98年7月Science Book Review


CONTENTS


  • ハイテク機はなぜ落ちるか コンピュータ化が引き起こす新たな航空機事故
    (遠藤浩(えんどう・ひろし)著 講談社(ブルーバックス)、900円)
  • 人と機械がぶつかる場として、ハイテク事故機のコックピットは象徴的だ。著者は最近の飛行機事故の原因の一つに過度なハイテク化、コンピュータ化を挙げる。著者はヒステリックにコンピュータを論っているわけでは決してない。著者がまとめた自動化への批判は以下だ(P.92から)。

    1. 飛行に必要な情報を機械系から与えられたものだけに頼り、視界などの外部ソースを活用した基本的なナビゲーションを行わなくなった。
    2. 航空機と地面との関係についての知覚と認識を失い、乗機が危険な状態に陥っても、気がつかなくなった。
    3. 設計者は安全性を高めるために自動化だけに頼りすぎ、その結果、過剰保護になった。
    4. 手動操縦が少なくなり、パイロットの運行への参加意識、満足感、達成感が減った。
    5. 手動操縦の技量の価値が低下し、事故に対する責任が機械に分散されたと感じるようになった。

    一読、これらの問題は、航空機のみに関わらず<人間─機械>系全般において見られるものであることが分かるだろう。

    人間には弱点がある。それらをサポートするために機械による自動化はあるはず。なのに現状では「自動化は、この人間性の弱みをカバーするどころか、かえって増幅した」と著者はいう。その具体的事例は、本書を通読して欲しい。事故の描写は淡々と書かれているが、全て現実に起こったことだけに圧倒的な迫力で迫ってくる。

    いまの飛行機は車で例えると「真っ暗な夜道を自動操縦で走り玄関に横付けするような」レベルを要求されており、「自動操縦」というよりは「自動飛行」と呼ぶべきものとなっているそうだ。一度も実際には飛行したことのないコンピュータソフトの設計者が飛ばしているようなものだ、という感覚が著者にはあるようだ。

    システムの設計者と現場ユーザーとのギャップが、こんな、絶対に起きてはいけないはずの場所できしみを見せていることに改めて、機械の恩恵を受け、機械に頼り、機械に悩まされる現代の一部を見たような気がした。


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  • 科学のすすめ
    (岩波書店編集部編 岩波書店(岩波ジュニア新書)、700円)
  • 数学・物理学・化学・生物学・天文学・フィールド地質学・情報科学・脳科学・認知科学・地球環境科学。それぞれの研究者が自分の体験をベースに若者にそれぞれの科学を「すすめる」。

    この本の構成、これでいいのかなあ。上にあげたままの順番なんだけど。
    この手の本の常として、著者ごとに内容にはばらつきがあるのは仕方ないとして、単純に基礎から応用へ並べていく、っていうのはどうかなーと思う。

    あくまで主観だけど、面白かったのは海部宣男氏の話と、下條信輔氏の話かな。平朝彦氏の話は共感した。竹内敬人氏の話はなんだか懐かしい気がする。


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  • ぼくらの昆虫記
    (盛口満(もりぐち・みつる)著 講談社(講談社現代新書)、660円)
  • 「ゲッチョ先生」の新刊。
    子ども達の虫との出会い方が変わってきた。探すものではなく、出会うものへと。

    そして、出会う虫の種類も変わってきた。バッタやカブトムシではなく、ゴキブリが一番身近な虫となった。では、ゴキブリを起点に自然への視点を鍛えていけば良いではないか。それが著者の発想である。あとはいつもどおり、思わず大笑いの、おもしろおかしい、でも真面目な昆虫との触れあいと、意外な生態が描かれる。実際に見ることの大切さを決して忘れない著者の視点は見習わなければ、と思う。

    そういえば僕もゴキブリをしばらく飼ったことがある。高校のときだ。文化祭でゴキブリをテーマにしようということになり(僕が決めたわけではない)、それで大量の生きたゴキブリを準備しなければならなくなった。クラスでの催しだったので、当然そちらに呼びかけたがあまり集まりがよくない。

