99年4月Science Book Review


CONTENTS


  • わが家の新築奮闘記
    (池内了(いけうち・さとる)著 晶文社、1900円)
  • 環境問題を足下から見つめつつ、わが家の新築計画の意味を考える著者。太陽電池パネルや井戸水の利用は本当に「環境にやさしい」のか? 地震対策はどのように行うべきか? 老後の生活は? 「家を建てる」という、そもそもエネルギーを浪費する営みの中から、環境問題への自分のスタンスを探す。

    多数の著書を持つ宇宙論研究者の著者だが、本書のトーンは至ってユーモラス。蔵書の山とも格闘しつつ、環境共生、高齢化対策の二つを柱として自宅新築の様子を細かく追う様は、気楽に読めて楽しい。

    そして土台には丈夫なクリの木を使い、シロアリよけに木酢タールを塗り、ペンキの代わりに柿渋を使うといった自宅に対する細かい気遣いが、「いつかオレもこんな家に住みたいなあ」と思わせたりして。まあ、実際には無理だろうけどね…。

    もちろん頭に書いたとおりAct localyを実践しようとした「環境本」でもあるのだが、個人的には『サライ』的に楽しませてもらった。
    しかし、「家を建てる」、これ一つだけのことからも、一冊の本を書き出し、しかも結構それが読めてしまうのはやっぱり筆力だろうか。


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  • ビジュアル博物館76 未来
    (マイケル・タンビーニ(Michael Tambini)著 伊藤恵夫 日本語版監修 発行:同朋社 発売:角川書店、2800円)
  • お馴染みの絵本シリーズになんと「未来」をテーマにしたものが登場。これは買わずにはいられない。
    本書に関してはご紹介のみ、書評は『DOS/V magazine』に書きます。ウェブへのアップはあとで。子どもの頃を思い出しつつ、なおかつ明るい未来に思いを馳せながら読むと(見ると)吉。

    アップしました。こちらです。


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  • 鉄腕アトムは実現できるか? ロボカップが拓く未来
    (松原仁著 河出書房新社、1500円)
  • <カワデ・サイエンス>シリーズの一冊。インタビューによる聞き書きをベースにしているらしい。シリーズの他書は読んでないのだが、本書の構成は本人による説明のあと、簡単な質疑応答で繰り返し+補強が行われている。インタビューは若干取ってつけたようなところがあるが、これはこれで読者理解のためには良いのではなかろうか。

    さて中身。著者・松原氏は将棋コンピュータや鉄腕アトムへの憧れを繰り返し挙げていることでも有名だ。その彼が、現在のロボット、人工知能などの到達点と問題点(ディープブルーやフレーム問題、AIと身体・行動など)、ロボット同士によるサッカー・ロボカップの率直な現状、さらに目的と夢を語り、最後に知能問題をめぐるパラダイムシフトを踏まえて、アトム実現への課題を語る。

    うん、内容そのものはこんなところだな。これと著者名で「ははあん」と見当が付く人は、まあ、読まなくても問題ないのでは。もちろん、読んでも良いんですけど。読みやすいので、さらさらと読めることは確かです。

    面白かったのは「日本的なロボット観」という話。いわゆる西洋では、ロボットに対しては嫌悪感や恐怖感が抱かれているのだそうな。ところが日本では「鉄腕アトム」のおかげかどうか、ロボットやAIに対して「憧れや夢を託しこそすれ、嫌悪感を抱く人はあまりいません」。その表れが、日本のロボット研究者の数(割合)だという。著者によると、「おそらく、アメリカのコンピュータ・サイエンス全体におけるロボット研究者の割合に比べて、日本は四〜五倍は多いのではないでしょうか」という。

    なるほど。そういうものなのだろうか。


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  • 子育てはゴリラの森で
    (岡安直比(おかやす・なおび)著 小学館、1500円)
  • ゴリラの研究者が波瀾万丈のアフリカでの生活を語る本なのだが、どうも実際に書いたのはライターくさいなあ(あとがきに名前を挙げられている方がそうなのではないか)。

