NetScience Interview Mail
1999/04/22 Vol.050
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【深尾憲二朗(ふかお・けんじろう)@国立療養所 静岡東病院 てんかんセンター】
 研究:精神病理学、てんかん学
 著書:『講座 生命'97』所収「死のまなざしとしてのデジャビュ」、哲学書房
    『講座 生命'98』所収「他者を真似る自己」、哲学書房

○てんかんの研究者、深尾憲二朗氏にお伺いします。
 9回連続。(編集部)



前号から続く (第5回/全9回)

[14: 抗てんかん薬の副作用、狙って薬が作りにくい理由]

○てんかんにはいろいろな薬がありますね。その話をお聞かせ頂けますか。

■抗てんかん薬にはいろいろありますが、薬理作用の解明は意外と進んでないんですよ。パッチクランプとかね、そういうレベルでいろいろ言われてはいるんだけど、意外と分かってないですよ。
 まず、ほとんどの薬がイオン・チャンネルにさまざまに作用するということが確かめられています。他には神経伝導速度を遅くするっていう薬(カルバマゼピン)もあるし、それとね、副作用として小脳失調を起こすような薬(フェニトイン)があるんですよ。その薬を長い間大量に飲ませていますとね、小脳失調が慢性化してしまうんですね。中には、小脳が萎縮しちゃう人もいます。

○萎縮しちゃうんですか?

■うん。それはもう悲惨なことになる。ちゃんと歩けなくなってしまうんです。
 で、その薬がいったい小脳にどのように効くのかを調べてみると、プルキンエ細胞が活性化してね、それが大脳に対して抑制的な働きをするらしいんです。それが大脳のてんかん活動を抑えるらしい。

○小脳が、ですか。

■そう。だけどそれは小脳の機能を害するから、失調になるんです。でもその薬もね、他にもいろいろな作用が知られていて、それだけが唯一の抗てんかん作用ではないみたいなんですよね。

○投与すると精神分裂病みたいになったりする薬もあると聞きますが。

■うーん、分裂病になるというより、幻覚や妄想を抱いたりするわけです。

○分裂病「様」の状態になるということですか。

■そうそう。分裂病というのはだんだん廃人になっていく、人格が崩壊していく、そういう経過のイメージが僕ら専門家にはあるからね。だから「分裂病様状態」なんてものはね、「分裂病」とは違うんですよ。

○一時的なものだからですか。

■うん。一時的な幻覚妄想状態というのは、どんな精神病でもありえることで、鬱病でもそんな状態になることがあるからね。てんかんでもあります。で、その幻覚妄想状態を引き起こす薬というのは、日本で開発された薬なんです。ゾニサミド(商品名エクセグラン)といってね。これは日本で1972年に合成されて、89年から市販されているんだけど、アメリカで治験をやったらね、副作用として尿路結石になるといって認可されなかったんですね。ところが日本ではそんなことはあまりないと。だからこれくらいなら使えるんじゃないかということになってるんですけど、僕らが使ってみて思うのは、他の薬と比べるとすごくね、精神病的な状態になることが多いんですよ。だからちょっと使ってみて、「あ、これはヤバイ」と思ったらすぐやめるわけです。

○ふーむ。

■それとね、これはカンなんだけど、会った感じでね、これはちょっとやばいんじゃないかな、この人は素質がありそうだな、という人に投与すると、必ず出てくる。なんかこう、神経質で、鬱陶しいような感じの人がいるんですよ、患者の中にね。で、そういう人にこの薬を飲ませると、すぐ出てくるね。

○へえー。

■だからこういうことはすご興味のあることで、てんかんをどうやって抑えるのかということを薬理学者は研究するわけだけれども、「なぜ精神病になるのか」ということもすごく面白い問題だから、科学的な興味を持った一部の研究者が調べて、その薬を使うと血中のドーパミンの代謝が変わるんだとか言ってますけどね。

○教科書的に考えるとそうなんだろうな、とは思いますね。でもそれだけじゃないだろうと? まあ1:1のわけはないだろうとは思いますけど。

■うん。実は精神病とてんかんの拮抗仮説というのが昔からありましてね、どの薬でも、薬を飲んで発作がピタッと止まったら、それと入れ替わるように精神病状態になる患者さんがときどきいるんです。「交代性精神病」と呼んだりしますけれど。だからゾニサミドに限ったことでもないんですよ。また逆に、抗精神病薬として広く使われているクロルプロマジンなどいくつかの薬が痙攣を起こしやすくするということも知られて いるんです。
 この精神病とてんかん発作の拮抗関係というのは、僕のようにてんかんを扱っている精神科医にとってはとても魅力的な問題なんです。精神病患者に電気ショックを与えて治療するという方法もこの仮説が基になっているんですよ。

○抗てんかん薬の開発の今後の見通しはどうでしょうか?

