NetScience Interview Mail
1999/06/17 Vol.057
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◆Person of This Week:

【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
 研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
 著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
    朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
    共立出版『図解行動生物学』共著
    朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
    農文協『昆虫ロボットの夢』ほか

研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/

○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
 7回連続。(編集部)



前号から続く (第3回/全7回)

[07: フリップ・フロップを作り出す回路]

■ちょっと複雑なんだけど、LALの左右を繋ぐニューロンだとか、フィードバックニューロンだとか、色んなニューロンがあって、それらがあるネットワークを構成することによって、最終的にフリップ・フロップ情報を作って、それがカイコガのステアリングの指令を行っている。

○どんな回路ですか?

■フリップ・フリップ応答を形成するのには、2つ重要な機能が必要です。
 1つは、左右の縦連合からフリップ・フロップ応答を同時記録すると相互に反転した応答を示すんですが、この左右で反転すること。
 もう一つは、瞬時の刺激に対して長時間応答を持続させる機能です。
 まず、はじめの相互反転から話します。免疫組織化学ってあるでしょ。たとえばある神経伝達物質を持っている神経の分布とか種類を調べる手法ですね。たとえばある神経が興奮しても、この神経が次の神経に興奮をもたらすのか、それとも抑制をもたらすのかはこの応答だけからでは判断できない。でも、その神経の伝達物質がわかると話はべつです。昆虫では、抑制性の伝達物質として、GABA(γ-アミノ酪酸)が知られてます。そこで、カイコガの脳にGABA様の免疫反応を示すニューロンがあるかどうか、特にLALに関与するニューロンであるかどうかをみたわけです。
 そうすると、LAL同士を結ぶニューロンでそのようなのがでてきたんです。さらには中心体という領域を介してLALはGABA様の反応を示すニューロンで連結されていたんです。

○抑制性伝達物質で左右が結ばれているということは…。

■結果的にいま分かっているのはね、LALを介してね、片方が興奮するともう片方が抑制される、といういことです。そういう反転がここで起こっているな、と。そこで、LALを結ぶ繊維連絡を微小外科手術でカットしてやるとね、カイコは真っ直ぐしか歩けなくなるんです。しかも連続的にまっすぐ歩き続けるんです。
 また、LAL同士を結ぶニューロンの一部で、フェロモン刺激に対して長期的興奮応答を記録したんです。この相互反転は、現在のところ、左右のLALを結ぶニューロンによる相互抑制によって起こると考えています。

○なるほど、なるほど。

■もう一つの、持続的応答については、まだ明らかにはなっていないんですが。可能性はいくつかあり、最近LALと密接するニューロパイル──VPCといってますが──これを明らかにし、LALとVPC間のフィードバックによってこの持続的応答が形成されているんじゃないかと。その辺のデータが集まりつつあります。

○まさにニューロン一つ一つから回路を追っていくわけですね。

■そう、素子からね。わりと丹念におっていくことができるし、そのやり方でそれなりの構成のされ方が分かって行くし。逆に言えば、そういう形で分かっていく系になっているんですね、昆虫は。

○ええ、何か機械の説明みたいだなあ、と思いながら伺ってました。

■もちろん今言ったところは本当にアウトラインでしかないですけど、基本的にはいい線まできたかなと個人的には考えてます。今はまだLALやVPC内部でどんな神経連絡によってフリップ・フロップが作られているのかは正確には分かりませんけどね。
 ただ構成ニューロンと、その応答特性、出力としてのフリップ・フロップ応答が押さえられているので、今までの生理実験や行動実験の結果に矛盾しないように一つのモデルを作ったわけです。相互抑制とか、持続的応答も組み込んだものです。このあたりからは東大の下山先生と共同で研究を行っているんです。

○で、結局、どんなネットワークだったんでしょう?

■8つのニューロンからなるrecurrentのネットワークをベースに、相互抑制と持続的応答が形成されるものですが、一応これで、行動でみられる刺激直後の直進、ジグザグ、ループをうまく再現できることが分かったんです。ニューロンの シナプスウエイトは、0か、+1か、−1という単純なものです。

○タイミング的なものとかは?

■まず触角に入力される情報がありますね、その情報は脳内のいくつかの領域を経てフリップフロップニューロンに行き着くわけですが、それを順序回路的に構成し、アクティベートされるニューロンを並べていったんです。特にLALでの神経回路では相互抑制、持続応答を構成する可能性のある回路が推定されてますので、それを入れてやりました。
 結果的にはうまい具合に左に刺激が入ったら左 ターン、で次に右ターン、そして左にくるくる回るという、まさにジグザグ、クルリンが再現できたんですよ。

○うんうん、なるほど…。

■ただし、これが本当に正しいかどうかは分からない。でも…、

○でも、工学産物としてカイコのジグザグターンを再現しようと思ったら、こういう回路を書けば良いよ、ということなんでしょう?

