『日経サイエンス』掲載・森山和道の読書日記・99年3月号

〜分子機械、タンパク質〜

 今回は生命を支えるもの−−タンパク質に注目してみたい。

 『タンパク質ものがたり』と『分子レベルで見た体のはたらき』は蛋白質の構造や機能を解説した内容も似ているが,副題まで共通している点が面白い。どちらも「いのちを支える」という言葉を使っているのである。タンパク質のふるまいこそが生命であるというのか,研究者の思いが現れているようで,思わず笑ってしまった。だが,確かにその通りだ。

 『タンパク質ものがたり』は蛋白質が絡むジャンルを最新の成果も含めて万遍なく押さえた入門書。しかし,読者にそれなりのレベルを要求する本である。「あとがき」を読むと「一般の人々の教養的な読み物」とあるのだが,取りあえず一通り知っている人でないと読解は苦しいのではないか。もっとも本書の解説は丁寧な部類に入るので,欲張りな要求かもしれない。図版が大きいことはありがたいが,欄外をもっと活用してくれるとなおよかった。

 『分子レベルで見た体のはたらき』も同じく入門書。内容はかなり重なっているが,こちらの特徴は大量のステレオ画像と付録のCD-ROMにある。いろいろなタンパク質分子を眺められるのは楽しい。でも解説は,一般向けとしてはやはり難しめ。個人的には,両書を通して読むことをオススメする。

 細胞内外のかたち作りや輸送,シグナル伝達などに携わる様々なタンパク質,すなわち分子レベルの機械,「分子機械」の機能が明らかにされつつある。タンパク質同士の相関も徐々に解明されつつあり,極めて進展の早い,かつ興味深い分野である。

 タンパク質の機能は,その「かたち」と不可分だ。研究のベースにあるのはX線結晶構造解析の成果である。αヘリックスのらせんとシート状のβストランドを,ターンとループで折り曲げて構成された極小の分子機械。多様な機能を織り込んだ「かたち」を眺めていると,浮かんでくるのは機械としての美しさである。実際に生体内で,理屈どおり機能しているのかどうかは分からない。だが精密な機械を連想させるその構造は,本当に美しい。さらに最近は顕微鏡の進歩によってタンパク質分子一つ一つも見えてきた。分子レベルの機械が,実際に機能しているところを見ることも可能になりつつある。

 機械といえば,『バクテリアのべん毛モーター』は,そのあまりに「機械的な」姿で度肝を抜いてくれた分子機械の一つだ。そして本書は,その研究の現在と背景,そして著者の考えまでを巧みに織り込んだ一冊である。

 モーター構築にかかわる50以上の遺伝子は突き止められた。スイッチ構造体など具体的な構造も見えてきた。だが,べん毛モーターの回転原理は未だに明らかになっていない。何が何に対して回っているのかさえはっきりしていない。

 なぜべん毛モーターは回るのか。プロトンの流れはある。そのエネルギーは直接回転に使われているのか。著者は,回転にはブラウン運動が重要な役割を果たしており,プロトンの流れは一方向に制御することに使われているのではないかという。マクロで統計的な世界と分子一つ一つの世界の問題が,ここでぶつかっている。不規則なブラウン運動からどうやってエネルギーを取り出すのか。分子機械は果たして「固い」のか「柔らかい」のか。生物の作動原理は一体なんなのか。実に興奮する。

 バクテリアというと,普通に連想するのは「病原体」だろう。病原性を発揮するためには,べん毛モーターに構造が似た「ニードル構造体」が必要である。解析すると,どうも共通祖先から派生したらしい。病原性とモーターが同根だという話もまた面白かった。

もりやま・かずみち
サイエンスライター


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