    ちなみに内容&雰囲気はこうだ。極めてよくまとめっている帯の惹句を引用する。

    6才の娘・早菜ちゃんを連れて、幼少の頃からの夢の地アフリカへ。ジャングルのゴリラの孤児を森に返すプロジェクトに参加。あかんぼうゴリラとの格闘の日々。大自然のなかで奔放に育つ早菜ちゃん。
    5年後、プロジェクトが軌道にのりかけた矢先に、内戦が勃発。飛び交う銃弾とレイプの恐怖のなか、あかんぼうゴリラと早菜ちゃんとともに決死の脱出を遂げる。離婚、マラリア、戦争なんのその。夢を追い求め、国境を越えて活躍するママさん学者の豪快アフリカ体験記。
    さて。
    ウェブ日記をいろいろ読んでいる方なら、「エッセイ」というのは誰でも書けるが、書きたいように書き散らしただけのものは、たとえ描かれているものがどんなにモノ珍しからろうが、決して面白くはない、ということはご存じだと思う。読者の存在を意識し、相手が分かるように書かなければ、エッセイといえでもダメなのである。
    本書にも同様のことが言える。読者に対する説明があまりになおざり、かつ順番が無茶苦茶で、エッセイとしてはお世辞にも上出来とは言えない(特に、肝心の部分である前半。もしこれがゴーストライターによる聞き書きベースの本であるのならば、その辺はライターと編集者が直すべきところである)。

    だから本書は、あくまで一人の研究者の数年、しかもそのごく一部を本人が書きたいように綴った。良くも悪くもただそれだけの本である。もっともこっちも、多分そうなんだろうなと思って買っているわけだから、文句を言うのはお門違いかもしれない。僕がなぜこの本を買ったかというと、著者の名前にオボエがあったからである。

    本書のどこにも書かれてないが、著者は立花隆『サル学の現在』第一章<サル学者の誕生>に登場している。まだ著者が博士過程在学中、アフリカに憧れている頃に行われたインタビューである。本書にもメインキャラクターとして登場する早菜ちゃんは当時生後5ヶ月で、著者は「子連れの研究者」として屋久島を駆けめぐる様子を取材されている。そして、女性独自の視点を生かして欲しいと記事はまとめられている。

    書店で本書タイトルと著者名をパッと見た瞬間、その記事の内容が甦ってきた(ここらへんが、なんだかんだ言っても立花氏の凄いところなのかもしれない)。そして、あのインタビューの後、この研究者がどういう人生を歩み、成長していったのか知りたくなったのである。

    というわけで、僕と同じ様な興味−−一人の研究者の数年間−−に興味がある人は読みましょう。それ以外の方には、うーん、どうかなあ。
    なお「科学的な」内容はほとんどないので、科学書ではありません、念のため(ゴリラの一頭が絵を描いた、という話くらい)。コンゴ内戦の描写はさすがに迫力がある。


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  • 脳の性差 男と女の心を探る
    (新井康允(あらい・やすまさ)著 共立出版(ブレインサイエンス・シリーズ16)、3500円)
  • 男女の脳の、ハードウェア面での差が知られるようになって久しい。だがその機能的な意味はなかなかはっきりしない。本書は現在の知見をガーッとまとめた本で、このジャンルに興味ある人には便利な一冊となっている。もちろん、非常に面白く興味深い本である。

    目次をご紹介しておこう。

    1. 男らしさと女らしさ
    2. 脳の機能的性差はアンドロゲンが決める
    3. アンドロゲンは脳にどのように働くのか
    4. 性行動の神経制御機構に性差がある
    5. 性ホルモンが脳の形態的性差を作る
    6. 神経回路網の性文化とアンドロゲン
    7. 脳の性差の分子生物学
    8. 空間認知機能の性文化とアンドロゲン
    9. 脳のハードウェアの性差
    10. ヒトの脳の顕微鏡レベルでの性差
    11. 情動や性的志向を動かす性ホルモン
    12. 子どもの行動や認知機能にみられる性差
    13. ヒトの性の起源−−脳

    この他、巻末には「座談会」の記録がついており、これがほぼそのまま書評になっている(こういうの、専門書にはみんな付けるようにしてはどうだろう)。だからあんまり付け加えることもない、というか、本書の場合どの内容も面白く、まとめようがない、というのが正直なところ(あー、逃げです、すいません)。

    ただその面白さは、ある意味「羅列的」な面白さでしかないのもまた確かだ。本書では目次をご覧頂ければお分かりのとおりアンドロゲンに目を向けているのだが、それだけで脳の性差が説明できるわけでもない。いろいろな事実は明らかになってきた。だがその原理が分からない、そんなもどかしさがある。
    だが本書が有り難い本であることはやはり確かなのだ。文章も丁寧で分かりやすい。


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  • 宇宙の果てまで
    (小平桂一(こだいら・けいいち)著 文藝春秋、1905円)
  • また<すばる>の本かよ、と言わないように。本書はひと味違う重厚さを持っている。かといっても内容が固いわけではない。随筆調である。ただ、文章に込められた「時間」が違うのだ。

