NetScience Interview Mail
2001/02/01 Vol.130
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◆Person of This Week:

【梶田秀司(かじた・しゅうじ)@機械技術研究所 ロボット工学部 運動機構研究室】

 研究:2足歩行ロボットの制御
 著書:『歩きだした未来の機械たち −ロボットとつき会う方法−』ポプラ社

ホームページ: http://www.mel.go.jp/soshiki/robot/undo/kajita.html

○二足歩行ロボット、その制御の研究者、梶田さんにお話を伺います。
ロボットブームではありますが、技術的な話はほとんど触れられていないようです。
素人でも、もうちょっと詳しいことが知りたくなりました。(編集部)



○最近、何かとロボットが話題です。やっぱりホンダのP3、そしてソニーのAIBOな どの登場、そして一般ウケが(ロボット研究者の多くが)思った以上に大きかったこ と、このへんが大きいんだと思います。というわけで、長年2足歩行をやってきて、 しかもホンダがP2を発表したときの衝撃──やはり2足歩行には誰もがインパクト を受けることを実感したうれしさと、先を越されたというなんとも言えない気持ちを 素直にウェブに公開している (http://www.aist.go.jp/MEL/soshiki/robot/undo/kajita/myhonda.htm)梶田さん にお話を伺いたいなあ、ということで、やってきました。本日はよろしくどうぞお願 い申し上げます。

■いやー、私にお役に立てることであれば。こちらこそ、よろしく。

編集註:今回の<インタビュー・メール>は、半年くらい間をあけて、2回に分けて伺った話を一つにまとめたものです。またインタビュー収録後にホンダのASIMO、ソ ニーのSDR-3Xなどの発表がありました。そのため現状とそぐわない部分が多少あった り、ニュアンスが不自然な部分がありますが、ご容赦下さい。本質的な部分は変わらないはずです。

[01: ロボット研究者が苦労している点はなにか1 「ドンガラ」の線形制御]

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○さて、じゃあ何から伺いましょうか…。ふだん、ロボット研究者は何をやっていて、どんなことに苦労しているのか、という話から御願いできますか。

■そうですね。一言でロボットといっても色々あります。ここ(機械技術研究所)の 近所にある電総研はAI、いわゆる人工知能ですね。われわれ機械研はメカをやってま す。口が悪い人は「ドンガラ」って言うんですけどね。

○ドンガラですか(笑)。

■うん。あまりマスメディアでは報道されませんが、我々が日常的に問題にしている領域は、関節の発振とかなんですよ。そこに苦労しているわけです。
 いわば電総研は「アトム」を作ろうとしているとすれば、僕らは「マジンガーZ」 なんですけど、マジンガーの操縦席のレバーを動かせばちゃんと動くっていうことが 解決しているかというと必ずしもそうじゃない。これが僕がまず言いたいことなんで す。

○と、仰いますと?

■レバーを動かしたとおりに腕や脚が動くように作りこんだ時点で、既にフィードバック制御が入っているわけです。ところが下手にフィードバック制御を作るとすぐに発振しちゃうんですね。ガタガタガタガタとケイレンするようになっちゃう。結局、発振との闘いなんです。

○具体的に御願いできますか。ロボットでいうと?

■うん、たとえばレバーを引いた量に比例した力でパンチをくりだすようなロボットを作ったとしましょう。この場合レバーを引いた量を位置のセンサ、腕が突いている力を歪みゲージなどのセンサで測定します。センサで測定された情報をもとにモータの動きを制御して希望する動作を実現するようにコンピュータのソフトウェアを作るわけです。今レバーがニュートラルの位置にあったとすれば、ロボットのパンチ力は0でなければならないので、外から押されたら腕を引っ込めるような動きになります。「コンプライアンス制御」って言いましてね、力を制御することで実際には固いメカでも柔らかくふるまわせることが可能なんです。

○取りあえず、バネを効かせられると思えばいいですね。

■はい。それによって柔らかいものを持ったり、柔らかいところを歩くというわけです。
 ところがこれが難しいんです。力を制御するということ自体が、むちゃくちゃ難しい。ネガティブフィードバックをかけて力をモーターの電流に返すと非常に簡単に発振しちゃうんです。これは研究者の間ではしばしば、非常に問題にされながら、完全には解決されていないんです。たとえばどういうときに問題になるかというと、豆腐をつかめるロボットってありますよね。あれ、固いものはつかめないんですよ。発振しちゃうんです。

○ふーむ。

■これがロボット作りにおける一つのポイントです。つまり、いわゆる制御工学の世 界でまだまだ問題があるんです。僕は、そういうことはもっとちゃんと言ったほうが いいと思うんですよね。

[02:カルマンフィルター、サイバネティックス、フィードバック・ゲイン]

○線形制御がなぜうまく行かないのかが、まだいま一つよく分かんないんですが。

■線形制御の中にモデルっていう考え方が入っているわけです。以前、森山さんには カルマンフィルターとは何かという説明をしましたよね?

