『小惑星衝突』は、今年公開された複数の映画のテーマである地球外の天体衝突を扱った本。直径200キロを超えるクレーターと考えられているサドベリー岩体ほか、地表に残された数多くのクレーターの紹介、小天体観測態勢のレポートなどをはじめとして、衝突時の影響を火山噴火の古記録で分析するなど、多角的な視点が嬉しい。丁寧な小天体総合解説書でもある。
思うに、もしも「1年後に小惑星が地球に衝突しますよ」と言われても、ほとんどの人は信じないのではなかろうか。人は、どういうわけか見たこともない微生物の存在は信じるくせに、この宇宙の中に地球がぽっかり浮いていることは、心のどこかで信じていないような気がする。それは、宇宙の巨大さが普通の人間の認識の枠をはみ出しているからなのかもしれない。
だがそれでも宇宙は理解できる。数学を使って、だ。
物理法則は数学で記述できる。数学を使わずに正確に記述することはできない。まるで、世界は数学で構成されているかのようだ。世界はなぜ数学で描けるのだろうか。この辺を問題意識として頭の隅に起きつつ、数学と、それを応用した物理の発展の歴史をおった『物理と数学の不思議な関係』を読んだ。物理学の大躍進は数学の肩の上に乗ることによって支えられたとし、現在の物理の考え方がどのようにできあがって来たのかを時系列で追っていく。科学史の本としては非常に変わっている。数式も混じっているが軽妙な筆致は読みやすい。
「純粋数学の山の中に埋もれていた」数学が、世界のありようを理解する上で役に立つどころか必須であるというのは一体どういうことなのだろう。なぜ人間が発明した数学という自己完結した抽象概念で、実体として対象のある物理現象を理解できるのか。数学で宇宙が記述できるのはなぜか。考えれば考えるほど不思議だ。
素粒子物理の観点から現在の宇宙観・物質観を紹介する『宇宙のからくり』の著者も、これを「実に不思議なことだ」と語る。だがとにかく、物理現象は、いちど抽象に置き換えなければ理解できない。そのためか、素粒子論や宇宙論は、普通の人にはどんどんとっつきにくいものになっていった。本書はその辺も踏まえて初心者にもやさしく、「場」の考え方や、4つの力、ゲージ理論、場の量子論などをゆっくりと解説していく。図版がほとんどないのが残念だが、丹念に順をおった構成が絶妙である。
実際に数式を解かない人間には、抽象概念はどうしても理解しにくい。だが本書読了後は、なんとなく分かったような気がするのではなかろうか。この宇宙が、抽象的な概念によって理解できること。その不思議なき不思議に思いを巡らすのも、また楽しい。
宇宙を記述しようという試みは、数千年前から行われてきた。西洋では天はある原理に従って規則的に運動するものとして考えられていた。一方、東洋では規則的な現象ではなく、突発的なイベントを記述する事に主眼が置かれた。このような宇宙論の歴史にまで目配りして「宇宙を身近に引き寄せるために」とまえがきに題されているのが『宇宙論のすべて』。ダークマターやニュートリノ、大規模構造など、いわゆる宇宙論の本に扱われている範囲はだいたい押さえられている。
事典的な構成で、どこからでも読める。ワードマップとしてパラパラ適当にめくりながら読むのが良いだろう。
もりやま・かずみち
サイエンスライター