■そうですね。それにこれが結構参考になって、逆にこういうニューロンがないと持続応答はできないよ、だからそういうのがきっとあるはずだよ。という形で仕事を進められたのも事実です。トリガーパルスがポンと入っていくと、このコンパートメントとここを結ぶニューロンできっと、ある状態が保持されたデータが取れるはずだ、こういうのがないとダメだよ、とね。
 そういう観点から実際に調べてみたんですよ。そうするとね、出てきたんですよ。特に、LALとVPCのフィードバック回路ははじめはまったく想像してなかったんですが、このモデルから、そういったニューロンの存在が仮定され、調べていくうちに遭遇できたんです。

○ほう…。

■もちろん、この8つのニューロンからなる回路だけで十分とは思っていないけども、今のところはこれをベースにしていろんな可能性を考えています。逆に、こういうニューロンを破壊していくとどうなるかとか、ね。そういうことを想定しながら、実験している状況ですね。

○なるほど。

■もう一つは免疫組織化学で、抑制性のものをもっと詳しく調べてやるとかね。そういう形でネットワークをさらに詳しく調べることも併用してやってます。

○ふむふむふむ。

[08: ロボットによる検証]

■で、実際に、これをロボットに再現したんですよ。我々は、生物学専門ですから、ロボットの話になると、東京大学工学系研究科の下山勲教授と、もうかれこれ8年くらい共同研究をやってるんですが、そこと密接な体制をとっています。匂い情報というのはそれをシミュレーションしたんじゃあ意味ないんですよ。匂い情報が空間にどう分布しているかということが大事なわけですよね。

○でもそこのところはまだ分かっていない…。

■そう、だからそこを適当に作ったんじゃ意味ないですよね。実際に風が吹いている環境下で匂いがどう分布しているかは計算機上でシミュレーションできないわけです。だからシミュレーションした環境下で仮想的にネットワークを動かしても、あまり意味がないと考えたわけです。
 だから本物のロボットを作って、しかも本物の触角を匂いセンサーとして持たせてね。そしてロボットを動かすコントローラーとして今まで説明してきたのを使った。ロボットの移動速度や角速度とかはカイコガの行動解析のデータから求めたんです。

○カイコの本能的行動を搭載したロボットですね。

■そうですね。最初のカイコロボットは、すでに3年くらい前に、やはり下山先生の研究室の大学院生だった、桑名芳彦さん(現:蚕昆研)が作った直径が16センチくらいのものだったんですが、今はそれが改良され、本物のカイコガとほぼ同じ大きさ(直径3.5cm)にしたんですよ。センサーにカイコガから取った触角がついて、ちゃんと反応するんですよ。今はそれを使って、いろんな匂い源探索の戦略やフェロモン条件をかえたりしてその動きを調べています。

○どんなことでしょう?

■匂い現を探索するのにはジグザグプログラムに基づいた戦略以外にも考えられますよね。例えば8つの素子、8つのニューロンからなる場合そのシナプスウエイトをGA(遺伝的アルゴリズム)で最適化するとか。単純な反射というのもありますね。右に来たら右、左に来たら左といった、当たった瞬間だけ動くというものですね。そういうさまざまな戦略も評価することで、フリップ・フロップ的な本能的行動がどれくらい効率的かというのをみていたいと思ってます。

○比べてやるわけですね。

■そういう手法で戦略的なメカニズムに関しては比較していきたいと考えてます。それに、こういう戦略は小さい脳しか持たない昆虫では共通しているんじゃないかと考えているんです。

○と、仰いますと?

■いま話したのはカイコガのように歩行によって匂い源に定位する連中のことだったわけですけど、飛行によって定位する昆虫もおなじようなジグザグに匂い源に定位するんです。
 たとえばスズメガはやっぱりジグザグに飛翔するんです。で、フリップ・フロップ的な応答を示すニューロンを脳の中に持っているかを調べてみると持ってるんですよ、ちゃんと。

○ほっほう。それは面白い。

■神経の応答パターンを調べても、基本的には同じなんです。カイコでも体重が軽い個体は飛ぶことができるんです。飛蚕というんですがね、以前、九大農学部の藤井先生から分けていただいて実験してみたんです。ふつうのカイコガは体重が0.45gくらいなんですが、この小型のカイコガは、半分程度しかないんです。その連中で調べてみるとやっぱりジグザグしていて、フリップ・フロップ応答を示すデータも記録できたんです。
 おそらく多くの昆虫が共通した匂い源探索の仕組みを持っているんでしょうね。それなりに有効な戦略であることには違いないと思ってます。

