click here, for this site !!

『日経サイエンス』掲載・森山和道の読書日記・99年11月号

〜ライフスタイルと薬、肥満、出産、そして脳と心〜

 直接的なタイトルの『ハゲ、インポテンス、アルツハイマーの薬』は実に面白い本である。プロペシア、バイアグラ、アリセプトという3つの薬の話だ。もともとは前立腺肥大症の薬だったプロペシアがハゲの薬になるまで。心臓病薬シルデナフィルがバイアグラになるまで。そしてアリセプトの開発者・エーザイの杉本八郎の物語。それぞれ趣向が違っている。

 だが視点は一つだ。「ライフスタイル・ドラッグ」がキーワードである。つまり「日常生活を改善する薬」である。ハゲとインポ(特に心因性のもの)が古典的な意味で「病気」かというと意見は分かれる。だが本人が悩み苦しんでいるならそれは改善されるべきであるという考え方のもと、患者の発掘が行われているのである。実際のところ消費者からのニーズもある。何より、この業界は儲かるのだ。それだけに私たちは注意しつつ利用する必要がある。著者が言うようにライフスタイル・ドラッグは人間の文化を変える可能性すら秘めているのだから。

 熱心に薬が開発されている対象の一つに肥満がある。『肥満とダイエットの遺伝学』は肥満は多因子遺伝疾患であると捉え、脂肪細胞が分泌するホルモン・レプチンや熱を産生する脱共役タンパクの発見など分子レベルの成果を紹介し、肥満の原因の多くはレプチンが中枢あるいは末梢で効きにくい「レプチン抵抗性」にあると解説する。もともと興味深く面白いテーマだが、ミクロネシア連邦コスラエ島では住民の7割が肥満であるといった話や、栄養素の好みが遺伝で決まっている可能性など、構成も飽きないように工夫されている。今後は、行動因子を解明することが遺伝と環境の間の橋渡しをするだとう、とまとめている。

 遺伝と環境との相互作用といえばこれ以上のものはなかろうと思われるのが出産である。『脳が子供を産む』は頭から最後までネズミ(ラット)の生殖、それ自体巨大な分泌腺である脳の中で何が起こっているかについての話である。主役はホルモンだ。生殖腺刺激ホルモンの放出に伴い、エストロゲンが放出され、それがまた生殖腺刺激ホルモンの放出に繋がる。脳、生殖器、ホルモンの3つがお互いにループすることで排卵周期が作られる。

 本書後半は出産後の母性行動の話になる。出産を体験したことのないネズミでも母性行動が起きることから、子ネズミの鳴き声や匂いがトリガーとなるらしいが、まだ謎が多いとのこと。今後の研究に期待したい。

 ネズミの脳の話の次は、人間の脳と心の不思議さをこれでもかと突きつける『脳のなかの幽霊』をご紹介したい。切断された四肢の感覚がいつまでも消えない幻肢。見えてないのに見えている盲視。我々の中に潜む意識を持たない存在「ゾンビ」。幻覚をありありと見る人々。自分の麻痺を認めない人々。身近な人を本物だと感じられないカプグラ症候群。側頭葉てんかんと神秘体験。サヴァン症候群。自然緩解と想像妊娠。多重人格。最後にはクオリアについての考察で締めくくられる。

 羅列が長くなってしまったが、とにかく盛りだくさんなのである。書評屋の端くれとしては、本書を起点として色んな本を薦めたくなるタイプの本だ。本当はここで「もっと知りたい人は…」とやりたいところなのだが紙幅がない。取りあえず本書を是非お読み頂きたい。

もりやま・かずみち
サイエンスライター


Return to Index