NetScience Interview Mail
2000/04/20 Vol.097
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【玉置雅紀(たまおき・まさのり)@国立環境研究所 地域環境研究グループ】

 研究:植物分子生物学
 著書:『植物の形を決める分子機構』秀潤社
     (共著、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス遺伝子>

ホームページ: 「植物生理若い研究者の会のホームページ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/naka000/

○「植物生理若い研究者の会」などでご活躍でもある植物分子生物学の研究者、玉置雅紀さんにお話を伺います。何かと話題のバイオ研究の実際、お楽しみを。(編集部)



○本日はよろしくどうぞ。

■僕はキャリアが短い割には転々と研究テーマを変えてきているで、何をお話したら よいか…。

○じゃあ、それぞれ全部。変えてきた、それはどういういきさつなのかってところも含めて、全部おねがいします。それは研究者がどういうふうに研究テーマを遍歴していくかという話でもあるわけですから。

■そうですか、では…。
 私のしてきた研究テーマですが、一つ目が、マメ科植物と根粒菌との共生。2つ目が植物の形、特に葉の形ですね。葉の形態形成。で、今やっているのが環境汚染と植物との関係です。

○なるほど、確かにそれぞれ全く違いますね。

■ええ。じゃあ時間経過に従って、古いほうからお話します。

○お願いします。

■だいぶ記憶が薄れているんですけどね(笑)。

[01: 機能を持たない根粒]

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■一番最初にやったのはですね。  マメ科植物の根に「根粒」という組織ができるのはご存じですか? ある種のバクテ リアが共生して、コブみたいなのができる。あれを根粒といいます。この根粒がどのようにできるのかという研究です。

○ええ。菌が入り込んでバクテロイドというのを作ると。

■はい。根粒が何をしているかはご存じだと思いますが、空中の窒素を固定して、普 通だったら肥料として与える窒素を空気中から取り込む役割をしているんです。根粒 の形成とこれが機能を持つに至るまでには、植物と、根粒菌というバクテリアの間に シグナル交換、単純に言うと会話みたいなものですね、物質レベルの会話が行われて いるんじゃないかと考えられていました。ということで、やっていたことは、植物側 がどういうシグナル−−口説き文句みたいなものですね−−を出しているかを調べる 研究でした。

○植物側の口説き文句ですか。それは何だったんですか。

■ええ、それははっきり分からなかったんですが…。
 まずどのように根粒が窒素固定するのかを説明します。この過程は大きく二つに分けられます。

○二つ。

■はい。一つはまずできる過程ですね。形として根粒ができる過程。もう一つはそれ がちゃんと機能を持つ過程です。その二つに分かれると思います。

○なるほど。形と機能ですか。

■そうです。いっぺんにその二つを研究するのは無理なので、僕がやっていたのは、 根粒の形はできるけれども、機能がない植物側の突然変異体ですね。それを使って変 異体の原因遺伝子を取ろうとしていました。
 具体的に何をやったかと言いますと、この変異体を使いまして、その原因となる遺 伝子は何かということを特定するために、野生型のエンドウとの根粒の違いを探して いました。たぶんその違いを探せば根粒での窒素固定の本質に迫れるんじゃないかと いう考えでやりました。

○はい。具体的にはどういう手法を使って?

■具体的にはcDNAサブトラクションという手法を使いました。cDNA(相補的DNA)と いうのはmRNAから逆転写酵素で作られるDNAです。それ同士を、単純にいいますと 「引き算」する方法です。異なる由来をもつcDNA同士の引き算です。
 引き算の仕方にもいろいろあるんですが、僕がやったのはサブトラクションという 手法です。どういう方法かというと、引き算では引かれる側と引く側がありますよ ね。この場合、知りたいのはどのように根粒が機能を持つかなので、野生型の方に機 能があるわけです。変異体の方には機能がない。そう考えるのが自然ですね。ですか ら引かれる側を野生型のcDNA、引く側を変異体のcDNAにするんです。こうすることに より残ったcDNAというのは根粒の機能発現、つまり窒素固定に関っていると考えられ るわけです。

○なるほど。

■方法はまず両方のcDNAを一度全部混ぜ合わせることから始めます。 DNAというのはご存じのように二本の鎖でできています。それを95度くらいの熱で変成させますと、二本の鎖が一度全部はがれ、一本の鎖になります。
 で、もう一回冷やすとまたくっつくんですが、ここで混ぜ合わせたcDNAの場合、相 手がたくさんいるものとそうでないものがありますよね。つまり、変異体の根粒の cDNAの種類は野生型よりも少なくなっていると考えられるため、その差の分のcDNAは くっつく相手がいなくなる可能性があります。その場合、相手のいない奴は冷やして も一本の鎖のまま残ることになります。相手がたくさんいるものは二本鎖になる。今 度は一本のものと二本のものを分けるカラムがありまして、そこで一本のものだけを 選んでくれば、自動的に変異体にはないcDNAが取れる、というわけですね。これを取 ることによって、その中に根粒の機能発現に関る遺伝子があるんじゃないかというこ とをやりました。

○はい。で…?

