NetScience Interview Mail
1998/08/06 Vol.015
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◆This Week Person:

◆This Week Person:
【木下一彦(きのした・かずひこ)@慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授】
 研究:一分子生理学(分子モーター他)、生体エネルギー変換の分子機構、
    細胞変形ダイナミクス、受精の分子機構、電場と生体系の相互作用
 著書:「蛍光測定−生物科学への応用」
      木下一彦・御橋廣眞編、学会出版センター、東京、1983。
    「限界を超える生物顕微鏡−見えないものを見る」
      宝谷紘一・木下一彦編、学会出版センター、東京、1991。
    ほか

○木下一彦氏へのインタビュー、第2回です。今回はATP合成酵素の回転を見るまでの話、初めて見えたときのお話などをお伺いします。5回連続。(編集部)



前号から続く (第2回/全5回)

[05: 回転が見えるまで]

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○なぜATP合成酵素の研究を始めたんですか?

■これは元々東工大の吉田研究室との共同研究で、こちら側の話からしますとね、もともとウチの研究室で蛍光色素一つが見える、というのをやってましてね。一分子生理学をやりたいんですから、分子一個の動きを見たいわけです。蛍光色素を付けて光らせてやると見えるんです。それで、蛍光色素一分子をみえる顕微鏡を作ろうということでやっていたんです。見えるようになったのは94年頃ですかね。大阪大学の柳田先生のところと、我々のところでほぼ同時にできて、学会では続けて発表したという感じでした。

○ご苦労して蛍光顕微鏡の背景光のノイズを消していったというお話ですね。それで?

■見えて何に使うか。私自身は学生時代にたくさんの蛍光色素の平均を見たりしていたことがあって、それがあるもんで、一個の蛍光からの偏光を見よう。偏光を見れば縦と横の成分が見えますから、向きの変化、つまり回転が見える。それをやろう、と。

○それでまず、アクチンがミオシンの上を螺旋状に回転しながら進んでいくのを観察なさったわけですね。

■ええ、それもやりましたね。
 で、その頃にはATP合成酵素が回転するという話が結構出てきてましてね。私も昔ちょっとだけATP合成酵素をやったことがあって、その当時、今でも活躍されていらっしゃいますが香川先生という偉い先生からサンプルをいただきまして、20年前に回転を測ろうとしたことがあったんですよ。それは見るも無惨な失敗だったんですが(笑)、それ以来、いつかやりたいなあとおもってたんです。これはブラウン運動のようないったり来たりの回転と違って本物の回転ですからね。
 で、共同研究を申し込むとすれば生化学者だけど物理にも詳しい吉田さんだろうと。

○なるほど。

■で、うちのところの佐瀬一郎という学生がいまして、彼が、一分子の偏光が見える顕微鏡を作ったんですよ。彼が「夏の学校」か何かで吉田研の野地博之君というのと会って、一緒にやれると良いなと言ってたんです。まあそういうこともあって共同研究を始めたんですよ。
 大きな目印、小さな目印、両方やろうと言ってたんですが、野地君と組んでいろいろやり始めたのは安田涼平という男で。彼が、どうせだったら大きな目印の方がうまくいったら目立つから良いじゃないかと。そして、パッとやったらうまくいってしまったんです。

○え?

■いや、本人たちはそれなりに苦労したとは思いますけど、そんなに散々苦労して、という話じゃないんですよ。本当に、あんなに簡単にいって良いのかというほど、うまくいっちゃった。多分、うまくいく話というのはそういうものなんですよ。なんだかおとぎ話風ですけどね。

○ええ、ええ(笑)。

■これが測れてなくて、こんなこと言ったら、誰も聞いてくれないと思うんですよ。僕も「こんなことやったら測れるんじゃないの」と言ったことがあるんですけど、実際そんな話を聞いてくれる人はいませんでしたね。分子に大きな細長い目印をつけてやれば、向きが変わったら見えるんじゃないの、ということを言ったり申請書に書いたりしたこともあったんですけどね、自分でもそんなに本気で思ってませんでしたし(笑)。

○当時はそんな雰囲気だったんですか(笑)?

