NetScience Interview Mail
1998/05/14 Vol.003
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◆This Week Person:

【金子邦彦(かねこ・くにひこ)@東京大学 大学院 総合文化研究科 教授】
 研究:非線形物理(カオス、大自由度カオス)、複雑系、理論生物学
 著書:「複雑系のカオス的シナリオ」津田一郎氏と共著、朝倉書店
    「カオスの紡ぐ夢の中で」小学館
    「生命システム」青土社(『現代思想』誌での論考、対談をまとめたもの)
    ほか
研究室ホームページ:http://chaos.c.u-tokyo.ac.jp/index_j.html

○金子邦彦さんへのインタビュー、今回は3回目です。分子生物学の方法論へのご意見などを 伺います。全5回予定。(編集部)



前号から続く (第3回/全5回)

[08:複雑系が提唱する、生物学への新しい視点]

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○先ほどの進化のお話などですが、例えば生態学の人達は「そんなこと分かっている」と言いそうですね。実際、そう言われることもあるんじゃないかなと思うんですが、どう反論なさってるんですか。

■いや、まず表現型が変わってその後で遺伝子に固定されるという考え方はかなり異端だと思いますよ。アメリカの生物学者で、そういうことを言いつつある人はいますけどね。

○ええ、でも、なんていうんでしょうか、表現型にどのくらいの「余裕」があるのかというか、発生の過程がどの程度遺伝子で決まっているのかということは、まだあんまり分かってないわけですよね。つまり、遺伝子のどの発現が、どの程度環境条件に規定されているのかということは解明されてない。そういう問題意識そのものは、発生学の人達は昔から持っていると思うし、その辺と似ているように感じるんですが。

■ええ、現在のダーウィニズムの中で、実際どういうメカニズムでその辺が決まっているのかということを探るのが大切だと思うんですね。で、そのメカニズムを決めているのが相互作用だと私は考えているのです。基本的に相互作用があって、自ずから分化していく、それが基本である、そういう考え方です。
 例えば、ビクトリア湖の魚の多様性、というのがありますよね。あれはものすごく短時間で表現型が変化していて、遺伝子はそれほど変化していない。例えば、ある魚のえらを右側から食べる魚は、口が左側に曲がる。そうするとお互いにそういうのがいるということで、右側を食う奴がいるせいで左側を食う奴が出てくる。そういう形で、右を食う奴、左を食う奴というのがまず出てきて、あとで固定してくる。そういうことを説明し得るんじゃないかなと思います。
 ただ、そうやって、ある歴史を説明していくことでは「別の例があるじゃないですか」という形でいくらでも反論が可能なんですね。だから実験が必要なんですよ。例えば相互作用の強弱によってどういう変化が起こるかとか、そういうことが分かるんですよ。そうでないと「そういうこともあり得ますよね」という話がでてきてしまいますからね。

○でも、なんていうんでしょうか、発生のキャパシティの幅みたいなものや、遺伝子と環境との相互作用の程度を突き止めるのは、やはり発生学の仕事のように思えます。つまり、発生学の方法論で良いんじゃないか、という意味ですが。

■うん、ただね、いま発生がうまくいっている状況だけを見るとIF Thenで書けているように見えるんですよ。それを壊したときに出てくる安定性とか、そういうものを見なければいけないと思うんです。僕らが目指していることは、むしろ「関係性のダイナミクスが先にある」という見方をしたときに、どういうものが見えてくるか、そういうことなんです。多分、うまくいっているパスだけを見ていると、実際は凄く分子的なゆらぎがあったり突然変異が起こっていたりするのに、うまくいっている理由は分からないんじゃないかと。いろんな意味で、普通の発生プロセスからずれたようなことをやってみないといけないと思います。
 もちろん、理論だけでは駄目で、実験が必要です。その時に、実験をやる人が、そういう意識を持ってやらないと、見逃すものがあると思うんです。

○両生類とかは、発生の過程でバカっと細胞を削っても、結構平気で成体ができてしまいますよね。そういう時に何が起こっているかを考えるときに、関係性のダイナミクスを重視する視点を持っていないと駄目だということですか。

■そうですね。
 よく「なんとかの遺伝子」が見つかりましたとか、そういう言い方をしますよね。あれは、その遺伝子しか見てないわけです。その遺伝子をひっくり返した時に機能が発現したりしなかったりというのは本当でしょうが、それはそれだけのことです。もし、その遺伝子「だけ」がその機能を持っていることを示そうと思ったら、それは他の遺伝子の発現のしかたの可能なパターンを全部調べて、それには関係なく調べていた遺伝子だけで決まると示さなければいけないわけです。でも、そんな実験は誰もやらないわけです。つまり実験の見方そのものにもバイアスがかかっているんです。
 だから、今の動的な相互作用の見方での実験をどれだけ提唱できるか、ということがむしろ大事なことなんですよ。もっと多くの実験を提唱しなくちゃいけないとは思ってます。

○なるほど、だんだん分かってきたような気はします。でも一方で、「それは思想に過ぎないじゃない?」という人も大勢いるだろうな、という気がしますが…。確かにみんなその通りだとは思いますが、そこまでしなくちゃいけないのか、というと…。

■あの、全遺伝子をスイッチしろ、といっているわけじゃないですよ。それは無理ですから。
 ただ、現在の実験自体、大きくバイアスがかかっているものなんです。バイアスがかかっていることそのものを否定するつもりはありません。科学研究では何らかのバイアスは、かからざるはえませんから。ただ、それはバイアスのかかった見方なんだ、ということを自覚しておくべきだと思います。例えば、まず関係性の方が重要で、その中で遺伝子が固定されていく、という見方をして、それを検証する実験もするべきだ、とい うことです。遺伝子一つ一つを見ていくんじゃなくて、細胞の状態を大きく変えるとか、あるいは多くの遺伝子を同時に変えてみるとか、そういうことをして、ふるまいを見てみるべきだと思います。そういう実験をしてみることで答えが出てくるかな、と思ってます。発生の分化や、進化の起こり方などですね。そこらへん、もっと色々な例をつくって実験を提唱することが必要だと思ってます。
 それはただ「単なるものの見方ですね」ということではなく、「そういう見方をとって初めて言える」とか「分かる」ということがあると思うんです。これからきちっと検証していくべきだと思ってますが、そういうことが「ある」というのは間違いないと思います。
 分化を考えると、どうしても2つの細胞の違いが増えないといけない。違いが増えるということは、そこだけ見ると不安定なんですよ。でもその不安定の中から出発しても、相互作用しているうちに安定な状況が生まれる。逆にその状態を壊してやると、また不安定化して、またもとの安定な状態に戻ろうとする。新しい状態にうつることもあるだろうし、また元へ戻ることもあるでしょうけど。それは最初から規則を置いていたわけじゃなくて、安定な状態というのは相互作用を通してのみ、できてきたものだから、割と外からの擾乱に対して安定なんじゃないだろうとか思いますね。

○発生っていうのはそうなっているんじゃないかと考えている人は割と多いかもしれませんね。

■ええ、僕は実験の人じゃないから良く分かりませんが、多分、実験の人も感覚的に分かっているんじゃないかと思います。ただ、理論的な表現手法が、今はないんです。だから言いようがない。それをきちっと与えたいなと考えています。現在は、それの最初のステップが言えたかな、というところです。

[09:複雑系の視点への道]

○そういった系に何か普遍的なものがあるんじゃないか、というのが物理屋としての、先生の基本的スタンスですか?

次号へ続く…。


NetScience Interview Mail Vol.003 1998/05/14発行 (配信数:02634部)
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