    著者は国立天文台長。1970年代末、国外に大型天体望遠鏡をと言いだしてから<すばる>完成に至るまで20年の歩みを「日本が戦後の経済成長期を経て変革の時代へと進む中での『一人の天文学者の歩み』」と重ね合わせつつ描いた本。筆致は苦労を綴りながらも淡々としているのだが、読後思わず「感慨無量」という四文字熟語が浮かんでくる一冊である。面白いし、なにより、しみじみと「良い本」。

    著者は日記を綴っていたそうで、本書もそれをベースに原稿の形に仕上げられていったらしい。そのためか、それぞれの時代−−そう、本書に描かれた時間は「時代」というほうがふさわしい−−の雰囲気、著者の「心情の流れ」が、生き生きと伝わってくる。

    最初、3〜4m級さえ作ってない日本が、しかも国外に400億円をかけて大型の天体望遠鏡を建設するなんて話は、著者自身も含めて、誰も本気にしていなかったという。それを研究者はじめ、虎ノ門の文部省担当官、永田町の国会議員たちら(本書には首相経験者らの名前も複数登場する。政治家たちの意外な姿も垣間見える)の元に足繁く通って説得していく。政局に従い右左と揺れ動きながらも、少しずつ真実味を増していく国設大望遠鏡(JNLT)計画。

    やがて<すばる>と命名された大型望遠鏡は、実際の建設作業も楽なものではなかった。よくメディアで取り上げられる主鏡の問題だけではない。基礎工事の事故や、ドーム内での火災などで死傷者も出ているのだ。

    これらの過程が、実際の推進者であった著者自身の手によって、まざまざと描かれていく。不安、希望、いらつき、夢、一つ一つのイベントに一喜一憂する著者。これら心の揺れ動きが丁寧に描かれることで、本書は実に面白い本に仕上がった。研究者たち自身が決して一丸ではなかったらしいことも透けて見える。

    著者はまだ計画が姿を見せていなかったころ、「大きな科学プロジェクトを実現するのは、科学そのものですよ」と言われ、緻密さ、継続的な情熱、普遍的説得力を要求されるからだと合点したという。<すばる>建設の過程は、まさにそうであったのだろう。

    もう一つ。著者はよく、「何の役に立つのですか」「どうして我が国で造らなくてはならないのですか」といった質問をぶつけられたという。そのたびに答えをひねり出していたのだろうが、思いは結局一つだったのだ。「宇宙の果てまで」を見たい、ただそれだけ。
    素直な文体が感慨を呼ぶ、良い本である。

     →book.asahi.comでの著者インタビュー記事へ


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  • 遺伝子ビジネス 産業化と倫理問題の最前線
    (奥野由美子(おくの・ゆみこ) 日経産業消費研究所 編 日本経済新聞社、1500円)
  • 遺伝子組み換え作物やクローン、DNAチップ、マイクロ・フルイド・チップ、カスタムメイド化されていく医療など、国内外ともに将来が期待されると同時に方向性が模索されている<遺伝子産業>のルポ。
    副題は「産業化と倫理問題の」とあるが、本書の焦点はビジネス、つまり産業面にある。だから「倫理」面への考察は基本的に<遺伝子ビジネス>を産業として成立させるためのものである。文体・レベルは新聞的で、科学的・技術的側面の記述は少々物足りない。ま、その辺りは他の本を読めばすむことだ。

    面白いのは後半、「技術を牽引する海外企業」、そして「巻き返し目指す日本の研究機関 活路はどこに?」の二章である。特に日本企業の取り組み−−オリンパスによる微細加工技術の応用、名古屋大学の「化学IC」構想、日立が得意としている(らしい)マイクロキャピラリー技術、宝酒造の数々の成果、そしてイネゲノム計画などが紹介されている。その他各種ベンチャーの動きなども簡単ではあるものの傾向がまとめられており、なかなか興味深い。

    この手の報告書に興味がある方はどうぞ。これだけまとまっていると、何かと便利かもしれない。ただ、それほど内容が濃くないので、手放しですすめることはできないかな。

    今後、バイオ産業はIT産業と同様のインパクトを社会にもたらすと本書は締めくくられている。日本のバイオ研究は海外に比べて10年遅れている、と言われているそうだ。もっともそれは、バイオ研究だけではないだろうけど。


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  • 食の科学 飽食時代の栄養学あれこれ講座
    (橋本洋子(はしもと・ようこ) 三浦義彰(みうら・よしあき)著 羊土社(ひつじ科学ブックス)、1400円)
  • 食、食事、健康などの雑学本。ノリはお昼の主婦向け番組の中のコーナーに似ている。最近、栄養学的な側面、あるいは環境汚染や遺伝子組み換え食品などの側面からなどの「食」に関する本が多数刊行されているが、そのうちの一つ。内容は副題どおりで「あれこれ」。