    そこで僕は、夜中の理科準備室に行った。いま考えると不思議なのだが、なんとなく「いるんじゃないかな」と思ったのだ。灯りをパッとつけると、いるわいるわ。黒くてでかい(本当にでかかった)ゴキブリが飛び回っていた。それを捕まえて、無事、事なきを得た。当日はゴキブリレースが人気だったようだ。

    そういうバカなことも、子供の頃にはいろいろやった方が良いと思う。きっかけはなんでもいいから。著者が言うように、虫嫌いなら嫌いということを接点にして触れあえばいい。


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  • 読み物 熱力学
    (小出力(こいで・つとむ)著 裳華房(ポピュラーサイエンス)、1600円)
  • 熱力学を「やさしく解説した本」とあるが、普通の人には読めません。大学教養レベルで熱力学を終えた人、あるいは学習中の人ならなんとか読めるでしょう。なぜこれに「読み物」と付いているのかは、ナゾとしか言いようがない。

    でも、これをベースに講義をしてくれたら、確かに結構分かりやすいかも。下手な講義を聴くよりは、確かに丁寧に解説されている。


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  • 不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス
    (宮嶋茂樹(みやじま・しげき) 勝谷誠彦(かつや・まさひこ)構成 新潮社、1400円)
  • 決して、最近科学書を読んでいないからお茶を濁しておこうということではない。たまたま、著者の「不肖・宮嶋」がTVに出演しているのを見たからでもない。面白い本だから紹介するのである。なお、もちろん科学書ではない。まあ本が扱っている場所が場所だから、ここで紹介しても誰も文句はないでしょう。

    知っている人はみんな知っている「不肖・宮嶋」の最新刊である。知らない人の為に紹介すると「週刊文春」を主な舞台に、湾岸戦争、カンボジア、ルーマニアなどなどに出かけて写真を撮っている人だ(なんか違うような気もするな、こういう説明すると)。

    さて、今度の舞台は南極である。
    ナンキョク。南極だ。そう簡単には行けない土地である。行きたいと思っても行けない。おまけに「メスと言えばペンギンとアザラシしかいない」のである(いまは違うわけだが)。一年に一度しか報道されず、そのくせ一人1億かけて送り込まれている越冬隊員たちは一体何をしているのか?本書は男ばかりの南極観測隊の同行記。極寒の地でのクソと女装と酒と性欲(だけではない)日々を収録。ここにはまさにキンタマ的世界がある。本書を一読すれば「ナンキョクってどんなとこなの?」と思っている人々の疑問は全て解決されるであろう(ウソ。念のため)。

    僕の大学時代の同期が南極越冬隊初の女性隊員になったことは、生真面目に日記まで読んでくれている人はみな知っているであろう。いやあ、彼女は無事であったのだろうか。まるっきり関係ないが、本書を読みつつ思わず吹き出しながらも僕はいささか心配になったのであった(なんのこっちゃと思う人は日記ページで該当記事を探して下さい)。

    なお、あの日記を書いたときには知らなかったのだが、私の大学時代の先輩には、南極へ行った人が意外にいるようだ。そうか、地質学という学問は南極にも行けるはずだったのか。うーむ、僕もそのまま大学に残るべきであっただろうか。

    なお「構成(要するに実質上の著者。なぜ構成っていうのかは出版界のナゾだと僕は思っている)」の勝谷氏は、西原理恵子氏と『鳥頭紀行』共著で出したりなど大活躍中のコラムニストである。


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  • 味と香りの話
    (栗原堅三(くりはら・けんぞう)著 岩波書店(岩波新書)、660円)
  • 味と香り、味覚を刺激する分子や臭い分子、感知メカニズムのサイエンス。
    なまじっか興味のあるジャンルだけに、期待しすぎてしまった。そのせいか、今ひとつ面白く感じられなかった。

