ヒマラヤには10億年前の「渚」がある。プレート・テクトニクスを象徴する地形でもあるヒマラヤから、博物館展示のために総重量80トンの岩を切り出し運び出すまでの苦労を綴った本が『ヒマラヤの渚』である。時には国外追放になりかけたりしながらの苦労話はユニーク。せっかく現役バリバリの地質学者が書いているのだから、もうちょっと地質的な面も書き込んで欲しかったとは思うものの、現地の人々との交流を交えた岩石との苦闘ぶりからは、フィールド系研究者に共通する一種のタフさが見えて面白い。
いまや定説と化しているプレート・テクトニクスだが、30年前にはただの仮説でしかなかった。海洋底拡大説の証明のために大活躍したのが深海掘削研究船グローマー・チャレンジャー号である。『地球科学に革命を起こした船』はその活躍ぶりと海底掘削がもたらした発見が当時の地球科学界にもたらした衝撃とを、乗船していた研究者自らが記した本である。海洋掘削が始まる前の状況説明や、重要な発見の様子が生き生きと描かれている。
著者が「正しい」側の人間ではなかったことが本書をよけい面白くしている。彼は当時、プレート・テクトニクスを信じていなかったのだ。それが乗船している船の上げる証拠で次々と肯定されていくのである。眼前で自説が否定され悔しがる著者の姿は、そのまま数多くの地質学者たちの姿でもあったのだろう。だがこうして、プレート・テクトニクスは多くの人に認められるに至った。内容はちょっと古くできれば解説などで補足してもらいたかったが、とにかく地球科学が猛烈な勢いで進んでいた頃の息吹が感じられる一冊である。
内容は全く違うが、そういう面白さは共通しているかもしれないのが『ミクロの社会生態学』。副題どおり、ダニの観察からはじまって数理生態的な話、社会性動物のカースト発生の話まで実に多様な話が詰め込まれている面白い本である。ハダニという素材に生態学の様々な研究手法をぶつけ、出てきたものを現在進行系の研究も含めてそのまま書いている、という印象を受けた。こういう本は楽しい。
本書はまずダニの観察の話から始まる。ハダニの網でできた巣の話にただ驚き、それと排泄物との関係から様々な生活型が出てくるという話に驚き、さらにハダニの営巣の電子顕微鏡写真に感嘆した。このように前半はダニの生活の有様がただただ面白い。後半はダニの亜社会性の話になる。ハダニはオス同士が共同して捕食者から子供を守るのだという。いったいなぜこのような社会性が誕生したのか。この不思議を単数倍数性という特徴と(ハダニはオスがnでメスが2n)、血縁度の推定や社会生物学の手法で解いていく。この後半はやや読みにくくはあるが、とにかく内容に興奮する。著者がひるまずに論文査読者と意見を戦わせる様子もこれまた非常に面白い。他の研究者たちも、これくらいしっかりした足腰で日本の科学を推進して欲しいものである。
気軽に読めるが内容は深いのが『科学の目 科学のこころ』。行動生態学者の著者による雑誌連載エッセイをまとめたもの。内容は生物の話だけでなく、科学史や科学と人間社会にまで及ぶ。なかなか答えの出ない問題も多いが、科学的教養のありようを模索する著者の姿勢には共感した。
もりやま・かずみち
サイエンスライター