■最近いくつか治験されている薬は、GABAに関するものばかりですよ。やっぱりGABAが中枢神経系では抑制系の主役だと考えられていますからね。だからGABAとレセプターがカップリングしているというマイナートランキライザー(ベンゾジアゼピン類)とかGABAの分解酵素を阻害する薬(バルプロ酸、ビガバトリン)とかをみんな使ってきたわけだしね、今度はGABAの再取り込み阻害剤(タイアガビン)とか、GABAの前駆体(ガバペンチン)とかいろいろ作られているんですよ。

○そういうのは理論から狙って作られているわけでしょ。で、やってみたら効いたから、まあいいかあ、と。

■うん、そうそう。でもこれまでの薬と比べると、意外によくないみたいですよ。いろいろと副作用もあって。もう一つこう…、この十年くらいはヒット作がないんです。

○そうなんですか。これならオッケーというのはないんですね。

■だからこういうところでもね、てんかんのミクロな研究と臨床のギャップが、それほど埋まってないんですよ。みんなが思っているほどにはね。だから、海馬の回路がどうのこうのとか、カルシウム・チャンネルがどうのこうのとかみんな言うんだけど、それを狙って作って、バシッと治りましたという例は未だに一つもない。

○ふーむ。

■今まで心臓病用の薬として市販されているカルシウム・チャンネルのブロッカーは血液脳関門を通らないので、それを通るのを作ろう、という動きはありますよ。それはそのうちできるだろうと思うけどね。今のところ、例えば胃潰瘍のH2ブロッカーみたいに狙って作られたヒット作はないんです。

○なるほど。

■それはたぶん、てんかんがいろんな原因で起こるからなんですよ。いろんな原因で起こるのはなんででしょうね。一番注目されているのは、グルタミン酸のexcitotoxicity、「興奮毒性」って訳すのかな、変な概念があるんですよね。何かの原因で脳の一部がものすごく興奮すると、そこらへんの細胞がやられてしまって、しばらく時間が経つとそこらへんから発作が起きてくるという考え方があるんです。

○なんでそんなことが起きるんですか?

■うん、たとえば頭の中には動静脈奇型といって血管の奇型があってね、気が付かないだけで普通に暮らしてるんだけど、それが二十何歳になってから突然破裂して倒れて、麻痺して。その後、何ヶ月かしたらてんかん発作が起きるようになるとかいう人もいる わけです。
 でも、なんでやろ。

○いや、それは僕の質問ですから(笑)。

■分からへんのですよ。血管が破裂しててんかんになるのは、ヘモジデリンとかのヘモグロビンの分解産物、つまりは鉄の沈着と関係があるらしいとは言われているんです。動物実験で証明されたということで。
 でもいずれにしてもね、いろんな原因で起こるのが、てんかんなんです。いろんな原因で起こるということはつまり、あるレセプターとか、あるチャンネルの異常じゃないだろうということを示唆していると思うんですよ。

○多様な病態が、原因の多様さをそのまま反映している?

■うん、たぶんね。もちろん、どんな潰れ方をしても結局グルタミン酸が増えて、「興奮毒性」によって細胞が死んだ場合にのみてんかんになるんだということかもしれないけどね。

[15: てんかん発作はなぜ止まるのか]

○以前、ポケモン事件があったときに、ふと不思議に思ったことなんですけどね。どうして、てんかん発作は止まるんでしょうか? リセットスイッチがあるわけでもないのに。大発作を起こして意識を失った人が、しばらくしたら復活するのはどうしてなんで しょうか。考えてみれば非常に不思議なことだと思うんですけど。

■うん、それは実は、未解決の大問題なんです。
 意識を失って全身の筋肉が痙攣する大発作が起こるのは、脳のどこかで始まった発作活動が雪崩のように周囲に波及していったあげくに、脳全体が発作活動に巻き込まれるからだ、と考えられています。実際、ガクガクガクっていう間代痙攣のリズムはその時 の脳波上の発射のリズムと一致しているんです。
 しかし雪崩現象で大きくなってゆくのは分かるとしても、それがなぜある時間経つと止まるのか? それに大発作って、いかにもたいへんな状態で、最初見たときは僕もびっくりしたけど、みんな同じ長さで終わるんですよね。

○え?