    著者の一人・橋本氏の専門は奥付によると「スポーツ栄養」とのこと。そのせいか、本書の後半は健康と運動といった内容になっている。肥満を防ぐにはまず運動だ、と。運動よりもまず食事制限、っていう人もいればこういう人もいる。この辺って人によって全然考え方が違うんだなあ。まあ、いろいろ考えるよりは運動した方が良いには決まってるけど。


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  • 医の現在
    (高久史麿(たかく・ふみまろ)編 岩波書店(岩波新書)、700円)
  • 第25回日本医学会総会記念出版。記念文集が岩波新書から出てしまうのはやはり医学会の力なのか、はたまたこのテーマの一般性故か。なお総会テーマは「社会とともにあゆむ医学−−開かれた医療の世紀へ」というものだったそうなので、本書の趣旨もそういうことなのだろう。もう一つこの総会を記念して「生命の博覧会」というのが行われたのだが、これは見に行った知人達(複数)によれば面白くなかったらしい。さて本書はどうだろう。

    現在「医」は、量的にはそろそろ飽和しつつあり、「質」が求められる時代へと移りつつある。これまでは、はっきり言ってしまえば密室医療であり、そこで何がどのように行われているのかという点は「医師の良心」という曖昧模糊としたものに押しつけられていた。これからはそうはいかなくなる。我々一般市民にとっては、これからが重要な時代となる。先端で何が可能になっているかを知り、行為としての医で何が行われるべきかを考えなければならない。

    本書の内容は先端的現代的な課題−−がん、痴呆、感染症、臓器移植、遺伝子治療−−と、医療と社会−−医師の育成、看護、地域医療、経済活動としての医療、法と倫理、今後の政策−−を扱う2部からなっている。うしろには座談会録つき。

    どちらもよくまとまってはいるが、知っている人は知っている話で、そう面白くはない。だが、こういう本が岩波新書という形で出ることには、やはり意味があるのかもしれない。なにせ発行部数がまったく違うわけだから。というわけで一定の評価を。


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  • 生薬101の科学 薬理効果・採集法から家庭で使うコツまで
    (清水岑夫(しみず・みねお)著 講談社(ブルーバックス)、880円)
  • 生薬(天然薬物)、中でも植物性の生薬101を辞典風に解説した本。それぞれ【薬理効果と利用法】【特徴と生息地】【採集時期と調整法】という各項目が立てられ、内容はかなり詳しい。実際に採集して服用する人には非常に便利な一冊なのではないか。

    生薬といえば、効くのは効くが、なぜ効くのかさっぱり分かってないんだろうと勝手に思いこんでいたのだが、意外と(分かっているモノは)分かっているのだな、と感じた。生薬の薬理効果の科学的解明もそれなりに進んでいるのだ。当たり前だが。
    とはいうものの、分かってない部分のほうが遙かに多いのだが。

    登場する生薬はアロエやドクダミのように身近なものから、さっぱり聞いたことのないもの、漢方薬屋にでも行かないとないんじゃないかと思えるようなものまで含まれている。私としてはやっぱり、名前を知っている植物の意外な薬理効果を知ったことが収穫だった。たとえば、クチナシにはどんな薬理効果があると思う? その活性本体は?

    ともかく、本書で挙げられている数多くの植物から、やがて素晴らしい薬が登場するのかもしれない。まさに温故知新である。

    私なんぞはこの程度のことしか言えないのだが、「その筋」の人が読めば、意外なことが見つかるかもしれない。ぜひ、その辺の方は読んでみて欲しい。


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  • セックスはなぜ楽しいか
    (ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)著 長谷川寿一訳 草思社(サイエンスマスターズ12)、1600円 原題:Why is sex fun? : The evolution of human sexuality, 1997)
  • 『人間はどこまでチンパンジーか?』新曜社の著者が、人間という変わった生き物の、変わったセックスの謎に挑む。ヒトのセックスは変わっている。楽しみのためにセックスし、おまけにそれを隠し、女性には閉経がある。こんな生き物はヒトくらいなのだ。その進化のメカニズムは、そして進化的意義はいったいどこにあるのだろうか。
    と、こう書くと如何にも面白そうなのだが、実はあんまり面白くなかったりして。というのは、やっぱり分からないことが圧倒的で、本書の話も結局「お話」の域を出ないからじゃなかろうか。

    著者はヒトの性の進化にももっと目を向けるべきだという。性のありようは、ヒトを現在のヒトたらしめた重要な特徴の一つなのだから、当然の主張である。

    で、色々と考えてみる。なぜ男は授乳しないのか? セックスはなぜ楽しいか? ヒトの排卵シグナルはいつごろ、どのような過程で隠蔽されるに至ったのだろうか? なぜ閉経が起こるのか? セックスアピールはいったい何のためにあるのだろうか?

