NetScience Interview Mail
1998/07/02 Vol.010
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【河合隆史(かわい・たかし)@早稲田大学 人間科学部 助手】
 研究:立体映像、ヴァーチャル・リアリティ、医用情報工学
 著書・論文:インタラクティブ性に関する一考察,現代のエスプリ,至文堂(1996年)
       外科手術教育用二眼式立体映像システム,日本コンピュータ支援外科学会会誌,4巻2号
    ほか

○今回から立体映像の研究をなさっておられる河合隆史氏へのインタビューをお送りします。河合氏は世の中でいうところのVRとは、また違ったアプローチで研究をなさっています。これまでのお二人へのインタビューとは雰囲気も違いますが、お楽しみ下さい。4回連続。(編集部)



[01:「ない」ものを「ある」かのように捉える感覚]

○河合さんのやっておられる研究は、ヴァーチャル・リアリティ(VR)とはいっても、普通の人が捉えているヴァーチャル・リアリティの研究とは違いますよね。その辺からまず教えて頂きたいんですが。

■そうですね。私がやっている研究は,いわゆる<ヴァーチャル・リアリティ>の研究とは違うんだ、と思うんです(笑)。
 もともとは、今でもそうなんですけど、人間工学の研究室にいまして。人間工学というのは何かというと、人とモノとの関係を評価する・考える学問です。どうやったら使用者の負担を取り除くことができるかとか、どうやって良いことに応用できるかとか、そういうことをやる学問なんです、基本的には。
 で、どうして今やっているような立体映像やVRの研究をするようになったかと言いますと、私は91年に研究室(早稲田大学人間科学部・野呂影勇研究室)に入ったんですが、研究室に立体ビデオカメラがあったんです。その当時、研究室では、助手の井上哲理先生(現在は神奈川工科大学情報工学科)が中心となって、立体映像の視機能に与える影響調査をやってまして、その実験刺激を作成するために使っていました。これは、普通のVHS-Cのビデオカメラに撮像管が2個くっついて、それで立体に撮れる、というものだったんですが、まずそれで立体映像の評価をやってました。私が一番最初にやったのは、それをいろんな所に持ち歩いて、とにかくいろんなものを撮る、そして見てみる、あるいは人に見てもらって「どう思いますか」と感想を聞いたり、ということだったんです(笑)。

○楽しそうですね(笑)。

■で、そのときにですね、立体映像を評価する「ことば」っていうんですかね…。
「(立体像が)飛び出している」とか「(被写体の)前後関係が分かりやすい」とか「奥行き感がある」とか、そういう当たり前のこと以外に、「目の前にあるようだ」とか「さわれそうだ」とか、そういう、現実には「ない」ものを「ある」かのようにと捉える感覚がどうやら存在する、それが「現実感」「リアリティ」なのかな、と考えるようになったんです。ちょうどその時に<ヴァーチャル・リアリティ>という新しいメディア技術が社会的に注目を集め始めまして。それで、私の研究室もVRをやっている、ということになったんです(笑)。
 最初にそういうラベリングがあったんで、それを踏まえて研究をやっていたんですが、最近だんだんズレてきたんで、今では一言でなんて呼べばいいのかな、と私も思案中なんです(笑)。

○研究の新しいレッテルをですか?(笑)

■いや、レッテルやジャンルというよりも、もう少し具体的な研究内容についてですが(笑)。私がやっていることは、立体映像を観察しているときの視機能の働きとか、観察前後での自律系の反応の変化(心拍や皮膚温など)を見ているんですけど、一番興味がある、というか、目指したいところは、「虚像と現実との共存」っていうんですか、そういうものなんですけどね…。

○「虚像と現実との共存」? AR(Augmented Reality:拡張現実)とか?

■うーん、ARは現実を補強して、作業効率を上げたりするためのものですよね。そういうものとも少し違うんです。もうちょっと身近でクリエイティブな方向だと面白いなとは思っているんですが。

○と、仰いますと?

■私はもともと、映像や音楽を見たり作ったりすることが好きで、それがベースにあるんです。今も研究の一環として立体映像の作品や、趣味的にデジタルコンテンツを作ったりしてますし。そういう意味では、虚像を用いた空間演出やコミュニケーションに近いといえるかもしれませんね。

○なんだか良く分かりませんね(笑)。 ま、あとでお聞きしましょう。

[02:TVゲームの質感の違い]

○以前、ゲームの研究もなさってましたよね。「ヴァーチャファイター」がマリオネットみたいな感じで、「ストリートファイター」はごつごつした感じだといった、格闘ゲームの「手触り感」の違いを脳波で客観的に評価しようとか、どこからゲームそれぞれの「質感」が出てくるのかといったご研究でしたね。一時期、ゲームの研究が「流行った」ことがあると聞きますが、今はどうなっているんでしょうか?