■同じと言っても秒単位で同じじゃないよ。分単位で同じ。1,2分で終わりますよ。まず意識を失って全身が硬くなって、ガクガクガク、と間代痙攣して、それが段々間隔が長くなってから止まって、ガーッていびきかいて寝るわけです。ここまでの過程がね、まず間違いなく1,2分で収まるんですよ。

○寝てから起きるまでの時間はどうなんですか?

■ああ、それは終末睡眠といってね、寝る時間は人によって違いますね。これもね、大発作をしょっちゅう起こしている人はね、ダメージが少なくて、すぐ起きてくるんですよ。めったに大発作を起こさない人はね、ダメージがきつくてね、なかなか起きてこないんですよ。

○どうしてですか、それは。

■分からないんですよ。本当に分からないことだらけなんですよ、残念ながら。
 ただ、痙攣が収まると同時に脳波上の律動も止んで、全体がダラダラした不規則な徐波(遅い波)になるんです。不規則な徐波はその出現している脳の部位が疲弊していることを現していると考えられています。大発作の後は全体がそういう徐波になって、それが発作直後の昏睡またはもうろう状態に対応するわけです。そこからすると、大発作が止まるのは、単にエネルギーが切れて脳全体が疲弊したからというふうにも見えま す。
 ところが、「痙攣重積状態」といっていつまでも痙攣が止まらなくなる場合があって、その場合は放っておくとそのうちに心臓が止まって本当に死んでしまうんです。止まらなくて死んでしまう場合があるということは、逆に、1,2分で止まるふつうの大発作にはやはり発作を止める生理的メカニズムが働いているということでしょう。
 さっき話したように、発作の時に脳波を同期させてゆく仕組みも生理的なものだろうと考えられているわけですが、発作を止める仕組みもやはり生理的に存在するということでしょうね。

[16: てんかんのリズム]

■もう一つ面白いのはね、たとえば1ヶ月に1回発作が起きるという患者さんがいるんですよ。ホントかな、と思ったんだけど、入院させて見ていると、やっぱりだいたい1ヶ月に1回起こるんですね。同じ日っていうわけではないですよ。ほぼ定期的に。

○生理と同じくらいの正確さ、ということですか。

■だいたいね。1ヶ月に1回ということはね、その間に、何かてんかん発作の素になっているものが溜まっているんじゃないか、と考えるでしょ、自然に。

○うん、もしくは、もともと持っているリズムが関係しているか、ですよね。最近いろんなところで体内時計とかリズムとかの遺伝子を研究しているじゃないですか。

■昔ね、サーカディアンリズムとてんかん、というテーマでシンポジウムもあってね。モノグラフなんかも出ているんですよ。でもね、もしそういう普遍的なリズムによるものだったら、みんな同じ周期に発作を起こすはずじゃないですか。ところが実際には周期は個人個人でまちまちなんですよ。
 でもたくさんの患者さんを見ていると、側頭葉てんかんの患者さんなんか、月に2,3回、という人がすごく多いんですよ、不思議なことに。薬を飲んでも飲まなくても、月に2,3回という人が。

○え? じゃあ薬飲んでいる意味がないじゃないですか。

■飲んでた薬をやめると、一時的に発作が頻繁に出現してね、しばらくすると元に戻るとかね。それはいったい何なのか。

○何なんでしょう。

■それとね、女の人の場合はね、「自分では生理の前後に多いように思う」とか言うんですよ。でも入院させて見てみると、実際にはあまり関係なかったりするんです。本人がそう思いこんでいるだけで、プロットしてみたりするとほとんど関係なかったりするんです。これに関してもまたおかしい研究があってね、入院患者の発作の起きた時刻をプロットした結果を非線形解析してみたらカオスでした、っていうのがあるんですよ(笑)。だからどうした、っていう感じですね。

○(笑)。

■やっぱり役に立つものはね、周期なんですよ。この話も周期に関係するでしょ。結局、線形のリズムを持ったものだけが役にたつんじゃないかと。生の脳波を見るときも、こういう発作の頻度を見るときも。非線形とか言い出したらね、何の役にも立たないと思う。

[17: 行き当たりばったりの薬の開発]

○しかしまあ、わけの分からないことがいっぱいあるんですね。

■うん、だからね、ものすごく研究者を惹きつけるんだけど、ある程度以上はなかなか分析できない。いろんな薬があって、効くことは効くんだけど、それも経験に頼っていてね。まあ全般てんかんに効く薬と部分てんかんに効く薬の区別はできるようになったけど。副作用の出方にも個人差が相当あるもんだから、使いたくても使えない薬があったりとかね。なかなかきれいなデータが取れないし。
 新しい薬のデータを取ろうと思ったらね、これまで何も薬を飲んでない人に与えるのが一番良いんですよ。そういうのをフレッシュな患者と言うんだけど、みんないろんな薬を一杯飲んだあげくに治験薬を飲むでしょ。全然分からないですよ。効いたかどうかね。

○いっぱい飲んだ薬の効果が切れるのにどのくらいかかるか、ということは、あんまり分からないんでしょうか?