    それぞれの内容については本書をめくって頂きたい。ヒトの排卵シグナル隠蔽の話は、ちょっと面白いかな。ふむふむと思わせるものがある。でもやっぱり、お話でしかないような気もするんだよなあ。
    お話といえば、より「お話」な点で面白かったのはセックスアピールの話。著者によると、女性の身体の性的な装飾──豊かな乳房、張った臀部はそれぞれ豊かな授乳能力や産道の広さを示す「欺きのシグナル」ではないかと論じる人もいるそうだ(という表現を著者は使っているが、著者自身もおそらくそう考えているのだろう)。

    ともあれ、おそらく本書の主眼は「ヒトの性はなぜかくも奇妙なのか」ということを他種(ゴリラやボノボなど)と比べて明らかにするということにあったのだろう。そういう面では成功していると言えるかもしれない。

    以下余談二つ。1)本書はひょっとすると「です・ます」で訳したほうが内容に合致していたのではないか。2)ずーっと刊行されてなかった<サイエンスマスターズ>シリーズが再び刊行され始めたのは嬉しいことである。やっぱり売れないだろうけど。


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  • 心と身体の哲学
    (スティーブン・プリースト(Stephen Priest)著 河野哲也・安藤道夫・木原弘行・真船えり・室田憲司訳 勁草書房、3700円 原題:Theories of The Mind , 1991)
  • 心脳問題をめぐる哲学的なそれぞれの立場を解説。目次から、本書で扱われる内容を紹介。以下のとおり。
    1. 心身二元論(プラトン、デカルト)
    2. 論理的行動主義(ヘンペル、ライル、ヴィトゲンシュタイン)
    3. 観念論(バークリ、ヘーゲル)
    4. 唯物論(プレイス、デイヴィドソン、ホンダリッチ)
    5. 機能主義(パトナム、ルイス)
    6. 二面説(スピノザ、ラッセル、ストローソン)
    7. 現象学的見方(ブレンターノ、フッサール)
    科学の人からすると「哲学」は言いたい放題に見えるかもしれないが、必ずしもそうではない。そこには論理がある。論理にのっとっていなければ哲学ではない。もっとも哲学の論理的整合性は科学のそれとはちょっとニュアンスが違うし、それぞれの哲学的立場については、僕としては「なるほどそうですか」、としか言いようがないところがあるのだが。科学系の人はまず最終章「心身問題をどのように解決したらよいか」を読んだほうが良いかもしれない。

    ともあれ、哲学の人がいうところの心脳問題、そしてそれぞれの立場の人がどういう考え方のもと何を主張しているかは一望できる本である。よくまとまっていると言っても良いのではなかろうか。資料にはなるし、勉強させて頂きました。


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  • 脳が心を生みだすとき
    (スーザン・グリーンフィールド(Susan A. Greenfield)著 新井康允訳 草思社(サイエンスマスターズ11)、1800円 原題:The Human Brain , 1997)
  • コレはま、普通の本です。内容も文章も可もなく不可もなく。薬理学者である著者は一般向けの講演をベースに原書を書いたということなので、それを受けるならば、訳文はもう少し柔らかいほうが良かったかも、という気がしたけど。脳の機能を解説していく本。ただ、入門書としては確かに良質な部類に入る。この定価でなければ。

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  • がん研究レース 発がんの謎を解く
    (ロバート・A・ワインバーグ(Robert A. Weinberg)著 野田亮・野田洋子訳 岩波書店、2800円 原題:Racing to the beginning of the road: The Serch for the Origins of Cancer , 1996)
  • がんの本は大量にあるが、ガン遺伝子解明の激烈なレースを題材とした本だけでも多い。当ウェブサイトでも何冊かご紹介した(→リスト参照)。はっきり言ってしまえば、その過程や、プロトがん遺伝子、がん抑制遺伝子とは何ぞや、ということだけを知りたいのであれば、他の本を読んだほうがいい(黒木登志夫『がん遺伝子の発見』とかが手頃で良いと思う)。
    本書の唯一最大のウリは、その渦中にいたワインバーグ自身が書いた、という一点にあるのだ。