    だが「感じられなかった」というだけで、決して面白くないわけではない。面白いネタはあっちこっちに散りばめられている。たとえばこうだ。

    なぜ薬は苦いのだろうか。多くの薬は細胞膜の受容体に結合して、薬理作用を発揮する。(略)ショ糖よりサッカリンの方が低濃度で甘いのは、サッカリンの親油性基と甘味受容体の親油性基の間で疎水結合が形成されるからである。薬の場合も、親油性基があると受容体とのあいだで疎水結合が形成され、より低濃度で薬理効果が生じる。そのうえ、親油性の大きい物質ほど細胞膜を透過しやすいので、薬の投与部位からいろいろな障壁を乗りこえて患部に到達しやすい。このようなわけで、親油性物質には強い薬理効果をもつものが多い。
    で、苦み物質には親油性基を持つという性質があるのだ。そして「親油性の大きい物質ほど低濃度で苦みを呈する」。「また、親油性薬物ほど薬理作用が強いものが多い」。よって多くの薬は苦みを呈するわけである。

    と、このような感じの本。食べ物の味や人のフェロモンの話、様々な動物実験の例や、最近の知見なども盛り込まれている。面白いはずなのだが、どうしてか面白くなかった。どこかに引っかかってしまったんだろう。それがどこか、自分では良く分からなかったのだが…。
    だから、しかるべき人が読めば十分面白い本でしょう、多分。

    以下、どうでもいいこと。
    味やにおいの測定法は官能評価法と呼ばれる。有機化合物は官能基によって特徴づけられるからだろうか?実は僕は勝手にそう思いこんでいたのだが、味覚・嗅覚だけではなく、五感、つまり人間の感覚器を用いて行われる検査はだいたい官能検査と呼ばれるようだ。ふーむ。どうしてだろう。


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  • 死の病原体プリオン
    (リチャード・ローズ(Richard Rhodes)著 桃井健司・網屋慎哉訳 草思社、1900円 原題:Deadly Feasts, 1997)
  • プリオンの名前は、昨年いきなり有名になった。「プリオン」の名前を知らなくても「狂牛病」の名前を知らない人はいない。
    本書は「感染性スポンジ状脳症病原体」が引き起こす病の実態が徐々に明らかになっていく過程を追ったドキュメント。よく整理されていて、分かりやすい。

    エボラを描いた「ホットゾーン」を意識したのか、やや演出された構成がなされている。その演出そのものは空振りだが、わけの分からない病気同士の関連性、そして種を超えた感染が発見されていく過程そのものが圧倒的なのだ。その経過は下記のように表にまとめられている(P213)。

    病名経過
    ヒトクールー
    (霊長類にも感染)
    致死
    ヒトクロイツフェルト=ヤコブ病(CJD)
    (霊長類にも感染)
    致死
    スクレイピー致死
    ミンク感染性ミンク脳症(TME)致死
    牛スポンジ脳症(BSE)致死

    最終章「最悪のシナリオ」の迫力は圧倒的。問題は、これは小説ではなくドキュメンタリーであるということだ。

    クールーは食人慣習によって広まり、BSEは感染した動物性飼料を通じて広まった。そしてメディアで話題に上がっていることからご存じのように、医療行為によりCJDに感染してしまった人々がいる。角膜移植されて死亡した女性、てんかん治療の電極によって感染してしまった人…。
    これらが起こったのは70年代なのだ。85年には硬膜移植の危険性を指摘する論文が出ていた。ところがヤコブ病訴訟のニュースでご存じの通り、硬膜使用全面禁止が日本の厚生省から出されたのは97年になってからのことなのである。

    プリオンが本当に「感染性スポンジ状脳症病原体」なのかどうか。この点に関しては著者も、解説者の福岡伸一氏も、まだまだ分からないとしている。異常なタンパク質が何らかの原因であることは間違いないが、それが真の要因であるかどうかは、まだ全く闇の中と言っても良さそうだ。

    一方、プルシナーはノーベル賞を取った。その辺の事情は『ノーベル賞ゲーム』にも書かれているが、本書を通読すると確かに、時期尚早だったのではないか、またプルシナーが取るべきであったのかどうかといった疑問が湧いてくる。というか、大いに疑問に思えてくる。そういう面でも非常に興味深い。