■私は今はやってないですね。一時中断しています。
 以前は、ゲームといったら良いか悪いかとか、そういう議論が中心でした。例えば、眼に悪いとか、子どもの教育に悪いといった批判や、ゲームのキャラクタに対するマニアックな捉え方しかされていませんでした。作品そのものについてどうとか、視聴覚と手指運動の調和とか、そういう本質的なことがあまり評価されずに、グラフィックの綺麗さとか、ハードウェアのスペック、ソフトの容量からみたコストパフォーマンスや、ゲームの難易度とか、そういう点から評価をされていたわけです。
 そういった要素は、確かにゲームの魅力の一つの側面ですが、ゲームの本質的な面白さとは、あまり関係がないですよね。ですから、それは違うだろ、ということをハイテク評論家やゲームを作っている方だとか、我々大学の人間だとかが集まって、ああいった研究を始めたわけです。

○渡辺浩弐(GTV)さんとか田尻智(ゲームフリーク)さんとかですね。

■ええ、そうです。もともと渡辺さんがうちの研究室に(ヴァーチャルリアリティ関連の)取材に来られて、それがきっかけだったんです。1994年ごろですが、TVゲーム研究会というのを定期的に行うようになりまして、そこで田尻さんたちをご紹介いただいて、一緒に始めたんです。最近だと、ゲームの評価では、割とそういう捉え方を念頭に置くことが当たり前になってきましたね。

○「手触り感」を重視している、ということですか? ゲームデザインによって「質感」に違いがある、ということは結果として出されてましたが、結局、その違いがどこから出てきているのか、ということは指摘されていませんよね。

■ええ。指摘できないんですよね。

○どこがどうだからこうだ、ということは今のところ言えないということですか。プログラマーは経験的に知っていても?

■そうですね。職人的な経験則としては知られていると思いますけど、必ずしも再現性のある要因をみつけることが難しいんです。なぜかというとTVゲームの「手触り感」というのは、プレイヤーの習熟度などに大きく依存した感覚なんです。そのため、実験的な操作によって要因を1つに絞ることが難しいんです。もっとも、あれからいろいろ考えたので、そろそろ再開しようかなとも思っていますが。

[03:<ヴァーチャル・リアリティ>の意義はどこにある?]

○いま職人的と仰いましたが、河合さんご自身は「ヴァーチャル・リアリティ」は科学か、技術か、と聞かれたらどちらだと捉えておられますか?

■VR研究全体として、ということですね? でしたら、やはり技術、ツールとしての定着を目指していると私には思えますね。

○では、ご自身はどうですか。河合さんご自身の研究は、いわゆる本流というか、流れからは大きく違いますよね。最近の言葉で言うと「プレゼンス」、いわゆる「存在感」というものを重視しているように思えますが…。

■そういう意味ではそうかもしれません。
 私はどちらかというと眼や耳といった感覚器、そして見ている人の心に興味があって、単に何か操作をするためだけのインタラクティブ性は考えていないんです。ただVRっていうと、特に海外だと、意味的に「サイバースペース」と同義なので、コンピュータの中に入って、何らかの操作をするっていうことになっちゃいますね。それとはかなり違う感じかな、と思いますけど。

○どんな感じですか?

■例えば、ここに缶が立ってますね。これを立体映像で表現しようとすると、どうしたら良いのか考えるとします。別に缶に限定する必要はないのですが、比較的小さな物体を、ありのままの大きさで再現するために考えたのが、まず、テーブル状のモニターを作って、そこから立たせるということだったんです。
 ところが、ここに缶が立ってますよ、って見せること自体が結構難しいんですよ。そういう経験から、さっき仰ったプレゼンスとか、ディテールの再現に割と興味があるんです。作り手としての興味も大きいんですが、研究としては、見てるとき眼がどうなっているのかとか、神経系の反応や心理反応がどう変化したのか、つまり受け手がどう反応しているのかに興味があります。またそういった知見を蓄積して、コンテンツ制作などへ応用していくことに興味があるんです。だから技術とかツールとかへの興味は、私は少ないんです。異端なのかもしれませんが(笑)。

○そこが僕は面白いと思ったんですけどね。これが本当の意味でのヴァーチャル・リアリティなのかな、というか。つまり、受け手がどう感じるか、受け手にどういう感情を生起させるか、ということを研究なさっているわけですよね。

■そうですね。

○ただ単に環境情報を再現・再生して経験させることを目指すのであれば、それは技術だろうと思うんです。一方、それはなぜ、と問うのなら科学だと思うんです。「現実感のある立体映像」と「現実感のない立体映像」の差異はどこにあるのか、と問うのならば、それは科学だろうと思うんですけど。