    もちろん僕も、だからこそ購入したわけなのだが。うーん。読むのにやたらめったら時間がかかってしまった。別に内容が難しいわけでも、文章が意味不明だったわけでもない。ワインバーグは本書を丁寧に書いている。おそらく他の書評家の人達が取り上げるだろうポイント──いくつかの不正事件騒動の時の赤裸々な思いや、研究の焦りといった心情については、確かに彼以外には書けないだろう。当たり前だけど。

    それは確かなのだが、なんでこんなに読みにくかったんだろう。わからないなあ。ここを分析しないと書評じゃないんだけど。すいません。

    帯が(ありきたりではあるのだけど)気に入ったので引用してご紹介しておく。

    <表>
     栄光、挫折、歓喜、落胆、嫉妬、熱狂、疑惑、焦燥…
     さまざまな情念と
     個性とが交錯する、
     科学者達のドラマ

    <裏>
     がんの起源に関する無数の仮説が
     騒がしく主張される様を、
     ある人がかつていみじくも、
     こう表現した。
     「がんで死ぬ人より、
     がんで食っている人の方が断然多い」と。

    まあ、こんな本です。科学研究の現場を覗いてみたい人に。

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  • ネズミに学んだ遺伝学
    (森脇和郎(もりわき・かずお)著 岩波書店(高校生に贈る生物学6)、1900円)
  • この本には、何とも言えない楽しさがある。しみじみと面白いというかな。これは最大限の誉め言葉だと思って頂きたいのだが、「年寄り」の人にはこういう本を書いて欲しいものだ、としみじみ思った。

    著者が就職の挨拶に行ったときには、遺伝研はまだ「木造二階建ての倉庫を改装した建物が一つだけ」であったという。設備は全くなく、「机と火鉢」しかなかったそうだ。こういう昔話は一歩間違えると退屈なのだが、本書では実にユーモラスに表現されている。この時代からの著者の研究者人生が綴られていく。

    内容は単純で、マウスの亜種がどのように形成されていったのか、そしてその中から分かってきたアジア産マウスの特異性といったことが、研究史を辿りながら描かれていく。あとはヒトとマウスのかかわりについてなど。至って淡々としている。だが、なぜか面白いのである。おそらくその理由は、著者自身がなぜ、どのような動機、どのような問題意識を持って研究していったのかということがきちんと切り出されているからだろう。

    なお、本書で<高校生に贈る生物学>シリーズは完結。僕が読んだ中では、この本が一番よくまとまっているし、「高校生に贈る」という枕詞にも合致しているように思う。おそらく、編集者が文章を書くという形をとったことが、良い方に働いたのだろう。
    流れるような構成と、飾らない文章、にじみ出てくる研究のエッセンス、そして若い研究者と研究者のタマゴ達へのメッセージ。これらの要素を考えると、本書は岩波ジュニア新書から出した方が良かったのではないか。
    そう考えると<高校生に贈る生物学>シリーズそのものの意義って良く分からないな。


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  • わが子はクローン
    (デイビッド・M・ロービック(David M. Rorvik)著 近藤茂寛訳 創芸出版、1800円 原題:In His Image, 1978)
  • わざわざ本の頭に
    本書の記述内容に関しての責任は、万一の翻訳の不備を除き、あくまで著者自身に帰すべきものであり、小社では内容の真偽に関する責任は負いかねることをお断りしておきます。あらかじめご了承下さい。
    と書かれている本書は、その筋では有名な本である。以前は『複製人間の誕生』というタイトルで二見書房から刊行されていた、と言えば「ああ、あの本か」と思い出す方も多いのではなかろうか。私は人間のクローン誕生に携わった、と主張する「ノンフィクション」である。時は1973年〜1976年。
    本書の内容が真実ならば、人間のクローンが誕生したのは1976年のクリスマス前ということになる。制作者は大富豪「マックス」と、ロービック自身が探し出した「ダーウィン」と呼称される科学者たち。母親は「スパロー」と呼ばれる16才の少女である。

    刊行された本書はベストセラーになる一方で、一致団結した科学者たちの一斉攻撃を受けた。さらには公聴会まで開かれた(正確に言えば科学者達からの反論・嘲笑は刊行直前に起こった)。当時の騒動に関しては、社会風潮や科学状況も含めてまるごと一章を割いて分析している『クローン羊ドリー』第5章<『複製人間の誕生』>に詳しい。それによると著者ロービックは信頼のおけるサイエンス・ライターとして知られていたとのことだ。彼がなぜ、こういう本を突然書いたのかは謎としか言いようがない。その辺についても『クローン羊ドリー』にあるので、そちらを読んで欲しい。

