5月号は書評欄は特別編で、<読書日記>もお休み。私は「科学書の棚に並ばない科学書」というお題で以下の5冊を紹介しました。
『顔面考』 春日武彦著 紀伊國屋書店
『死の貝』 小林照幸 文藝春秋 1524円
『生と死の倫理』 ピーター・シンガー著 樫則章訳 昭和堂、2300円
『不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス』 宮嶋茂樹 新潮社、1400円
『フューチャー・スタイル』 山中俊治著 アスキー出版局、2700円
『顔面考』は精神科医による「顔」考察。精神科医の著者が「顔」を考える。顔は、ただそこにあるだけで意味を持ってしまう。たとえそれが死体の顔や「無表情」であっても、我々は「顔」に意味を見出さずにはいられない。顔には表情や顔のつくり以上の何かがあるのだ。内面を反映するものであると同時に仮面でもあり、パーソナリティそのもののシンボルともなる顔。著者はマンガに描かれるステロタイプな顔やドッペルゲンガーなど精神障害の症例を紹介しながら、顔の持つ意味を考察する。「ただただそこにあるだけで我々の心を波立たせる」顔について思わず考えてしまう。
『死の貝』は日本住血吸虫症という病気と闘った人々のドキュメントだ。ミヤイリガイという、米粒ほどの小さな貝を中間宿主とする寄生虫による病気である。皮膚を通じて人に感染し、発熱、下痢、腹痛などの症状を引き起こす。患者はやせ細り、腹部だけが異常に腫れ上がって死に至る。60年代まで、この病は列島各地を襲っており、世界各地ではいまだ猛威を振るっている。本書では、幾多の困難と闘いながら病の本体を明らかにし、対策が打っていった過程が骨太の文体で描かれる。行間には先人達への感動と敬意が満ちている。今日から見ると環境破壊としか言いようのない無茶な行為もあったが、それは当時、できる限りの力で病と闘った有様であったのだ。
『生と死の倫理』は新たな倫理の構築を訴える一冊。既存の生命倫理は綻び、詭弁と化している、というのが著者の立場である。「脳死=死」という「方便」を使って臓器移植を行おうとしたことが間違っている、そもそも「死を再定義」しようとしたことが問題だったのだ、という。だが著者は臓器移植反対論者ではない。臓器提供者は生きているが、もう2度と意識を取り戻さないのであれば、他の生命を生かすために臓器を取り出しても良いのだ、そういう新しい倫理観が必要であると著者は言うのである。その論理に賛否はあろうが、新しい医療を倫理的に認知する、あるいは倫理と整合させるためには、新しい世界観、新しい倫理観が必要だという著者の主張には耳を傾ける価値があろう。
重い本ばかりではなく軽い本も。『不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス』は爆笑の南極観測隊写真集。ナンキョクは、そう簡単には行けない土地である。おまけに「メスと言えばペンギンとアザラシしかいない」。一年に一度しか報道されないくせに一人一億円かけて送り込まれている、男 ばかりの越冬隊員たちは極寒の地で一体何をしているのか? その「私生活」を覗ける、脳天気に楽しい本である。
『フューチャー・スタイル』は工業デザイナーによる技術デザインエッセイ。まだ見ぬ未来技術を形にしてみたら、そこに現れるのは技術者の夢。マイクロマシン、「産毛」の生えた飛行機、生物なみの複雑さを備えたタービン翼、アクティブ制振ラケット、痛みを感じるマテリアルなど。実際の工学現場の話を織り込みながら未来の夢を存分に語ってくれる。安定した内容の、見て楽しい本である。
もりやま・かずみち
サイエンスライター