■そうかもしれませんね。
 私は、VRの定義の段階で既に悩んでいるところがあるんですよ(笑)。VRの要件としては、MITのZeltzer教授によるAIP cubeというのが有名ですが、これは、Autonomy(自立性)、Interaction(対話性)、Presence(臨場感)の3要素から成っています。でも、インタラクティブ性一つをとってみても、共通した定義というのはないように思うんです。
 インタラクティブって広く使われている言葉ですけど、単に入力に対して応答があるだけだと、そんなのは、なんだってそうじゃないですか。例えば、ボタンを押すとディスプレイの絵が変化するというシステムがあって、それを人が押し続けるという状態をインタラクティブな関係としてとらえるとします。すると、ここには、ボタンが押されて絵を変えるというマシンの働きと、絵が変わることによってボタンを押そうと思う心の働きの2つがあるわけです。Interactiveは「相互に作用する」という意味ですから、マシンだけでインタラクティブというのはあり得ないように思うんですよ。

○なるほど、そうだろうと思います。

■もう少し広く、メディアとして考えてみると、受け手っていうのは、送り手の意図を超えた受け止め方をするじゃないですか。それが僕は面白いと思うんです。そういう点を考慮に入れたシステムや作品を、若い人がいろいろ作ったら面白いんじゃないかと思うんですけどね。

○個人的な印象の問題かもしれませんが、最近、あんまりパッとしないですね。バブルの頃には流行りましたが。メディアアートであるとか、VRであるとかがもてはやされた理由の一つに、バブル景気とたまたま足並みがあった、っていうところは、やっぱりありますよね。

■うん、それは僕もそう思いますね。

○ところが、バブルが弾けてお金も大分引いてしまった。おまけに、こっちもだいぶ見慣れてきた。いろんなものを出されても「ふーん。でもそれがどうしたんですか」っていう感じになってきてしまった。そんなところがあるように思います。「それがどうした」っていうか、「そこから先には何があるんですか」ということですね。
 試行錯誤学習的にモノをばーっと作っていくっていうやり方もあると思いますが、一方、科学として、これをこうやればこういう感情・感覚が生起されますよっていうところがあると非常に面白いと思うんですけど。
 例えば、「柔らかい」という質感はこうやれば出てきます、とかそういうものがあれば非常に面白い。

■うーん。そうですね。

○今のままだと、例えば音楽とかのCDをただかけるだけの方がよっぽど相手の感情に訴えかけるし、インタラクティブだっていうことになりかねないじゃないですか。じゃあ、研究者の人がやっていることはいったい何なんだ、っていうことになっちゃいますよね。その辺が私の興味なんです。

■うーん。例えばTVゲームの作り方として考えると、このボタンが押された後に、このタイミングで、こういう絵を挿入しておくと、こういう質感が生まれますよといった客観的なテクニックは必要ですよね。実際には存在しないはずの感覚を誘発させる要因、それを定量化したマニュアルみたいなものは、凄く大事だと思うんですけど、逆にそういう部分を超えた面白さっていうものがどうしてもあると思うんですね。
 何かの現実感を表現するための要因を、定量的に把握できて再現性があったとしても、それとは違うものも必ずあると思うんです。人間ってそうじゃないですか。こういう入力に対して必ずこういう出力を返す、というものではないですよね。ある刺激に対して、生理反応と心理反応の変化の方向性が必ずしも一致しないということは、実験をやっていると、わりと経験することなんですが。

○一方で、凄くデジタルにできているところもあるじゃないですか。こないだの「ポケモン事件」のように。
 脳の仕組みの中で、「質感」というものはどこから来ているのかということは、さっぱり答えられていないわけですね。そういう問いに、VRの人にも答えて欲しいな、と思うんです。例えば<プレゼンス>を実現しようとしている、っていうんだったら、その<プレゼンス>はどこから来ているんですか、という質問に、当然答えて欲しいと思うわけです。まあ、試行錯誤で経験的に見つけたものでも良いと思うんですけどね。
 現実に立って見えている缶、これは明らかに「立っている」じゃないですか。でもこれも実際には脳の中で構成された像ですよね。でもこれは虚像と違って「立って」見えている。先ほど缶を立たせるのが難しい、と仰いましたが、どう「難しい」んですか。素人からすると、そのくらい、今ならできるだろうと思うんですが。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■新刊書籍・雑誌:
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 クォークやニュートリノなど,物質の究極に挑む素粒子物理学への入門書.
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 関西大学セミナーハウス(神戸)にて 詳細はhttp://www.seikawakate.com/

■URL:
◇遺伝子配列のコードデータ提出について(特許庁)
 http://www.jpo-miti.go.jp/guide/dna.htm

◇林原グループの「小林少年のモンゴル恐竜日記」
 http://www.hayashibara.co.jp/contents_m.html  http://www.hayashibara.co.jp/hotnews/press/gobi.html (プレスリリース)

◇全国水生生物調査結果について(環境庁)
 http://www.eic.or.jp/cgi-bin/print.cgi?id=45542

◇地球温暖化対策推進大綱(環境庁)
 http://www.eic.or.jp/cop3/kanren/suisin2.html

◇環境影響評価情報支援ネットワーク(環境庁)
 http://www.eic.or.jp/eanet/assessment/

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