    なお本書巻末には「ロービック20年目の発言」と題された、1998年に『OMNI』に掲載された著者自身の発言記事の翻訳も掲載されている。これによると彼は今でも本書で描かれたプロジェクトが実際に行われ、クローンが誕生したと考えているばかりか、現在も世界のどこかで同様のプロジェクトが進行していると考えているそうだ。

    本書で描かれる内容が真実かどうかは今やどうでもいいことである(そこについても『クローン羊ドリー』を。しつこいですが)。今回改めて本書を通読して感じたのは、いま現在クローン技術に関して指摘されている倫理的な問題点が、当時とほとんど変わっていない、というこだ。技術は大きく進歩し、今や当時の科学者達が使った「不可能だ」という言葉は使えなくなった。当時の科学者達は、予測できる将来にそんなことが起こるはずがない、と言っていたのだ(そしてイルメンゼー事件が起きてまた大騒動になったのだが、それはまた別の話)。いまそんなことを言ったら逆に馬鹿にされてしまうだろう。だが倫理面はまるで変わっていないのである。

    以下は本書の解説「編集部から読者へ」とほとんど同じになってしまうのでそっちを読んで頂きたい。本書は「大衆向け」読み物としてもなかなか面白く、当時ベストセラーになったという点にも頷ける。そして1970年代末から20年経ったいま、何がどう変化し、何が全く変わっていないのか考えるきっかけとしても、本書を読む価値は十分にあると言える。


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  • 小説と科学 文理を超えて創造する
    (瀬名秀明(せな・ひであき)著 岩波書店(岩波高校生セミナー8)、1400円)
  • 「小説と科学」「文系と理系」をテーマに、高校生を対象に講演したものをまとめた本である。著者は『パラサイト・イヴ』『BRAIN VALLEY』の作者である。小説の中で科学を語るとはどんなことなのか。科学という営みと、小説を書くという営みの差異はどんなところにあるのか。
    内容は3部構成となっており、間にエッセイが挟まっている。以下、簡単に内容を紹介する。

    「1限目」は<細胞内社会の主役を描く>と題され、実際の細胞は教科書的な姿をしていないといった話や、『パラサイト・イヴ』を書くに至った経緯、そしてその反響についてといった内容。「結局、勉強というのは覚えることではなくて、知らないところと知っているところの境目を見分ける作業なのです。いま何がわかっていないのか、とか、いまはここまでわかっているけれど本当にそうなのか、といったことをひとつひとつ確認していくのが勉強なのです」には共感。

    さて、この一限目で面白いのは『パラサイト・イヴ』反響の分析である。なんと著者は『パラサイト・イヴ』の反響−−雑誌記事、書評など−−を月ごとに集計、グラフでその変遷を定量化して見せる。これには思わず笑ってしまった。こんな作家はいないでしょう、普通。「難しいと面白いは両立しうる」とか、書評の内容が、絶賛系から酷評系にだんだん変わっていく、というのも面白いが、オウムとの関連づけによる論評の変化もさらに面白い。

    これは単に「面白い」だけではなく、社会の「理系」に対するイメージと直結している。と、いった内容が主体なのが「2限目」の<「文系」と「理系」>である。「理系イメージのひとり歩き」という現象については、おそらく多くの方が感じていることだろう。文系と理系の「違い」のみが拡大されている現状は何とかならないものか、と僕も思う。ただ、違いは本当にないのかというと、それも違うわけで、なかなか難しいところではある。そのうち僕も一度真面目に考えてみたいテーマだ。

    3限目は小説の書き方の話がメイン。調べることの重要性が強調されている。もともと小説に限らず、物事というのはすべからく文章にまとめる能力が必要とされる。ちょっと本書の内容を外れるのだが、よく理科教育の話で、論理的に考えることを教えるのは理科しかない、なんてことを言う人がいるのだが、そんなことはないと思う。それはどちらかというと「国語」の仕事だと思うのである。

    最後に著者は自分が面白いと思うことをやれ、とまとめている。
    まあ、それができればそれにこしたことはないのだけど。それは「文理」問わず、実際にはなかなか難しいだろうな。世の中、「なりたいものになる」人よりも、「なれるものになる」人の方が多いんだから。
    あ、就職活動の季節に暗いことを言ってしまったよ。ともあれ本書は、高校生のみならず、文理問題に興味ある人や学校の先生にも参考になる点が多いのではなかろうか。小説書きたい人もね。