    なお本書の解説はコンパクトながら読者が知りたく思う要点をきちんと押さえている。「解説」というのはすべからくこうあってもらいたいものだ。

    おまけ。SFファンの人へ。本書ではヴォネガット『猫のゆりかご』がたびたび言及されている。著者はヴォネガットの旧来の知己で、感染性スポンジ性脳症のことを話したそうだ。するとヴォネガットはこう言ったそうだ。
    「いまさら何言ってんだか」。


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  • 巨大ロボット誕生 最新ロボット工学がガンダムを生む
    (鹿野司(しかの・つかさ)著 秀和システム、1700円)
  • 「〜んだよね」とか「ご説明いたしましょうか」といった著者独特の文体が、なんだかバカにされているみたいで非常に気になるが(しかも初歩的なところばかりにこういう言い回しが使われているので、余計に気になった)、内容そのものはそこそこ面白かった。

    ガンダムがホンダのP3などを掌に乗っけている表紙の本書は、まあ、そういう本である。モビルスーツを科学・技術の視点で見ると…、という本だ。だが、ナゾ本の類とは違う。巨大ロボットのリアリティを追求しつつ、現在の技術をコンパクトに紹介している。

    あり得ない、不可能だ、というスタンスではなく、実現するためにはどういうテクノロジーの開発が必要か、というポジティブなスタンスで書かれている。頭に書いたクセのある文体もだんだん気にならなくなり、結局、一気に読了してしまった。最後はロボットの話だけではなく宇宙進出の話で締めくくり。ロボット開発関連ウェブのURL集もついている。

    個人的に一番面白かったのはコマツの油圧ショベルの話だった。なにせ「いま操縦できるロボット」なわけだから、もうちょっと詳しいと嬉しかったが、これはまさに個人的趣味の話だな。この間無事合体した「おりひめ・ひこぼし」の話も掲載されている。

    ホンダのP2、P3の話はできれば『夢をかなえるエンジニア』のように開発者へのインタビューなどが読みたかったが、やっぱりそれは無理だったのだろうか? なぜだ、ホンダ!


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  • 複雑系入門 知のフロンティアへの冒険
    (井庭崇(いば・たかし)、福原義久(ふくはら・よしひさ)著 NTT出版、1800円)
  • 通読すれば、複雑系全般を見通せる。非常によくまとまった入門書。帯には「概念理解にとどまらずもう一歩踏み出して、自分なりに勉強してみようという人の好ガイド」とあるが、どちらかというと「概念理解」のための本だと思う。扱っている内容は広い。複雑系を理解するための前段階から、人工生命や内部観測、複雑系経済まで。これだけ押さえてくれていると、非常に便利だ。研究者紹介も入っている。

    本書の構成はビジネス書ライク。ごく短い章立てがパンパンと積み重ねられた構成。情報のチャンク分けもしっかりしていて、適宜まとめが入る。欄外には註が付く。この註も結構よくできていて、かゆいところに手が届く。読みやすいのだ。マニュアル世代の書いた、良くできたマニュアルだという気がした。複雑系に興味がある人なら、一冊手元に置いて損はない。

    余談。
    複雑系の世界には独特の用語が多い。同じ言葉でも人によって違う概念を扱っていることもある。そのせいで、ただでさえ難しい概念が余計に良く分からなくなっているように思う。そろそろしっかりした事典が欲しい。事典とは単なる字引ではない。用語の定義という側面もあるのだから。
    でもそうすると、その定義があっちこっちに影響を与えてまた意味が変わっていくのかな(笑)。


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  • 顔学への招待
    (原島博(はらしま・ひろし)著 岩波書店(岩波科学ライブラリー)、1000円)
  • 顔学や顔学会、著者原島氏の研究については『人の顔を変えたのは何か』他、既に多くのメディアで露出しているので、皆さんご存じだろう。本書はその案内用パンフレット。だから内容の解説はしません。本書で、あんまり新しい知識は得られなかったので、知っている人は別に買わなくていいかも。