○えーっと、何のことでしたっけ(苦笑)。

■カルマンフィルターっていうのは、ノイズフィルターです。何から言えばいいかな あ。よし、こう説明してみましょう。
 歴史的にはね、制御、つまりモノを電気的にコントロールするっていうのは、ノー バート・ウィーナーが『
サイバネティックス』という本を書いた頃からできてきて、 当時はたとえば、高射砲で飛行機を撃ち落とすために、それを自動制御してやらない といけない。それで高射砲の角度を制御してやらないといけない。飛行機の動きに追 従するために、フィードバックを組んでやる。ところがヘタに組むと高射砲はガンガ ン振動してしまって、思うどおりにねらいを定められない。それをどうしたらいい の、ということから研究が始まったわけです。

○はい。

■というわけで、MITの先生たちやいろんな人が研究をはじめたわけです。一方、人 の神経系を研究している人たちがいますよね。ある種の病気で、企画震顫といって手や腕が振るえちゃうひとがいるんです。

○ええ。

■この病気の人は、モノを取って下さいと言われたときに、手を伸ばして、正確にそ の場所にピタッと手を止めることができない。行き過ぎて、引き戻して、引き戻しす ぎてまた引き戻して、といった形になって、ピーッと振動しちゃう。これはまさに高 射砲の制御がうまくいかなくて、目標から行き過ぎて戻って戻って戻っての繰り返し になって発振しちゃうのとまったく同じでしょ。つまり人間も機械も、情報のフィー ドバックループっていうのが、非常に大きな役割をはたしているんだというのがサイ バネティックスのもともとの発想なんですね。

○はい。

■当時やられていたのは線形制御ですが、当時ウィーナーはもう、非線形制御の話を 『サイバネティックス』の中でもしてるんです。
 ですが線形制御は1950年代では完成してませんでした。きちんと完成したの が、1970年前後で、R・E・カルマンがほぼ現在と同じ制御理論を作りまして、 それは「現代制御理論」と呼ばれています。
 カルマン・フィルターというのは彼の名前から来ているんですが、何が新しかった のかというと…、「フィードバック・ゲイン」って分かりますか?

○いやー。教えて下さい。

■はい。目標の位置がありますね。それを取ろうとする手の位置がありますね。その 距離の差を考えます。その距離の差が大きければ、もっと手を動かさないといけない から手のトルクをあげてやるように信号を送ってやります。結局やっていることは、 その差を測って、それにある値をかけて、たとえばモーターの電流にしてやるという 作業なわけです。

○はい。

■ある値、目標からの誤差に、どのくらいの値をかければ行き過ぎもせず、振動もせ ず、ピタッと止まれるか。誤差に何かをかける。かけて、モーターの電流にするパラメーター。それが「フィードバック・ゲイン」です。

○なるほど。

■それをうまく調節してやるわけです。すごく大きなフィードバックゲインをかける と行き過ぎて振動しちゃう。小さすぎると目標までなかなか行き着かない。ヘタする と目標に行き着く前に息絶えちゃう。それで誤差が残ったまま。それを調整してただ けだったんですね。しかもその調整は、モノを作ってみないと分からないと。

○ふむ。

■カルマンがやったことは、それをもうちょっと賢くしてやろうと。実際の特性、ロボットの特性を考えて設計しましょうと。それを使うと理論的には最適なフィードバ ックゲインを計算できますよと。

○特性っていうのは。

■特性っていうのは、くだいていえば運動方程式。我々が扱っているのはニュートン の世界に過ぎないので、モーターにどのくらい電流を流せばどのくらい手が動いてっ ていうことは分かっているわけですね。その情報をもとにきちんと計算しようと。カルマンがまず解いたのは、運動方程式をもとに、それを思い通りに動かすためのフィードバックゲインを自動的に計算する方法だったんです。ただし、その前提として制御したいものの位置と速度が正確に分かっていること、という条件がつきました。

○ええ。

■実はこれって結構難しいことが多いんです。たとえば、ロケットを打ち上げる時には地上局のレーダー追尾で軌道を計測するのですが、それで得られる距離と方向のデータは前処理を行った後だと一秒間にたった一回なんだそうです。これを使って猛スピードで飛んでいるロケットの正確な位置と速度を推定しなきゃいけない。飛行データが最初から終りまであらかじめ分かっていれば、最小二乗法を使ってピッと線を引けばいいんですが、欲しいのは、いままさに飛んでいる瞬間の情報でしょ。ところが情報は一秒前だと。しかもノイズが乗っている。どうしたらいいか。

