「DOS/Vmagazine」掲載書評『孫正義 起業の若き獅子』

1999年10/1日号掲載

『孫正義 起業の若き獅子』

大下英治 著 2800円  ISBN:4-06-208718-9 講談社

 この雑誌の発行元だから言うわけではないが、ソフトバンクの動きは目が離せない。歴史を振り返るまでもない。最近ではイー・ショッピング・ブックスで出版界に大石を投げ込んだかと思えば、東京電力と提携して低価格のネット接続サービスに乗り出すと発表したばかりだ。ネットの中は時間の流れが速い。本書冒頭のテレビ朝日株の話や、ヤフーへの出資、コムデックスの買収などは随分昔に思えてしまう。

 本書は『東京中日スポーツ』紙に連載されていた孫正義の物語である。網羅的な取材をベースにしたノンフィクションではなく、小説スタイルでその半生を追った本である。だから基本的に孫の視点と立場から物語は語られているのだが、パソコン産業が芽生え、ネットワーク産業を経てインターネットの世界へと雪崩れ込んでいった模様を振り返ることができる。

 同時にひたすら感じるのが、孫正義という人物のバイタリティと頭の回転速度、そしてパワーの激しさである。次から次へと続く買収劇や事業拡大の数々。我々とは体感時間速度が違うのではないかと思えてしまうほど、思ったことは即実行をまさに地でいっている。

 話は差別と戦った幼少期から始まる。高1の二学期にいきなり退学。アメリカへ留学、ほぼ一週間に一度のペースでどんどん飛び級してしまう。さらにその勢いで試験官を説き伏せて大学に入ってしまう。そしてがむしゃらに勉強する。この段階で僕はすっかり魅了されてしまった。面白すぎる。はっきり言って無茶苦茶だが、このエピソードが本書の性格をもっともよく表している。とにかく無駄はしない、やりたいと思ったら即やってしまうのである。

 その後、ワンチップコンピュータとの出会いを経て(写真を下敷きに入れて持ち歩いていたそうである)、大学生のときに自分が「これは」と思った人物達を集め会社を作る。日本に帰国後、81年に会社名を「日本ソフトバンク」に改名。エレクトロニクスショーに当時資本金1000万円のうち800万円を投じてブースを出して船出。信用と人脈を力業で築きながら重戦車のごとく前進していく。このあとの流れはまだ読者の記憶にも新しく、だがどこかノスタルジーを感じる話だろう。

 デジタル業界の歴史はまだ短い。だがその中でも大きな浮沈があった。ソフトバンクは時として批判や不安の声を浴びながらも、大きく浮上することに成功している。だがこれからどうなるかは誰にも分からない。だからこそ未来は、中でも特に先の見えないデジタル業界は面白いのだ。孫正義が、自身が尊敬する幕末の志士・坂本龍馬のように時代の流れを大きく変えたと言われるようになるかどうか。それは同時代の我々ではなく後世の人間にしか分からないことだろう。その人物のこれまでを知るという意味で、とにかく本書は一読に値する。


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