    最近富みに思うのだが、現在のメディア、コンピュータ関連のトピックを作っているのは(当たり前かもしれないのだが)工学の人であり、そこを支配しているのは工学の思想であり発想であるということだ。ヴァーチャル・リアリティなどもその典型例である。これらは、技術ではあっても科学ではない。だが新しい技術を使うことにより、新しい科学が生まれるかもしれない。


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  • 汗の常識・非常識 汗をかいても痩せられない!
    (小川徳雄(おがわ・とくお)著 講談社(ブルーバックス)、860円)
  • 汗をかいても痩せられないし、酒も抜けない、蒲団蒸ししても無意味。汗は排泄物でもない。汗の俗説のほとんどは間違いだと著者は言う。

    汗が流れる感触、あの「濡れた」感触がなぜ生じるのか、「おそらく温度感覚と触覚と圧覚の複合した感覚だろうが」まだ分かっていないのだという。

    本書で一番おもしろかったのはここだったりして。他は、そうでもない。たしかに、汗を出すということがそれほど単純ではなく、様々な調節が行われている、ということは分かるのだが、「面白いか?」と言われると、そうでもなかった。読み物としてはいま一つ。現象面だけをつらつら書かれてもなあ。


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  • 私たちはどこから来たのか 日本人を科学する
    (隈元浩彦(くまもと・ひろひこ)著 毎日新聞社、1400円)
  • 『サンデー毎日』に連載されていたものを加筆したもの。著者は毎日新聞記者。
    日本人が単一民族だと思っている人は、僕らくらいの世代にはもういないだろう。日本人は「雑種」的な民族だと思っている人の方が多いのではなかろうか。本書では繰り返し「日本人は単一民族ではない」という命題が繰り返される。連載という形式の場合は仕方なかったのかもしれないが、本にするときは改稿しても良かったのではないか。

    また本書全体の構成も、なかなか主張なり取材意図なりの全貌が見えず、理解しにくい。前書きとあとがきを長くするなどして、現在の縄文・弥生などなどの考え方をまとめて欲しかった。
    その作業がされていれば、読みやすさも向上したと思う。本書の一章一章は短く、読みにくいモノでも理解しにくいものでもないのだが、各章から各章への繋がりなどが分かりにくいせいか、自分が一体どこへ連れて行かれるのか、非常に不安で読みづらいのである。

    とはいうものの、これだけまとめられていると、さすがに便利そうではある(便利だ、と断定できないのは、やっぱりまとめが欲しいから。とにかく全体が見えない本なのである)。扱われているトピック縄文顔と弥生顔、は二重構造モデル論、遺伝子系統樹、ATLウイルス、徐福伝説、歯の違い、新羅ルート、百済ルート(血液型の分布からみた特異性)、尾張百年戦争(縄文と弥生の間の戦争)、人口爆発、食生活、混合言語説、騎馬民族国家説など。

    人種概念は幻想だ。これははっきりしているが、人間集団の間に、わずかとはいえ遺伝的(形質的)差異、文化的差異があるのも明らかに事実である。その差異を多方面から探っていくことで、「日本」という土地に住む人が、どのような集団から構成されていったのか見ていくことができる。その探求は、この地にどのように人が満ちていったのかを明らかにするものだ。本書はその探求のさまを俯瞰させてもらえる一冊である。

    以下は余談である。
    縄文は自然と共生した時代だったという主張を、あっちこっちのメディアで見る。そんなわけないでしょ。縄文時代は単に人口が少なかったから影響が少なかっただけだ。別に自然と共生していたわけではない。


