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1998/04/30 Vol.001
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◆This Week Person:

【金子邦彦(かねこ・くにひこ)@東京大学 大学院 総合文化研究科 教授】
 研究:非線形物理(カオス、大自由度カオス)、複雑系、理論生物学
 著書:「複雑系のカオス的シナリオ」津田一郎氏と共著、朝倉書店
    「カオスの紡ぐ夢の中で」小学館
    「生命システム」青土社(『現代思想』誌での論考、対談をまとめたもの)
    ほか
研究室ホームページ:http://chaos.c.u-tokyo.ac.jp/index_j.html

○「ブーム」と言われる複雑系。書店には<複雑系>という言葉が溢れています。ですが本を読んでも「なんだか良く分からない」、そうお考えの方も多いと思います。私もそうでした。そこで「なんだか良く分からない」という疑問をそのまま、日本の複雑系研究の牽引者の一人、金子邦彦さんにぶつけてみました。全5回予定。(編集部)



○先生、本日はご多忙のところ有り難うございます。

■文庫エッセイ『カオスの紡ぐ夢の中で』を書いちゃったし、あとがきで<ヴァーチャ ル・インタビュー>までやっちゃったから、一般の人向けに語れることは、もうあれで 尽きてるんじゃないかと思うんですけど(笑)。

[01:複雑系科学はなぜ必要か]

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○そうかもしれませんね(笑)。
 でもやっぱり私には正直申し上げて、「それでどうしたのか」といった疑問が消えないんです。先生のご本の<あとがき>にもあった話で恐縮なんですが、つまり、複雑系の話全体が、どうもいまひとつ「ピン」とこないんです。  時間軸をもった動的な多対多の系をモデル化して理解しようとする時に「複雑系」なる捉え方が必要だということはなんとなく分かります。しかし、そこから先がどうしてもピンと来ないんです。 「それは単なる<ものの見方>に過ぎないんじゃないのか」と、そう思ってしまうんです。つまり、なぜ複雑系科学というものがわざわざ必要なのか、ということが分からないのです。また、複雑系研究におけるモデルの意味というのも今ひとつよく分かりません。そのせいで納得できないところがあるんだろうと思います。おそらく、実際の生物の研究者達にも「それが何になるのか」と思っている人は多いんじゃないかと思うんですが、その辺りのギャップといいますか、その辺を、先生から直接お話を伺うことで埋められないかと考えております。

[02:生物はcomplicated systemかcomplex systemか]

■そうですね。生物の話に限定したほうが簡単だと思うので、その線で進めましょう。
 結局はですね、生物がComplicated System(こみいった系)かComplex System(複雑な系、複雑系)か、という問題なんですよ。僕は、多分生物はComplex System(複雑系)でしかあり得ないんじゃないかと思うんです。これは、大沢文夫さん(愛知工業大学基礎教育系客員教授。大阪大学・名古屋大学名誉教授)が、湯川秀樹に「生物は積み木細工ですね」と言われて、そうじゃないということをいうために、ルース・カップリング説といったものを考えて出してきたこととかと、ま、ある程度関係すると思うんですけどね。
 complicated systemというのは、結局こみいっているんだけど、まあ我々が機械をつくる時のように部品を組み合わせて行ってできるものです。あるいは、IF〜 THENの組み合わせで説明できるようなシステムのことです。たぶん分子生物学なんかでは、ある程度それを暗黙の前提としてやっていると思うんですけどね。
 で一方、そうじゃなくって、そういうものの組み合わせというよりも、個々の問題要素があると共に、その個々の要素と全体の振る舞いというのが関連しあっている、個々が全体を占めるけれども、全体によって個々の性質が変わるという構造が本質的で、それによって全体と個々の関係ができる、このように捉えようというのが複雑系の立場です。そして生物は、それが典型的に表れてきているものだ、と考えています。

