主体性あるいは主観性は、動きの能力の一部として発達するという、そのこと」を問題にすべきだという。動くこと−−。それと自己意識。その関係は?

     睡眠や眠りの研究が、主観的な意識やクオリアの問題、あるいはいわゆるバインディング問題を解く上で重要な役割を果たすのではないかと考える理由はそこにある。


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  • 光速より速い光 アインシュタインに挑む若き科学者の物語
    (ジョアオ・マゲイジョ(Joao Magueijo) 早川書房)

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