■で、取ったんですけど、何故かたくさん取れてしまいました。本当は変異している 場所っていうのは一カ所だけしかないはずなんですよ…。ところがcDNAレベルでは一 カ所ではすまないんですね。

○それはどうしてですか。

■それはですね、はっきりした原因は分からないんですが、結局、変異体では窒素固 定ができないことが、二次的、三次的に他の遺伝子の発現にも影響を与えていること によるのではないでしょうか。たぶん、どこかに1個しか変異がない場合でも、結果 として遺伝子発現のレベルでは一個の変化ではすまなくてたくさんの違いができちゃ うようです。

○なるほど。

■僕の場合もそうでして、結局19個の遺伝子が取れたんです。で、その19個を調 べたのですが、結局それは、ゴールじゃなかった。この仕事は修士課程で2年間やっ たんですが、その19個は根粒の機能発現に関る本質的なものじゃなかった、が、確 かに違いがあるものだった、ということまでしかやれなかったんです。

[02: 根粒の形を作る化学物質]

○現在はどうなっているんですか。他の方々もやっているんだと思うんですが。

■ええ。実は勉強不足でしてあまり最近の状況については知らないんですが…。先ほ ど、根粒の形成と機能発現はバクテリアと植物との情報交換で成り立っているという 話をしましたね? この時の情報として化学物質が使われていますが、それが何かと いうことが分かってきたようです。
 この時のシグナル交換について根粒形成過程を追って話しますと、まず植物側から のアプローチがあるみたいです。植物が根からフラボノイド化合物を出すことによっ てバクテリアを呼び寄せるんですね。

○植物が菌を呼び寄せる。

■はい。根粒が出来る過程っていうのは、ダイズの根粒だったらダイズの根粒菌が入 る。エンドウならエンドウの根粒菌が入る、というふうに組み合わせが決まってい て、例えばダイズならダイズの根粒菌が好むようなフラボノイド化合物を出して根粒 菌を惹きつけ、活性化します。

○菌を呼ぶわけですね。

■そうです。呼ばれた根粒菌は次にどうするかというと、フラボノイド化合物を取り 込むことによって「あなたに入りますよ」というシグナルを出します。これがNod Factor と呼ばれ、その正体はオリゴサッカライドです。根粒菌はこの物質を放出し て、植物からのラブコールに応えます。
 で、そのあとが、たぶんまだ分かってないと思いますが、両者でいろいろな遺伝子 が交互に、連続的に発現することによってめでたく結婚が成立する、という過程を経 るみたいです。

○あのゴツゴツした形の根粒ができる過程は、そこまでで?

■そうです。根粒の形ができるまではこれだけでいく、ということになってます。
 というのはですね、根粒菌がいなくても根粒菌が作るオリゴサッカライドを植物の根にかけるだけで根粒はできるんです。

○え?

■つまりですね、根粒菌が応えることによって出す物質があるだけで、根粒の形はで きることがわかっています。植物の根に。

○ふーん…。

■ただしもちろん、膨れるだけです。機能はありません。

○ほう。ということは、植物側もかなり積極的に応答して、ああいうゴツゴツした形 を作り上げるわけですね。

■そうですね。人間から見ると、植物は根粒菌に住居を与えている。そういう見方が よくされます。そして植物は菌が固定してくれた窒素を使わせてもらう。つまり、共 生という形になりますね。で、オリゴサッカライドだけで、住居の形はできるという ことです。

[03: 機能を持たない変異体とは]

○復習ですが、機能を持たない変異体って、どういうものなんですか。根粒菌は住ん でるんでしょ?

■ええ、中にいます。野生型の植物にできる根粒ではどういう状態になっているかと 言いますと、電子顕微鏡で見ると根粒菌は、植物の細胞の中に細胞の膜を隔てて存在 しています。で、根粒菌はこの膜を介して植物との間で物質のやりとりをしているわ けです。一つ分かっているのは、この変異体では、植物の膜と根粒菌の膜が剥がれて いるんです。

○普段はベタッとくっついてるんですか。

■イメージでいいますと、風船がありますね。あれにペンをあててぐうっと入ってい く。そんな感じで根粒菌は植物の根に感染していきます。こうすると根粒菌は、自分 の膜+植物の膜に包まれて植物内にいることになります。だから今言った、剥がれて いるというのは、植物の膜とバクテリアの膜の間に空隙みたいなものが見られるとい うことです。だからうまく情報交換できていないと考えられます。

○じゃあ細胞膜同士を結合させるタンパクか何かがあって、膜と膜をくっつけている んですか。

■そういうのがあるかもしれないし、うん、それはまだ分からないですね。
 ただ、その間で物質をやりとりしていると思います。植物は根粒菌に窒素固定のた めの材料を与えてますからね。それが変異体ではそもそも来ないから窒素固定をしな くなる。最終的には、物質をやりとりしないのが致命的なんじゃないのか、というこ とが、やっと分かってきたところで研究は終わってしまいましたね。