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  • 再生医学─失った体はとりもどせるか 移植、人工臓器につづく新しい治療
    (筏義人(いかだ・よしと)著 羊土社(ひつじ科学ブックス)、1600円)
  • 再生医学とは「本人自身の生体組織や臓器そのものを再生できないか」という考えかた。人工臓器や臓器移植にはまだまだ多くの問題点があるため、もう一つ別のアプローチもやってみましょう、ということらしい。本書は、組織再生の基礎科学、組織再生医学の実際などを簡単に紹介した本。やや物足りないような気がしたが、この学問そのものの成果が、まだ臨床レベルにまで達していないものが多いため、仕方ないのかもしれない。

    最近、人工臓器の発達は非常に目を見張るものがあると聞いている。だが生体組織にはまだまだかなわないらしい。そこでハイブリッド人工臓器のような考え方が生まれた。本書で扱う内容は、基本的にこのハイブリッド人工臓器のようなものが多いようだ。だが本書で言う再生医学では、もっと先、全てを人工的に(ただし生体内でも構わない)再生してしまうことを目標としているらしい。

    人工皮膚には真皮から表皮、角質まで持つものが完成している。また軟骨を培養して作る「人工耳」はほとんど完成に近いものががあるようだ。だが、まだまだ道は遠そうである。

    本書では工学的な手法で組織の再生を手助けするような類の研究の紹介がほとんどで、発生学的な手法による「人工臓器」については全く触れられていない。まだまだ始まったばかりとはいえ、あちらの方も少しは触れて欲しかった。


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  • 宇宙のからくり 人間は宇宙をどこまで理解できるか?
    (山田克哉(やまだ・かつや)著 講談社(ブルーバックス)、980円)
  • 非常に丁寧に書かれた、素粒子物理から見た宇宙観・物質観の現在を紹介する本。
    素粒子物理の話は、何度話を聞いても聞いている間は分かったような気になるのだが、いったん時間をおくと、また分からなくなってしまう。初心者に噛んでふくめるように書かれた本書は、記憶と考え方のサポート用に、最適の本の一つかもしれない。

    4つの力、ゲージ理論、場の量子論、フェルミオンやボゾンの考え方を丹念に順をおって説明していき、現代の宇宙観の解説へと至る。「地平線問題」の説明なども非常に丁寧で分かりやすい。特に「順をおった」説明の仕方、つまり構成が絶妙で、無理がない。少なくとも読了したこの瞬間は、現代物理の世界観がちょっとだけ分かったような気がしている(どうせすぐ忘れるのだが)。
    あまり図がないのが残念だが、おすすめの一冊。

    最後まで通読したあと、もう一度第一章のタイトルを読み直すと、よけいに不思議に思えてくる。なぜ「人間は数学を使わない限り宇宙を理解できないのか」。「物理法則のすべては数学によって書き表すことができ、また、数学を使わない限り正確に書き表す手段がないのです」「では人間を離れてはないはずの数学は、宇宙のどこにあるというのでしょう?」

    数学は、単に世界を記述するだけではなく、数学の中から世界が生まれてくることもある。なぜ人間が宇宙を理解できるのか、という問いかけがここにある。


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  • 測れるもの 測れないもの
    (高田誠二(たかだ・せいじ)著 裳華房(ポピュラーサイエンス)、1500円)
  • ちょうど良い気晴らしになった、意外と面白い本だった。
    「測定」にまつわる科学史・技術史、そして著者の一種のエッセイなのだが、この手の本にありがちな古くささや読みにくさは、不思議と全くなかった。おそらく、著者独特の文体に秘密があるのだろう。軽妙洒脱とは、こういう文章のことをいうのかもしれない。別に、どこにも変わったところはないのだが、本当に読みやすく、さらさらと読めた。

    内容は、前述のように技術史・科学史なのだが、新聞の書評欄に登場しそうな雰囲気を持っている。こういうとバカにしているようだが、そうではない。普遍的な面白さを持っているということだ(やや年輩者向けではあるが)。単なる歴史の羅列ではなく、人の行為としての計測論であり、社会論となっている。詳しくは目次をめくれば分かる。

    最後は、作曲家・武満徹の言葉「沈黙と測り合う」でしめくくられている。どんな意味なのだろうかと思い、辞書を引いてみた。
    相談する? 考える? 推し量る? 本当はどういう意味だったのだろう。