■そうだと思いますよ。当時は、っていうか、今でもそうじゃないですか。
 大きなビーズをつけて分子モーターの動きを見ようという話はその数年前からあったんですね。ただ、ビーズの場合は、分子の歩幅が見えた、と普通解釈するじゃないですか。あれを、ミオシンの構造変化そのものが見えた、という言い方をした人はあまりいなかったんですよ。言い方の問題ですけどね。
 もちろん日本ですと、あれは構造変化じゃないという人もいますし。構造変化説に立っている人でも、ミオシンが首を振った動きがビーズに現れているんだという人は、さすがにいないわけですよ。たとえそうじゃないかとは思っていても、そこまでは言えないですからね。だから「歩幅が見えた」という言い方をするわけですね。もしかしたらタンパク質の構造変化かもしれないんですが。
 ですから、リニアな動きはビーズで見えるかもしれない。でも、分子モーターが3ナノメートル動いても、ビーズはやっぱり3ナノメートルしか動かないわけです。でも、回転だったら、目印そのものが動きを拡大してくれますよね。本当に安物の顕微鏡で見えるんですから。3ナノメートルを見ようと思ったらそうはいかない。精魂込めて装置を作り上げないといけない。
 でもあの回転分子モーターは、本当にうまく行きました。

○あっけに取られてしまうような話ですね。成功するときというのはそういうものなのかもしれませんが。

■ええ、だから成功してからの方がむしろ大変ですね。アクチンの線維はそこらじゅうに見えるんですが、ほとんど回ってないですよ。
 それはもちろん最初からそうで、見えた日にはですね…。
 とにかく安田が「見えた」って呼びに来たんで、見に行ったら本当に回ってたんですよ。それがあまりにも綺麗な回り方だったんで、見た瞬間、「これは本物だ」と。
 そこでお祝いしようということになりましてね。一緒にやってた野地というのは当時東工大にいましたんで電話して、「これからおいでよ」と。それで酒を買って、待ってたんですよ。
 で、野地がやって来まして。ところが彼は「今日中に自分の手でもう一本廻したら、お祝いしよう」と言うんです。そうするとですね、いつまでたっても回らなかったんですね(笑)。その酒は、結局飲めませんでした。

○やっぱり難しいのは難しいんですね。

■今でも、良いサンプルを持ってきても、カバーガラスの中で何個か回っていれば良い方なんですよ。

○回る回らないの差はどこにあるんですか。

■結局、タンパク質をガラスの上にくっつけちゃうわけですから、たいがい死んじゃうんだと思うんですよ。死なないまでもですね、人間が500mの物干し竿を振り回しているような話ですから、地面にちょっと触っちゃったらおしまいじゃないですか。触らないような水平な地面があるかどうか考えただけで、いかに大変なことか分かりますよね。

○そうか、ちょっと傾いたりしてたら駄目なんですね。
 でも、一つのカバーガラスの上に、何個くらいあるものなんですか?

■1万くらいはあると思いますけどね。

○そのくらいあれば確率的にうまくいくのも多そうに感じますけど、そうでもないんですね。

■だいたい1%くらいだそうです、実際上は。非常に調子が良いと、5%くらい回っているそうです。やはり失活するよりも、アクチンがつっかえるのが非常に多いんだと思います。

[06: 手回しでATPを作る]

○ATP合成酵素がらみでの、今後の目標は?

■もともとこれはATPを合成するための酵素なんですよ。いまはATPを分解しながら回っているわけです。これを逆回ししたらATPができるわけですよね。それをやってみたい。
 力学的に自分の手で廻してやることで化学反応が起きたという話はないはずなんで、それをやってみたいんです。これも、体の中でやっているんで、できるのは当たり前といえば当たり前なんですが、実際に証明してみたいと思ってます。

○それはどうやるんですか? プロトンを送り込んで廻してやる?

■プロトンを使ってATPを合成してやるのは、ある意味ではできているんですよ。大量にATP合成酵素を持ってきてやって、プロトンの濃度差を作ってやれば確かにATPはできる。一分子ではできていないんですけどね。そこで我々は、せっかくアクチンがくっついているので、アクチンを光ピンセットでつまんで、力でぐるぐる回してやろうと思ってます。

○えー!それは直感的で分かりやすい方法ですね(笑)。しかし、今さらっと仰いましたけど、凄い話ですね。

■だから<一分子生理学>やろうっていうのは、そういうことだと思うんですよ。「直感的に分かる」ということです。
 私が学生の頃にはですね、それこそ10の何乗という数の分子の振るまいを見ようとして、測定装置からでてくるわけのわからない数字の羅列をコンピュータで解析してその背後を読むという作業だったんです。それも面白いのは面白いんですが、パッと見せたいですよね。ほら、いまこうやって回したらここにATPができたじゃないですかって。そういう実験をしたいな、してくれると良いなと思うんですよ。難しいですけどね。できると良いなと思ってます。

[07: 生物嫌いの物理屋の、生物物理学者への道(1)]

○先生はもともと物理をやっていたと仰いましたね。もともとの興味はなんだったんですか。

■もともとってないんですけどね。大学3年のときに専門に振り分けられるんですけど、そこで物理を諦めたっていうか(笑)。

○え?

