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2001/05/17 Vol.143
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【安藤寿康(あんどう・じゅこう)@慶應義塾大学 文学部 助教授】

 研究:行動遺伝学
 著書:『遺伝と教育 人間行動遺伝学的アプローチ』風間書房
    『心はどのように遺伝するか』講談社ブルーバックス
    『ふたごの研究』共著、ブレーン出版
    そのほか

○行動遺伝学の研究者、安藤寿康さんにお話をお伺いします。
 遺伝と環境、その相互の関係はどのようなものなのか? 遺伝的であるとはどういう意味か? 安藤氏は、ある形質が遺伝的であるからといって、決まっているわけではないと言います。では「決まっている」とはどんな意味なのか? そのあたりを伺いました。(編集部)



前号から続く (第3回)

[08: 優生学と行動遺伝学 2]

○ええ。ただ、反優生学の人が結局、優生思想に利用されるということもこれまた多かったわけじゃないですか。優生学っていうのも実体があるわけじゃない。概念ですよね。本当に優生的にやっていこうと思って優生思想をやってた人はほとんどいない。でも、後世から見ると、反優生的にやろうとしていた人が、優生学に手を貸すような形になっていることが非常に多い。あとから見ると、ですけどね。

■うん、いま「新優生学」って言われてるのは、ナチみたいに制度として優生学をやるのではなく、個人個人の内なる価値観が結果的には優生思想のような意志決定をしていくんじゃないかと危惧されてますよね。そちらのほうが現実的なわけです。

○『優生学の復活?』(毎日新聞社)で書かれている話ですね。

■そう。はやりってことですね。
 でも、いまだって、いろんな流行ってありますよね。でも、ルーズソックスだとかにしても、100人が100人みんな同じ格好をしていたわけじゃない。かならず違うことをするものがいる。飽きが来るっていうのもあるし、絶対にへそ曲がりがいる。
 これは多分、一つには遺伝的多様性があるからでしょう(笑)。

○なるほど(笑)。もともとの初期値が多様だから(笑)。初期条件が違うから、結果はどんどんバラバラになっていくよと。

■ええ。だから技術的にいろんなことが可能になって、遺伝的にも一つの方向へと収束していくのか、それとも遺伝的バリエーション自体が、遺伝的に一つの方向へと流れるのを食い止めるのか、それは分からないですね。

○それは面白いですね。どっちなんでしょうね。今後の行動遺伝学なり進化心理学の大きなテーマじゃないですか。

■そうですね。
 一方向に行くのも、本当に、カッコ付きの「本当」じゃなくて、本当の本当にみんなが幸せになれるんだったらいいんですけどね。

○でもそれは無理じゃないですか。幸せって相対的なものだから(笑)。

■そうです。
 敢えて言うとですね、過去の優生学が不幸だったのは、幸せにならなかった人がいたからじゃないですか。ユダヤ人全部殺すなんていうのは、どう考えても不幸ですから。

○ええ。ジーンプールを丸ごと残した上で、そしていま生きている人全てが幸福になれる方向で、ってことですね。

■そうです。

○でも、仮に遺伝子をいじって病気に関するものを除去して、ってことになると、それこそ障害者の権利が、っていう方もいるわけですから。

■ええ。でもね、それはいま障害者がいるからですよね。ところがずっと遺伝子をいじって、ってやってると、障害者はやがていなくなるわけです。そうすると、本当に障害者がいない社会がやってくる。

○でも、それはまさに優生思想ですよね。

■ええ、これは優生思想ですよ。優生思想の話です。
 いまだけちょっと、あの人たちに手厚いケアをして、我慢してもらうと。そして今後はいっさい、先天性の病気を持った子供は産まないと。そうしてしまえば、一世代交代すれば一切そういう病気はなくなってしまう。いいじゃあないか、と言われたときに、それに対してどう反論するのか。

○ええ。

■どうしたらいいんでしょうね。

○…いや、それを聞きにきてるのは僕ですから(笑)。  僕自身は、たぶん理屈では反論できないなと思うんです。もちろん、言い逃れはできますよ。遺伝病なんて一度消してもまた起こってくるから、そんなこと考えてもナンセンスだ、だとか。でもそれは、いわば枝葉末節の詭弁に過ぎないと思うんです。本質的な反論になってない。
 要するに、いまの僕は、理屈では反論できないんですよね。だから「感情的に嫌だ」っていうこと以外の反論のしようがないんですよ。
 理屈でもなんでもないから「反論」じゃなくて「反応」ですけどね。「嫌だから嫌です」としか言いようがない。