○へー、なるほど。

[09: テレメーター]

■脳内のネットワークがだいぶ分かっているし、特に指令的な情報がフリップ・フロ ップだということも明らかになってきたわけです。
 でも、これまで解明してきた神経生理学的知見はすべて昆虫を固定して、脳を露出して行う実験によって得られたものなんですね。そうすると、この分析結果は自由に歩行や飛翔している昆虫からも記録できるのか、それを確かめる必要がでてきます。
 それで、昆虫に直接小型軽量の無線送信機──テレメータといいますが──を搭載して、自由にで飛んでいる昆虫から、実際の神経活動、筋活動、さらには触角の活動なんかを取りたくなったわけです。

○なるほど。

■昆虫が持って運べるほど小型軽量のテレメータは市販されていません。そこで、東大の下山研究室と共同でそれを作ったわけです。いまエビガラスズメガに載せていますけどね。データはFM波で飛ばしてます。テレメトリーによって触角で探知した情報、脳内の情報、筋肉の情報などが分かれば、凄く嬉しいな、と (笑)。

○それは確かに「嬉しい」ですね(笑)。

■匂いの存在する空間(プルーム)を飛行パターンを変えながら飛んでいる連中からね、直接「いま匂いをキャッチしたな」というのが分かるわけですよ。しかもどういう筋肉を動かしているかというデータを取り ながらね。

○いま実際には?

■2種類の飛翔筋の活動を2チャンネルで記録するのはすでに成功しています。風洞で飛ばしながら、高速度撮影装置で横と上から撮ってやるんです。そうすると、どういう風に上昇したとかちょっと曲がったとか3次元的な運動も分かるでしょ。で、その運動と筋電との相関を分析するわけです。  そこまではすでにうまく行ってるんですよ。次のステップは触角の情報を取れるといいなということろです。触角の匂い応答(触角電位)も装置はできました。今、小型化をしているところです。自由に飛ぶ昆虫に装着するので、装置の重量はバッテリも含めて、総重量で0.5g以下にする必要があります。触角や神経からの記録は、今年度一年をかけて、成功させようとかなり力が入ってますよ。

○いま一つまだ精度が良くない?

■神経だと入力インピーダンス、つまり抵抗がもの凄く高くて信号が小さいので、なかなかむつかしいんですね。

○ノイズに埋もれちゃうんですか。

■信号は取れているんですけど、ノイズと区別がつかないんですよ。でもこれもよう やく問題が解決され、試作品が完成したところです。けっこう興奮して実験をしてる ところです。

○ふむふむ。

■逆にテレメトリーに信号を送って、昆虫の神経系を刺激するということも一応計画しています。そうすると、昆虫の行動を制御できるんじゃないかと考えています。

○…?

■例えばフリップ・フロップの情報が来たら、あ、来たなということで曲がるでしょ。

○そうなんですかね。良く分かりませんが、神経信号ってそんな簡単にエミュレーションできるものなんですか?

■それはやり方ですね。やり方によってはできるんじゃないかな。
 コオロギの雄の歌のレパートリを脳内の特異的領域を電気刺激して、その刺激の仕方によってことなるレパートリを誘発する実験をF.Huberがやってますね。ニワトリでも同じような電気刺激の実験が確かvon Volstがやってますね。

[10: 昆虫の脳の光学計測]

■昆虫の脳を、感覚入力があってその処理があって、出力があるという形で捉えると、いま話していたのは脳からの最終情報を出力する前運動中枢の話です。当然ここには他の匂い情報であるとか、他の感覚情報(モダリティ)とか、記憶とかの影響もあるわけです。

次号へ続く…。

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http://ppd.jsf.or.jp/camp/index.html

◇福祉・介護の情報化フォーラム'99 6月22日(火)社会福祉・医療事業団
http://www.wam.go.jp/wam000/frame380.htm

◇公開講座「インターネットと教育」募集要項
http://www.cer.yamanashi.ac.jp/seminar/ei99/ei99.html

■URL:
◇NASA Apollo 11 30th Anniversery
http://www.hq.nasa.gov/office/pao/History/ap11ann/introduction.htm

◇第1回学校図書館メディア大賞にアスキーの『マルチメディア昆虫図鑑 改訂版』
http://www.ascii.co.jp/ascii24/call.cgi?file=issue/990611/topi05.html

◇三菱電機の<すばる>ホームページ
http://www.melco.co.jp/event/subaru/

◇科学技術白書概要
http://www.sta.go.jp/shokai/publications/1999wp/

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NetScience Interview Mail Vol.057 1999/06/17発行 (配信数:15,555部)
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編集人:森山和道【フリーライター】
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