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  • スタートレック科学読本
    (アシーナ・アンドレアディス(Athena Andreadis)著 野村政夫訳 徳間書店、2800円 原題:The Biology of STAR TREK, 1998
  • スタートレックは、はっきり言ってしまえばファンタジーである。著者や訳者は科学的考証の緻密さをスタートレックの重要な要素だと言っているが、あれが科学的な味付けの施されたファンタジーであることは誰が見ても明らかだと思う。だから転送装置はあり得ないとか、スポックのような異星人と地球人との混血は生まれ得ないとかなんとか言っても仕方ないと僕は思っている。それは野暮というものだ。だがアメリカ人の科学のイメージは、スタートレックに負うところが多いらしい(本書によると)。スタートレックの科学本が刊行されるのも、そういうところが理由の一つなのだろう。

    もっとも本書の場合は、スタートレックに突っ込みを入れながら、SFコンベンションの夜中よろしく、うだうだヨタ話をするというのが趣旨らしい。そう考えると、本書の訳文は固すぎるのではないか。また固有名詞ほかの訳に、気になるものがいくつもあって、そこでまた引っかかってしまう。ルイセンコをリセンコと、ダマジオをデマジオとやったりしているのである。あるいは臓器養殖といった表現。それをいうなら臓器培養でしょう。訳者はスタートレックのファンなので、それぞれのエピソード内容については間違いないのだろうが、もっと軽妙なタッチで訳して欲しかった、というのが本音。

    また、本当に著者は生物学者なのだろうか、と首を捻ってしまうところもある(経歴を見るとハーバードの助教授とあるのだが)。ミームに対する誤解(?)や、ゲノムプロジェクトはここ数十年で終わるだろうとか、「ボノボやピグミー・チンパンジー」といった形の記述である。少なくともまともな生物学者ならこんな書き方はしないだろう。いったいどうなっているのだろうか。

    順序が逆になってしまったが、本書はスタートレックの科学、特にスタートレックの生物学に焦点を当てた謎本の類である。生物学といっても範囲は広い。本書でも生物単体から始まり、脳や意識の話、そして社会全体に至るまで考察している。だが本書で何か新しい知識を得ようとかは思わないほうがいい。本書は基本的にスタートレックをネタにしたヨタ話なのだから。柳田理科雄氏の本を読んで物理学を勉強しようという人はいないだろう。それと同じ事だ。

    本書の問題は上記のようにいろいろあるのだが、中でも最大のものは、スタートレック本体を知らない人には何がなんだかさっぱり分からないということだろう。著作権のためか、本書には図版一枚ないのである。これは二重の意味で残念である。図版があれば本書の理解を大幅に助けるばかりか、単純にめくるだけでも楽しい宇宙生物図鑑となったかもしれないのに。

    またほとんどのものが「不可能である」と結論づけられているのも気になった。フィクションに対して、そういうネガティブな方向で言ってしまうのは簡単なのだ。そんなことなら誰でもできる。僕としては、もし○○のような物質があったら可能だ、仮に○○といったものを設定すると…とか、ポジティブな方向で空想を巡らせて欲しかった。
    だからオレは柳田理科雄よりもサーフライダー21の方が好き。あ、これは関係ない話だな。


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  • 皮膚の医学 肌荒れからアトピー性皮膚炎まで
    (田上八朗(たがみ・はちろう)著 中央公論新社(中公新書)、780円
  • 皮膚病は、以前は見せ物にされることもあった。人魚や蛇男の類は、皮膚病患者であったのかもしれないという。現在でも忌み嫌われることのほうが多いだろう。身体の外にあるのだから当たり前だが、皮膚の病は何しろ目立つ。そのせいもあるのか、記載されている病気は全臓器の中で最大で、現在もなお新しい病気が報告されているという。

    皮膚は身体を覆う単なる膜ではない。皮膚は、外界と身体を峻別し防御する免疫器官である。そのため逆に、皮膚は湿疹、じんましん、アレルギーや免疫の関係する病を起こしやすいのだ。そして「皮膚病のない健康人はいない」という言葉があるほど、私たちの皮膚はどこかしらで病を抱えているものらしい。

    本書は、皮膚の病がどのようにして起こるのかといったことから肌のケア、さらには皮膚の付属器官としての毛(ハゲとか)まで幅広く押さえた本である。光老化に対する警鐘から、過敏免疫反応としての皮膚病の捉え方まで、内容はバラエティに富んでいる。内容はどちらかというと羅列に近いのだが、「皮膚は免疫器官である」という思想・問題意識に貫かれているためか、すっと読めるし、飽きない。皮膚病、皮膚に関するざっとした知識を手に入れるには良い本と言える。

    しかしやっぱり日焼けは良くないのだなあ。でも、真っ白けは嫌だなあと思っちゃうんだよね。欧米の文化に毒されてしまっているのだろうか。


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