「DOS/Vmagazine」掲載書評『シリコン・ヴァレー物語』

2000年03/1日号掲載

『シリコン・ヴァレー物語 受けつがれる起業家精神』

枝川公一(えだがわ・こういち)著 760円  ISBN:4-12-101509-6 中央公論新社(中公新書1509)

シリコン・ヴァレーの発祥

 シリコン・ヴァレーは、かつて「ヴァレー・オヴ・ハーツ・ディライツ」、すなわち「心の喜びの谷」と呼ばれた、見渡す限り果樹園が広がる土地だった。だが現在のシリコン・ヴァレーは言わずと知れたハイテク企業の一大集積地である。正式に「シリコン・ヴァレー」という名を持つ場所があるわけではない。漠然とした地域の呼称に過ぎない。だが、その地に人々は集まってくる。あたかもシリコン・ヴァレーが「実在」しているかのように。

 本書は1885年のスタンフォード大学開校、そして1939年のヒューレット・パッカード設立に始まるシリコン・ヴァレーの歴史を追う本だ。  1930年代最初のころ。スタンフォード大の若き教授フレデリック・ターマンは一つのことで頭を悩ませていた。いくら優秀な学生を育てても、みなアメリカ東部に就職してしまう。これではいつまで経っても西海岸に才能は集まらない。

 そこでターマンは、若い学生たちをそそのかして、事業を興させることにした。彼の目に止まったのが二人の学生−−デイヴィッド・パッカードとウィリアム・ヒューレットだった。二人の学生が卒業し、当時世界を襲った大恐慌が一段落したあと、ターマンは二人に起業資金として538ドルを貸し与えた。二人は、どちらの名前を最初にするか、コインを投げて決めた。その後の物語は有名だ。こうして、シリコン・ヴァレーの基礎は作られたのである。

 企業による最先端科学技術への投資は続いた。戦争によって育った企業もあれば、戦後に大きく飛躍した企業もある。中でも1948年のショックリーによるトランジスタの発明が大きかった。これが文字通りのシリコン・ヴァレーを産むことになったことは言うまでもない。

コンピュータ企業が生まれた理由

 またシリコン・ヴァレーと言えば「自由な気風」のあるところとして知られている。それが生まれたのはHP社ももちろんだが、他にもICで大きくなったフェアチャイルド社のロバート・ノイスによる点が大きいと著者は指摘する。

 ノイスは硬直し市場価値を追うことしか頭にない東部のやり方を嫌っていた。彼に惹かれてフェアチャイルド社に集まった者も多かった。だがやがてフェアチャイルドそのものも硬直化していく。フェアチャイルドを退社したものは自由な気風の会社を次々に設立していった。

 ついには半導体部門を統括していたノイス自身も嫌気がさしてやめてしまう。研究開発部門を率いていたゴードン・ムーアともども。こうして1968年に誕生した新企業が「インテル」である。

 おっと、本書をめくりながら歴史を追っていたら、それだけで紙幅がなくなってしまった。

 その後のマイクロソフトやアップル誕生の話、なぜ日本に「シリコン・ヴァレー」のような地が誕生しないのかといった話は、本書をめくって頂きたい。未来も結構だが、たまには歴史を振り返るのも良いものだ。


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