■そういうふうに考えている理由を3つ挙げます。一つは安定性の問題です。実際に生物の中で起こっていることは化学反応であるわけです。しかも反応している分子の数は千とかのオーダーなので、ものすごくゆらぎがあるはずなんですね。そんなに、If〜 thenみたいな論理規則の形でかけるはずはない。すごくゆらいでいるから。だけど実際に体づくりとかの結果を見ると、そんなにゆらいではないわけです。安定なんです。では、そのような集団としての安定性はどこから出てくるのか。
 それを考えると、最初からIf〜 thenを組んで、適当にノイズを入れてやったようなものでは、うまくいくはずがないのです。間違いを修正する機構をいれればいいかとも思われるかもしれませんが、生物の場合、その修正も化学反応で行なうのわけです。ですから、またそこでゆらぎが入ってしまうわけです。
 そこで、そもそも正しい方向とかいうこと自体が、前もって個々の規則でいれたものでなく、集団の性質として表れてきたものである、それゆえ違った方向に行くのを戻す機構が内在しているのではないかな、と考えているわけです。それが一つ。
 もう一つは、実際にIf〜 thenっていうためには、0, 1で書けなくちゃいけないわけですよね。でも生物の場合はもともとそんな風になっていない。化学分子の量にしても、そんなにきちっと多い少ないの2つに分けられるわけではない、そういう問題があります。  3番目は、多様性の問題です。生物の場合、なにかの要素で出発する、っていっても完全に同じではあり得ない。ずいぶん違うわけです。それが多分、<物理の階層性>と<生物の階層性>の本質的に違う点でしょう。たとえば、物理の世界で「電子」っていったらみんな同じわけですが、細胞一つとっても「なんとか細胞」とか言うように、違うわけです。同じ細胞でも少しずつ違ってますよね。そういうような、本質的に多様な集団、あるいは多様性を作っちゃうような集団は、最初から決まったものの集団からやるのではずいぶん違うはずだろうと。そういう考え方が僕にはあるんです。

[03:連続的に変化する多様性と安定性]

■連続的に変化できる多様性の意義は、大学院生の古沢君とやっているモデルで、割と綺麗に出ています。まず細胞の集団が別れていって多様性ができていくんです。その結果いくつかのタイプに分かれます。
 例えば3種類の細胞ができます。これをS、A、B、としましょうか。この場合、SはSを作るかA, Bに分化するかしています。そのときにBを取り除いて、Bの数を減らすということをやってみる。すると、SからBを作る割合が増える。外からダメージが加わっても、もとの分布を回復できるのです。
 これは、最初からS、A、B、をおいといて、Sはどういう割合でAになる、というような規則をおいたのではうまくいかないのです。この場合どうしてうまくいくかというと、S、A、Bは明らかに違う種類に見えるんだけど、そのSが全く同じものかというと、少しずつ変化できる。BがなくなったときのSは、少しずつBの方にシフトする。それによって、Sから、Bに分化する割合が増える。
 だから、デジタルにS状態、A状態、B状態ってほぼ分けられているのだけど、ホントは連続的に変わっていける。その中で、だいたいA、だいたいB、っていう風に分かれていくわけです。つまり、デジタルな分けかた以外に、アナログな変化もあるのです。で、その変化が何によって決定されるかというと、まわり、他のAやBの細胞がどんな割合でいるかで少しずつ変わるのです。全体の変化が、個々のSというものの性質を変えるわけです。それによって安定性が生まれている。
 だから、最初にいった個々の要素と集団の関係でいうと、最初からSっていうのを置いて分化の規則を与えるとゆらぎや乱れに対応できない。いまの場合は、Sっていうのは後からできたものだから、変化できる。それによって集団の安定性ができる。数理モデルではこういう結果が得られます。そういう視点で、実際の細胞分化を捉え直せるのではないか、と思います。
 例えば、造血幹細胞が分化するときに、他の細胞の種類へと変わる確率があるわけですね。この確率がなんらかの形で調節されていなければ細胞集団の安定性はできないので、調節されているのは確かだと思うんだけど、僕が言いたいのは、そういう基本的性質が、最初からあるんじゃないかな、ということなんです。

[04:システムの基本的性質としての多様性出現と、状態としての安定性]

○その基本的性質というのは、実体としてはどのレベルにあるとお考えなんですか?
DNA、RNA、タンパク集団くらいの相互作用の中にあるとお考えなのか、それとも細胞集団間くらいのレベルであるとお考えなんでしょうか?

