「DOS/Vmagazine」掲載書評『闘う独創の雄 西澤潤一』

2000年02/1日号掲載

『闘う独創の雄 西澤潤一』

渋谷寿(しぶや・ひさし)著 1700円  ISBN:4-274-02414-8 オーム社出版局

半導体分野などで輝かしい業績を上げた男

 pinダイオード、静電誘導トランジスタ、イオン注入法、半導体レーザー考案、光ファイバー、SIサイリスタ…。これだけのものを一人の男が発明した。それが「闘う独創」西澤潤一である。本書は日本人らしからぬ形容詞を付けられて語られる電子工学者の半生と、その創造力に迫ろうとした伝記である。

 西澤は半導体や光通信の分野で輝かしい業績を挙げているが、その評価は毀誉褒貶が激しく一定していない。高く評価するものもいれば、けなすものもいるのである。これはなぜか。攻撃的で闘争的な研究姿勢や、特許に対する意識によるものとされている。西澤の特許申請はあまりに世に先んじたものが多かった。そのために評価が別れ「はったり」とも言われた。理論付けが甘いという指摘もあった。これに対して、批判に対しては断固として闘うという西澤の姿勢が火に油を注ぎ、批判者らの怒りを買っていたらしい。

 だが西澤の生い立ちにもふれた本書を通読すると、どうやら西澤は、自らにも「はったり」をかまして成長を強制していたのではないか、そんな気がしてきた。

独創の雄はどのように生まれたか

 彼は「子どものころからコンプレックスのかたまりであった」という。帝国大学教授を務める厳格な父、自分より成績の良かった弟。「いつもぼやぼやしている」と叱られながら、学業成績を伸ばそうするがうまく行かない。そんな、プレッシャーと常に闘う内向的な少年であったらしい。そして、自分は頭が悪いと思いこんだ西澤少年は別の方法で頭を鍛えることにした。とにかくとことん考え抜くこと、諦めずにひたすらに考え抜く強さを持とうとしたのだ。つまり、分からないものをごまかさず、きちんと考えるということである。

 これが後の独創に繋がる。定説と思われていることでもきちんと確かめ、基本から考え直していく。そうすると、これまでなんでもないと思われていたところに、全く新しい現象が潜んでいることがある。それは、とことん考えなければ見いだせないようなものなのである。このような西澤の姿勢が、ダイオードの研究などへと繋がったのだ。

 もっとも、定説に異を唱えたりすると、鼻っ柱が強いと言われたりもする。そこは正しいものは正しいのだと言い切る強さと確証が必要になる。自信と言ってもいいし、はったりだと言いたければそれでも良いだろうが、「独創」と言われるだけのものを実現するには、そのくらいの集中力とデータの徹底的な見つめ直し、そしてそれらを束ねて己の道を切り開きながら開発していく腕力が必要なのである。

 光ファイバーに関する発表を行ったときも西澤らの研究グループは会場全体から嘲笑されたという。だが現在、軍配がどちらに上がっているかは明かである。

 話は全く変わるが、30才前後、西澤は教授から論文差し止めにされていた。その当時のエピソードとして、アルバイトの高校生にトーストを差し入れしていたという話が紹介されている。妙に心に残る話だった。

 なお西澤本人は東北大学学長を経て、現在は岩手県立大学の学長を務めている。


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