■もともと子供の頃は、物理になんとなく「憧れ」があったんです。素粒子物理とかできると良いなと思ってたんですけど、実際に行ってみて、あまりの秀才揃いにあきらめちゃったんです。とにかく、物理やっている人というのは、勉強している人はものすごくやっているんですよ、それも頭いいくせに。それで私には物理は駄目だー、と諦めちゃったんです(笑)。

○(笑)。

■生物は一番嫌いでした。とにかく大っきらいだったんですよ。今はそうでもないのかもしれませんが、当時の生物は完全に暗記科目でした。おしべが何本とか花びら何枚とかいうのを、わけも分からず暗記する学問だったんですよ。説明というのは全くなかった。物理というのは逆にほとんど暗記する必要はなくて、ニュートンの法則さえ知ってればあとはほとんど演繹で出てくる。そういう学問に、なんとなくさぼるのが好きで憧 れてたんですけど、たった3つの法則から全てを知る頭はないし、ということで…。

○しかし、それがどうして生物に?

■ちょうどその頃から生物に「説明する」というのが出てきたんですよね。筋肉がどうやって収縮するかというのがあって、アクチン線維とミオシン線維というのがお互いの間に滑り込んでいく、という1枚の電子顕微鏡写真を見たんです。で、それが説明だと思ったんですよ。

○当時はすごいインパクトがあったんでしょうね。

■ええ、そんじょそこらの説明じゃなかったんですよ。今は授業で当たり前にやっちゃってますけどね。普通だと、ゴムみたいなものが伸びたり縮んだりするんだという説明を誰でも考えますよね。多くの人は実際そう思っていたわけです。ところが、滑り込んでいく、と。しかもそれが電子顕微鏡写真で捉えられている。それに感激したんですよ。
 初めてだったんですよ、生き物の世界で説明がされたというのは。で、説明ができるんだったら説明をしてみたいなあ、と。

○皆さん、生物物理をやっていらっしゃる先生方は当時のインパクトをそう仰います。でも私くらいの世代だと、正直申し上げると、そのインパクトが今ひとつ実感わかないんです(笑)。

■そうでしょう。いまは最初からそういうこと教わりますからね。
 私はたまたまそれを見ただけで、他にもインパクトのあることはあったわけです。1953年に発表されたワトソン&クリックの遺伝情報の構造というものも、らせんの中にそれがATGCで書かれている、と。それは立派な説明ですよね。ちょっと普通では考えつかないような。でも私が高校の時には、そんな話は何にもなかったんですよ。その頃、世の中では少しは分かっていたらしくてですね、保健体育の授業で「ATPというものが体の中のエネルギー源だ」って教わって、妙にそれだけ面白かったのを覚えています(笑)。

○(笑)。保健体育の授業で? 理科では出てこなかったんですか?

■そもそも僕は高校では生物をとらなかったのかな。中学くらいで、とにかく印象が悪くて(笑)。とにかく当時の生物学はそんな感じだったんです。いまたまたま構造の話ばっかりしてますが、なにしろ、つまんない学問だったという印象しかないんですよね。

○悪い意味での博物学的な学問だったわけですか。

■そうですね。私が不真面目な学生だっただけかもしれませんけどね(笑)。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■新刊書籍・雑誌:
◇宇宙の謎を楽しむ本 的川泰宣 (文部省宇宙科学研究所教授)著 476 円(文庫)
ビッグバンから宇宙の膨張、ダークマター、そして宇宙ステーションと宇宙生活まで
 
http://www.php.co.jp/shinkan/ISBN4-569-57182-4.html

■イベント:
◇宇宙科学研究所一般公開(8月29日)
 http://www.isas.ac.jp/docs/info/98OpneHouse.html

◇知られざる科学技術者 レオナルド・ダ・ヴィンチ展 (東京ステーションギャラリー, 8/1−9/27)
 http://www.ejrcf.or.jp/station/98_0801/index.html

■URL:
◇手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発の在り方について (厚生省)
 http://www.mhw.go.jp/shingi/s9807/s0703-2.html

◇IBM、超伝導移行温度を2倍に高める手法を発見と発表
 http://www.ibmlink.japan.ibm.co.jp/cgi-bin/PREScgiDep.pl?docid=PRES1117&caps=N&perc=90&keywords=

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