■基本的には多分、ある要素があって、増えていく、という性質が必要ですよね。生物なんだから。そしてその要素がお互いに相互作用している。しかもその要素は何か化学反応などによる内部の状態がある。そういうものであれば、常に表れてくる性質なんじゃないかな。
 具体的には細胞っていうのがあって、その中にDNAがあって、タンパクがあって、っていう形でもいいんだけど、もっと一般的な性質…、まあ「内部状態をもった要素があって、お互いに相互作用しながら増えていく」、そういうことだけで、できてくることなんじゃないか。極論すると。ひょっとすると、そういうことだけで生物の色々な性質というのはできてくるものなんじゃないか。そう考えています。

○そういうものであればどんなものでも基本的に持っている性質だ、ということですか。いま落ち着いている状態っていうのも、ある種の解としてあるに過ぎない、安定解がわーっといくつもある中で、たまたま一つに落ち着いている状態に過ぎない、そういう自然観ですか?

■そうですね。
 いまさっきのモデルは内部状態を適当に取って相互作用させただけですが、それだけでは必ずしも増えていけない。増え続けるということが、実際には強い制限を与えているんです。

 いまのようなモデルで言うと、適当なモデル──適当に内部反応があって、それで細胞分裂して増殖してっていうモデル──を取ると、増殖が止まっちゃうケースがかなりあるんです。
 それはなぜかというと、最初は独立だからお互い勝手にやっててもいいんだけど、増え続けていくと、例えば栄養を全体で取り合うとかいうことになっちゃうからです。さらに増え続けるためには、結局、食い合わないために分化せざるを得ないような状況になっていく。それは例えば、社会において役割が分化して階層性が生まれていくという性質と同じで、一般的にあるんじゃないかと。

 逆にそういう見方にたって見直すと、しばしば、分化していって、なんとか細胞になりました、そして「決定されている」という言い方をしますよね。普通の見方や分子生物学的な見方だと「決定されている」というのは何かに書き込まれていてそれでおしまい、決まっちゃった、という風になるかもしれない。だけど今の見方だと「決定された」っていうのは、あくまで全体の中の相互作用との関係で安定な状態として「決定」されているわけです。だから、その前提自身となっている条件を壊せば、決定されている細胞は、多分壊せる。
 これはそう結びつけていいかどうか分からないけども、例えばクローン羊のドリーの話とかありますよね。あれとかも、体細胞の遺伝子から造り出されたことが驚きなわけですよね。それはだから、決定されちゃってたと思っていても、また条件をひっくり返せる、ということはあるんじゃないかと。

[05:現実の生物とのギャップ?]

○「生命システム」(青土社)などでもお書きになっている話ですね。ここでちょっと確認したいんですが、多分、複雑系というのは関係性を記述する学問だと思うんですが、その考え方は外れてませんか。

■ええ。関係性は非常に重要です。

○その上で、もう一度お伺いしたいんですが、どうしても、現実の生物とのギャップのようなものを感じてしまうんです。その辺の溝っていうのは果てしなく広いように感じるんです。でも先生はそうじゃない、とお考えなんですよね。物理の人の基本的なものの考え方に「現実を抽象化してモデルを構築して考える」というのがあるのは分かります。分かりますが、それでもあまりに現実の生物とは遠いように思うんですが…。

次号へ続く…。


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