■うん、そうですよ。だから技術的にそれが可能になっても、きっと「感情的に嫌です」という人がまた出てくると思うんです。私は産みますっていう人がいると思うんです、僕は。
 ……優生学の問題って、非常に重大な問題なんですよね。

[09: 行動遺伝学と進化心理学]

○個人的な感想なんですけど、いま行動遺伝学と進化心理学が世間でそれほど問題視されてないのは、単に知られてないからじゃないかと思うんですよ。研究者の方が思っているほど。

■いや、僕らは「知られてない」ってことよく分かってますよ(笑)。長谷川夫妻とも「僕たちマイノリティだよね」って(笑)。そういうことで息が合っちゃった。

○(笑)。長谷川先生たちの研究は、まずいって思われる可能性が高いと思うんですけど。

■どうしてですか?

○まず、殺人の進化心理学っていう時点で、かなりの人は拒否反応でしょ。
 以前、長谷川ご夫妻が『
人が人を殺すとき』(新思索社)って本を翻訳して出したでしょう。あのとき、僕はあれを読んで、これをそのまま援用するとこういうことが言えるんじゃないかと、嬰児殺しの話を書いたんですよ、自分のウェブ日記に冗談半分でね。そしたらやっぱり苦情来ましたよ。
 ところが、それと全く同じ話が、今度はご本人たちが書いた『進化と人間行動』(東京大学出版会)のなかにそのまま出てきてたんですね。嬰児殺しのコスト価がどうこう、って話です。

■ああ、ありましたね。

○僕みたいなのが冗談半分で書いただけでも反論が来るわけですよ。そんなことをそもそも書いたり言うべきじゃないっていうのももちろんとして、殺人っていうのはそもそも個別のものであって、そんなことに進化だとか生物学的なものだとかは関係ないんだとね。

■うんうん、それはよく言われるんですよね。でも、それとは違うレベルで進化のメカニズムっていうのは働いているわけですよ。だからそれは単純なミステイクなんですけどね。

○ええ。でもそういう形のミスアンダースタンドをしちゃうわけですよね。しちゃうし、多分、ミスアンダースタンドしたいっていうのもあるんじゃないかと思うんですけど。つまり、そもそも殺人なんてことを測られたくないと。そういう気持ちがね、あるんじゃないかと。

■うーん。

○確率統計の話だから、その考え方そのものが人間には理解しにくいっていう部分もあるんでしょうけど。
 でも一方で、あまりにも我々に身近な問題ですよね…。だから…。

■なるほど。
 逆にね、マスコミュニケーションに関わっている方に僕も伺いたいことがあるんですけど、世論の言説がどう動けば、その誤解っていうのが、無くせないにせよ変えられるのかと。

○……それはやっぱり教育じゃないですか。

■うん、そうなんだけど。
 でもね、たとえば僕が自分の研究の話を半年使って授業でやりますよね。でも最後のテストを見ると、ぜんぜん分かってくれてないんですよね(笑)。

○ははあ(笑)。半年間、面とむかって教えても、分かってない人が多いと。

■まあ、一つの理由ははっきりしていて、出席率が1/3。だから、そもそも僕の話を聞いてない人が多いからなんですけどね(笑)。
 でも『心はどのように遺伝するか』を出したら──やっぱりブルーバックスは凄いなあと思ったんですけど、安いからやっぱり買って読んでくれたらしい。
 しかも僕が「遺伝によって決まってる」って書いたらバツつけるぞって書いたせいもあって、今年はかなりレベルが高い答案が多かったんですよ(笑)。だからもうちょっと頑張って「言論統制」すればね、たとえば「優生的なことを書いたらDを付けるぞ」とかすれば、いいのかもしれませんけどね。もちろん冗談ですが(笑)。

○うん、じゃあみんなブルーバックスを書け、とういうことで。

[10:「決まっている」とは ]

○ところで、先生は「決まる」っていうことを無批判に使ったらダメだと。でもそれはやっぱり言い方の問題で、「決まってる」といえば「決まってる」わけじゃないですか。──って、いうこともダメなんですか?

次号へ続く…。

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