■いや、治験薬を試すことになったからといって、それまでに飲んでた薬を急に全部やめるということはまずないからね。ほとんどの場合、これまでの薬の上に治験薬を加えて飲むんですよ。だから治験薬だけの効果がわからないわけです。以前に飲んでいた薬の影響ということなら、いちおう市販されている薬ならみんんな代謝の経路や体内での動態も分かっているから、体の中に溜まるっていうことはないことになっているんで す。
 だけど、明らかにね、飲んですぐ効かずにしばらくしてから効いてくる薬ってあるんですよ。例えば鬱病の薬がそうでね。鬱病の薬って2週間くらい経ってから効いて来るんですよ。だから鬱病の人には、これ飲んだらすぐに楽になりますよって言えないんです。嘘になりますから。こういう効果の発現がゆっくりしているのはたぶんね、しばらく薬を飲み続けていると脳の側に変化が起きるからなんですよ。

○なるほど。そういうことがあるわけですか。
 効くから飲ませてる、っていうことなんですね。

■そうですよ。薬はみんなそうです。モデル動物として鬱病ラットとかありますけど、あんなんでは人間に効く薬を試すのにはうまくいかないでしょうね。あれはだって、無茶苦茶泳がせて疲れてぐったりしているラットを鬱病だと言っているだけですからね。鬱病というのはそうじゃないでしょ。社会生活の中で疲れ果てた人なわけだから。そういう人に薬を与えると、2週間で、この2週間というのは生理的・薬理学的なタイムス ケールから見るとずいぶん長いでしょ。その2週間の間に頭の中で何が起こるんだろうか。
 あと、マイナートランキライザーの類(ベンゾジアゼピン類)は、すごく耐性がつくのが早いんですよ。睡眠薬なんか毎日飲んでいたらすぐに効かなくなる。で、それはGABAのレセプターが変わるからだとみんな思っているんだけどね、本当のところは全然分かってないらしいですよ。

○そうなんですか? 薬の世界って本当に分からないんですね。麻酔でさえどうして効くのか分かってないんでしょう?

■そうそう。麻酔はね、長い間、膜が脂肪でできていて、それに溶けて効くんだとか言われていたんだけど、最近どうも違うらしいと言われていますよね。違う理屈で作られた薬が効くんで、そちらのほうにまた流行が移ってますね。

○しかし、そういう状態でみんなよく使ってますよね。

■うん、だからそれは話を広げるとね、医療ってそんなもんでね。ニーズが先にあって、取りあえずやってみると。危ないと困るから、危なくないかどうかだけは一応確かめるけど。それでも、ときどき危ないわけです。
 で、やってみて効いたから使おうということになるわけですが、それは偶然、効くと思っていた病気以外の別の病気に効くことが分かる場合もあるんです。だから新しい薬ってどうやって作られるのかというと、副作用から見つかることがかなり多いんですよね。

○ああ、最近はやりのバイアグラみたいに。

■そうそう。あれなんか心臓病の治験薬だったんだけど効かないから、返してくれと言ったら患者さんが返してくれなくてね。どうしてかと思って聞いたら…という話なんですね。そういうのは何も例外的なことではないんです。いま精神科でよく使っている薬の一つでスルピリドってあるんですけど、あれなんか胃薬だったんですよ。それを胃の悪い精神病の人に飲ませたら急に精神症状が良くなったから、抗精神病薬として使い だしたんですよ。だから意図せずに見つかった副作用が本作用として採用されていくということは薬の歴史では多いんですよ。

○ええ。

■ちなみにてんかんの薬として最も早く採用されたのは臭素剤なんですが、これは19世紀のヨーロッパでは、てんかんは性的エネルギーの過剰から起こると信じられていて、臭素剤を飲むとインポテンツになることを応用しようとしたものだったんです。もちろん現在では理論的には否定されていますが、臭素剤には実際に発作活動を抑える効果があったので、抗てんかん薬として残ったんです。

○へー。

次号へ続く…。

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編集人:森山和道【フリーライター】
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