○基本的には植物に問題がある、ということなんですね。

■そう。この場合はそうです。ただし、植物は正常で根粒菌が突然変異を起こしてい るものでも、見た目は同じ様な根粒が出るので、お互いにきちんと物質をやりとりす るための構造、機能を持つためには、両者の遺伝子が関わっていると考えられます。

[04: 根粒のヘモグロビン]

○さて、玉置さんが取った19個の遺伝子それぞれは、どういう機能を持ったものだったんですか。

■残念ながら膜を介してどうこうというものではなく、結局、根粒が窒素固定をしないが故に発現する二次的な遺伝子でした。植物は固定した窒素をきちんと代謝してい くために多くの酵素を必要とします。例えばグルタミン酸合成酵素とか。変異体では このような代謝に関る酵素の遺伝子の発現が低下するようでした。

○必要がないから作ってないと。

■たぶん。主に窒素の代謝経路の酵素が減っていました。それと同時に炭素の代謝に 関するものも拾えてきました。つまりそれも窒素固定しない結果として必要ないとい うことです。

○なるほど。

■多くは私にとってあまり興味を引くような遺伝子ではありませんでした。でも一 つ、面白いものが拾えました。ヘモグロビンの遺伝子が拾えたんです。ヘモグロビン というのは人間ですと血液中で酸素を運ぶのに必要ですが、通常、植物だとそういう 機能、血液自体がないので関係ないように思われますが、実はマメ科は持っているん です。マメ科植物はlegumeという総称があるので、このヘモグロビンは特別にレグヘ モグロビン(leghemoglobin)と呼ばれています。レグヘモグロビンはヘム部分とグ ロビン部分に分けることができ、ヘム部分は根粒菌が、グロビン部分は植物が合成し ていると言われています。このタンパクが根粒にはたくさんありまして、窒素固定に 非常に重要な役割を持っています。

○どんな役割ですか。

■窒素固定において非常に重要な酵素、バクテリアの酵素ですが、ニトロゲナーゼっ ていう窒素分子をアンモニアに変えてしまう酵素があるんですが、これは酸素がある 状態では働かない酵素なんですね。つまり嫌気状態にしないと働かない。
 じゃあヘモグロビンは何をしているかというと細胞内の酸素を引きつけて、ニトロゲナーゼに直接酸素を触れさせないようにしているんです。

○酸化防止剤ですね。

■ただ酸素をくっつけているだけでなく、もっと積極的に働いています。窒素固定は 多くのエネルギーを消費しますが、このエネルギーをバクテリアが作るためには酸素 が必要です。つまり、窒素固定の主役である酵素は嫌気的な条件で働くけども、その反応には酸素に依存したエネルギーが必要なんです。そのジレンマを解消するためにもヘモグ ロビンは必要だと考えられています。それだけ窒素固定に重要なものなんです。です から一種類ではなくて複数あります。種類によって違いますが、エンドウの場合は5 種類あります。

○ふーん。どんなふうに違うんですか。

■それぞれ機能分化があるはずなんですが、まだよく分かってません。ただ、一個一 個、酸素を引きつける能力が違うんです。これらの異なる酸素結合能力を持つレグヘ モグロビンが根粒の外層の部分、つまり酸素の多い部分から、酸素の少ない根粒の内 層部分まで連続的に並んでいるんじゃないか、という仮説を持っている人はいます。 ただ、これははっきりと証明されてはいません。

○ふむふむ。

■で、レグヘモグロビンの一種類が減ってたんです。変異体で。

○一個だけが特異的に減ってたんですか。

■えーっと、エンドウのレグヘモグロビンが5種類あるというのはタンパクレベルで 分かっている話でして、その遺伝子は今でこそ5種類取られていますが、僕が調べて いる時にはまだ2種類しか取れてなかったんです。そして、2個取れたうちの1個の 遺伝子の発現は両者で全く変わらなかったんですが、もう1つの遺伝子の発現は変異 体でガクッと減っていました。この遺伝子の発現がなぜガクッと減っているのか、と いう研究はその時点ではほとんどしていませんでしたが、最終的には窒素固定の能力 によって発現量を制御されている遺伝子じゃないかということがわかりました。つま りこのレグヘモグロビンの発現は、窒素の量によって制御されていることがわかりま した。

○なるほど。

■ただ、それが変異体の何を説明しているのかと問われると苦しいですね。私の研究では非常に当たり前のものしか拾えなかったんです、結局は。だから研究としては、 「努力賞」みたいな形で終わってしまいました。

○努力賞とは、また分かりやすい表現ですね(笑)。

■でも研究の入門としてはまずまずの結果が出たと思いますよ(笑)。

[05: 根粒から植物の形態形成へ]

○そこから次に植物の形態形成に移ったわけですか。それはまた一体どういう…。

次号へ続く…。

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 花粉症の症状が悪化するのは何時? 生物時計を動かす遺伝子ほか
 
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NetScience Interview Mail Vol.097 2000/04/27発行 (配信数:21,812部)
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