ぼさぼさの髪に汚い白衣を着た、わけの分からないことに熱中している人たち。世間の「科学者」のイメージは未だにそんなところだ。時折、よく分からない恐ろしいことをしでかす。それが科学者だ、そう思っている人は、意外と多い。虚像が一人歩きしているのだ。
クローン羊・ドリーのニュースが世を震撼させて久しい。だが一般の世の中からは忘れ去られつつある。おそらくこの実験・事件のインパクトは,現在よりも後の世でより明らかとなるだろう。悲しいかな,人間はごく限られた時間・空間的視野しか持ち合わせていない。ドリーの成果そのものに対しては,一部メディアで疑惑もささやかれている。真偽はそのうち確認されるだろうが、ドリーが改めて科学と世間のかかわり方を突きつけたことだけは間違いない。
『クローン羊ドリー』は,「事件」としての“ドリー本”にとどまらない幅広い内容の1冊。クローニングや発生,生殖技術の科学的な面はもちろん、その思想・哲学史にまで深く触れる。紹介されているエピソードも,ツボを押さえつつコンパクトにまとまっている。可能か不可能かで紆余曲折・毀誉褒貶を経たクローン研究。研究史に興味がある人も人間ドラマに興味をもつ人にも,大いに面白く読めるバランスの取れた1冊だ。
「ニューヨーク・タイムズ」の記者である著者は,科学者集団に対しても,かなり手厳しい意見を述べている。著者はこう語る。科学者のほとんどは自分のやっていることの哲学的意義を理解していない。つまり自分の研究が歴史的・世間的にどういうインパクトを与えるものなのか,良くも悪くもあまり考えていない,と。
科学者という集団は様々なイメージを抱かれている。そのイメージは,科学者の実像に則したものというよりはさまざまなメディアを通じて獲得されたものだ。『鏡のなかのアインシュタイン』は古今東西57人の知識人の著書などから,科学の捉えられ方を抽出した科学・科学者評論である。あえて虚像から描き出す科学の一般イメージ。世間一般という場では科学がどう捉えられているか,知りたい人は一読の価値あり。科学現場の反論・意見なども是非聞いてみたい。
タイトルの「アインシュタイン」は科学者の象徴である。では「ほとんど超自然の存在と見なされ」ていた彼自身はどう考えていたのだろうか。
伝記『アインシュタイン』によるとこんなことも言っていたようだ。「実際の姿と他人がどう思うかのあいだには,大きな違いがある」。本書は書簡や新聞記事,インタビューやメモなど当時の膨大な資料を繰って綴られた労作だが,逆にその手の資料のない幼少期については簡単にしか触れられていない点に不満が残った。人の基本的 モチベーションの多くは幼少時の体験に端を発しているからだ。とはいうものの周辺取材から波瀾万丈の人生の実像に迫る本書は,確かに面白い。
もっとも,皮肉な見方もできる。それも虚像で輪郭構成された虚像にすぎないと。だが後世の人間が「実」なるものに迫るには,この手法しかない。
一言で科学者といってもいろんな人がいる。当たり前なのだが,世の中はなかなかそう思ってくれない。科学者という集団は確かにあるが,それは独立した個で構成された“点描像”としてのみ存在する。だがそのことも理解されていないようだ。いやおそらく,科学者自身ですら理解していないのではないか。
科学者は,科学者同士に漠然とした仲間意識をもっている。そこにはある種の「我々」という共通理解がある。それが「科学者」のイメージの「実」にもっとも近いものだろう。だがそれも,結局は共通幻想にすぎないのかもしれないのだ。
もりやま・かずみち
サイエンスライター