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  • 法医学-推理する医学 死体は真実を語る…
    (塩野寛(しおの・ひろし)著 羊土社(ひつじ科学ブックス)、1500円)
  • 法医学者が、死体に付けられた傷のいろいろを解説。それらがどういうキズなのか、いろいろと推理してみせる。

    ただそれだけの本であり、あまり面白くない。たしかにいろいろなキズの名前や死因についての知識を得ることはできるが、ただ傷のいろいろや、こういう傷からこういうことが分かります、といったことを羅列されても困る。傷が原因であっても、何がどうなって死亡するのかといったメカニズムは、ほとんど描かれていない。大学の講義ではないのだから、一冊の本にするときには一本のストーリーが欲しかった。つまり、「読ませる」ものにして欲しかった、ということだ。

    もっとも、そういう「知識だけ」を必要としている人には役立つかもしれない。ミステリ作家志望の人達には、それなりに参考になるかも。


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  • 脳内物質が心をつくる 心と知能を左右する遺伝子
    (石浦章一(いしうら・しょういち)著 羊土社(ひつじ科学ブックス)、1400円)
  • 生化学や遺伝子が、性格や行動も含めて、人間の心にどういう影響を与えているか、その現状の一部を研究者自身が報告する。この著者自身の、他の多くの本とほぼ同内容だが、本書は極めてコンパクトに要点だけが書かれており、復習になったし、なかなか面白かった。大学教養学部レベル。

    5部構成。目次から紹介。

    1. 気分を規定する遺伝子 モノアミン、ドーパミン、気分障害など
    2. 性格・行動と遺伝子 びっくり病、多動障害、強迫神経症など
    3. 記憶と遺伝子 ワーキングメモリーと精神分裂病、記憶など
    4. 知能と遺伝子 アルツハイマー、IQ、運動能力の遺伝など
    5. 精神遅滞と遺伝子 ダウン症、トリプレットリピートなど

    どれもそれなりに面白い。運動能力が遺伝するという話などは、普通の人でも十分面白く読めるのではないだろうか。またD4受容体の話、「性格と行動の遺伝子が同じ所に収斂した」という話は非常に面白い。本書ではあまりにさらっとしか書かれていないが…。

    だが、一番面白かったのは著者の専門であるトリプレットリピート病の話。これは、ある塩基の繰り返しが伸びていくことで神経疾患を起こす病気で、遺伝する。しかも「世代を経るごとに発症年齢が低下し、症状が重くなる」表現促進現象を示す。

    著者は、ここから大胆な推測を挟み込んでいるのだが、その点に関しては本書をお読みいただきたい。一つだけヒントを入れておくと、遺伝するのは「病気」の場合だけなのだろうか、ということである。


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  • 宇宙の果てにせまる
    (野本陽代(のもと・はるよ)著 岩波書店(岩波新書)、640円)
  • 数多くの宇宙研究者に直接取材している点はさすがとしか言いようがない。多くの顔写真もついている。
    だが、内容にはあまり感心しなかった。あまりにも表面をつるつると撫ですぎているような気がする。せっかくなのだから、もっと研究の実際を突っ込んで書いてもらいたかった。宇宙に関する研究が抱えている問題を全体的に押さえてはいるのだけど、難しいところを誤魔化しすぎていて、これでは普通の人もかえって分かりにくいのではなかろうか。

    ただ、面白い話が全くないわけではない。名前しか知らない研究者がどういう人なのか覗いてみるだけでも楽しいかもしれない(断言はしないが)。定価も安いし、買って読んでも損はないかもしれない。この手の本のマニアは、飛ばしながら読めばいいわけだから。

    岩波新書は、10万部は出るらしい。「岩波新書」であるというだけで、取りあえず買っていく人が大勢いるのだ。おまけに、インターネットの上だけで1万部も売れるらしい。そういう意味では、こういう本が岩波新書で出て、大勢の人の手に取ってもらえるだけで意味があるのかもしれない。


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