○どうしたら良いんでしょう。

■ロケットは重さがあって、エンジンの推力はわかってますね。それがあれば運動方程式にのっとって、このくらいのパワーを出しているはずだから、このくらい動いて いるはずだと分かりますね。そのモデルに対して信号を与えてやると、最小二乗法をリアルタイムで計算しているのと同じ様な、非常に滑らかで信頼性が高いロケットの 軌跡が計算できるんです。それがカルマン・フィルターというものです。非常にデー タが粗くてもいいし、ノイズがのっていてもいい。それでも信頼性が高い値を推定で きるわけです。いまほとんどの機械、ロケットはもちろん、カーナビにもカルマン・フィルターが入ってます。当然僕のロボットにも入ってます。計算機のアルゴリズムなんですが、それが開発されて30年くらいですかね。

○いわばモデルを作ってみて、そのモデルで動かしてみたことを実機に反映させるものがカルマン・フィルターってことですか?

■そうですね。ラフに言って正しいです。

○そうなんですか。その前の奴と何が違うのか、よく分からないんですが。

■ううーん、そうですか。カルマンフィルタ以前では一定の周波数以下の信号だけを通すようなローパスフィルターが使われていました。ノイズ自体は結局高い周波数、つまりピッと立つような信号なんです。そういうのをなめらかにしてあげる。もともとの信号だけを通して、高い周波数は消してしまう。それがローパスフィルター。ドルビーの原理なんかもこれを高級にしたものですね。

○ふむふむ。

■ところが、信号とノイズが似た周波数を持っていて重なっちゃうと、分離できなくなっちゃいますね。でもその代わりに、今度はモデルを使いましょうと。f=maで、これくらいの力がかかっていたら、このくらいの加速度で動くでしょうと予測できます から、それを使ってやる。

○なるほど。ローパス・フィルターが使えないところでは、モデルを使ってやると。 予測値をはめてやって正しいかどうかを判別すると。

■ええ。じゃあこう言いましょう。リアルタイムのシミュレーションなんです。モデルが分かってるということは、シミュレーションができるということですから。ロケットが飛んでいるときにも、コンピュータのなかで飛んでいるロケットをシミュレートしているわけです。

○はい。

■シミュレートしたものと実際のデータが合うようにしてやることで、結果として非常に信頼性の高い測定値が得られる。

○「実際はこういう動きをしてるんだ」ということが分かるわけですね。

■そうです。

○じゃあ、それがどうして発振などの問題の解決に役立つんですか。

■フィードバックをする上では、正確な情報が非常に大切なんですよ。間違った情報 をもとに対策を立てても、事態は悪化するだけです。
 発振はですね、要するに「対策の遅れ」なんです。

○じゃあぴったり合った情報があれば、発振しないんですか。

■はい。もし動いているものの真の情報が得られれば、発振しないようにすることは 可能です。本当の、正確な位置が分かれば。
 ところが、世の中のセンサーには必ずノイズがあり、遅れがあるんです。

○つまり完全な理想状態じゃないと無理ということですか。無限に正しくないとダメ だと。

■そうそう。

○でも人間は普通、ふるえたりしないじゃないですか。どこかで「適当でいいや」っ てやってるのかもしれませんけども。

■うん。でも例の『脳のなかの幽霊』(ラマチャンドラン/角川書店)のなかに頭のなかで現実をシミュレートしている部分があるっていう話が出てきたじゃないですか。あれがまさにカルマン・フィルターと同じだと思うんですね。
 まず実際にどれだけ動かしたいかという信号があって、これを手に送ってやる。手からはある程度遅れて実際にどれだけ動いたかをあらわす信号が帰ってくる。遅れているから、そのままフィードバックすると発振しちゃう。ですが頭のなかで「手はこう動くはずだ」とシミュレートしているわけですから、ある程度、先読みして目標を維持できる。それがカルマン・フィルターの働きです。

○はい。そこまではよく分かりました。

[03:モデル誤差]

○じゃあ、なぜロボットはうまく動かないんですか。

■それはですねえ…

次号へ続く…。

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◇日本地震学会災害調査委員会
 2001年1月26日インド西部の地震(Ms7.9)に関するリンク情報
http://www.miki.riken.go.jp/India2001/dmsp.html

◇日本建築学会災害委員会
 2001年1月26日インド西部の地震に関する情報
http://kouzou.cc.kogakuin.ac.jp/Saigai/india/india.html

◇SeaWiFS Project ガラパゴス周辺の衛星写真を公開
http://seawifs.gsfc.nasa.gov/SEAWIFS.html

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http://www.cnn.co.jp/2001/TECH/01/19/animal.space.reut/index.html

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NetScience Interview Mail Vol.130 2001/02/01発行 (配信数:24,001 部)
発行人:田崎利雄【科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
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