『日経サイエンス』掲載・森山和道の読書日記・99年2月号

〜障害が明らかにする脳機能〜

 『視覚の謎』は「症例が明かす<見るしくみ>」という副題の通りの内容。視覚障害の症例を多数紹介しつつ、視覚がどのようなモダリティーで構成されているか検討していく。仕組みがもっとも解明されている感覚・視覚。類書も多い。だが本書を通読して、改めて視覚の不思議さと認知メカニズムが如何に精妙に構成されているか思い知った。内容は盲視、色覚障害、前庭系障害、視覚性定位障害、立体視障害、運動知覚障害、視覚失認、相貌失認、反復視など。

 一つだけご紹介しよう。反復視とは、それまで見えていた像が目を転じても見え続けるという現象である。たとえば、あるテーブルを見たあとに別の場所に目を転じる。するとそこにもまた全く同じテーブルが見えたりする。また、一本しかない鉛筆がいくつもあるように見えたりする現象である。この症例が明らかにしていることが一つある。脳は、ある段階では物体一つ一つを視対象として切り出して見ているらしい、ということだ。

 これだけでも十分面白いのだが、具体的な症例の話をしよう。患者が5分間ほどテレビを見ていた。すると「画面の人物の顔が、室内にいた人たちの顔の上に移動して見えた」。周囲にいた人たちみんなの顔が、TVの中の人物の顔になっていたというのである。 知覚とは、なんと不思議なのだろう。このとき、脳の中ではいったい何が起こっているのだろうか。

 「心の柔軟性と多様性と変動性」は、多くの研究者の課題でもあろう。『ニューロンから心をさぐる』では<セル・アセンブリ>という機能単位を考えることによって、ニューロンとその回路網の柔軟性を説明しようとする。ニューロン間の活動相関は構造的結合によるのではなく「特定の結合を選択的に賦活すること、つまり、ニューロン間の機能的結合により生じる」という考え方である。セル・アセンブリは部分的に重複しており、その機能的な結合は情報によって変化することが2大特徴であるという。これによって様々な脳の機能──記憶情報の変容や、幻覚や幻肢なども説明できるかもしれないと著者は説明する。これからの実験結果報告を待ちたい。

 著者は「心とはなにか」と、ずっと考え続けてきたらしい。意外と、こういう研究者は珍しいのではないか。

 近年、計測機器の発達により、脳科学と急接近している領域に言語学がある。言語は心を覗く窓だ。いくつかの障害症例は、ここでもまた機能がモジュール化されていることを示している。『ヒトはなぜことばを使えるか』では失語症から<脳・心・ことば>の関係を考える。一言で失語症といっても、その現れ方は多種多様。著者がいうところの「揺れ」がある。たとえばあるカテゴリの言葉は理解できるらしいのに、別のカテゴリだとまるで分からない、ということがあるらしい。その揺れ一つ一つは病巣と回復状況を反映しているのだが…。本書で挙げられる症例を読んでいると、あまりの不思議さにただただ驚くばかりだ。言葉を失った心の状態。それは、いったいどんなものなのだろうか。

 言語はどうして生まれたのだろうか。『ことばの起源』では、言語は社会的な毛づくろいだという説を展開する。この説はともかく、新皮質の大きさと群れの大きさの相関を見るなど、社会的な複雑さが霊長類の知能を高める方向に働いたとする考えを展開していく前半は、面白かった。

もりやま・かずみち
サイエンスライター


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