NetScience Interview Mail 2000/07/06 Vol.105 |
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【橋本公太郎(はしもと・こうたろう)@東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻 助手】
研究:燃料化学・反応化学
著書:吉田忠雄,田村昌三監修「化学薬品の混触危険ハンドブック 第2版」
日刊工業新聞社、1997年(分担執筆)
ホームページ: http://www02.so-net.ne.jp/~hashi/kohtaro/index.html
○今回からは、ディーゼルエンジン燃料や反応化学の研究者、橋本公太郎さんのお話をお届けします。
最近「悪者」として扱われることの多いディーゼルですが、こういう時期だからこそ、逆に現場の研究者の方はどんなことをどんなお考えで研究なさっているのか、例によって色々と伺ってみました。
化学の話だけにいつもよりカタカナが頻出し、ちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、環境問題とも関連する話です。お楽しみ頂ければ幸いです。
(編集部)
[04: セタン価 2] |
データベース ![]() |
■着火性の高いn−セタン(ノルマルセタン)──これはCが直鎖状に16個連なった構造を持つものですが──その着火性を100とします。そしてヘプタメチルノナン、Cが9個連なった直鎖とそれに7つのメチル基(CH3)がついたもの、これは燃えにくいんですが、このセタン価を15とします。もともとはアルファメチルナフタレンというものをセタン価0にしていたんですけども、ちょっと都合が悪くてこういう基準になりました。
さて、この両者から燃料のセタン価を出すんですが、実際にCFRエンジンと呼ばれるものを使って測定します。どういうふうにするかというと、着火性のいいノルマル・セタンと、ヘプタメチルノナンを混ぜて「標準燃料」というのを作るんです。セタン価を90とか70とか60とかいった値に調整していろいろ作る。それを指標にして、セタン価を知りたい試料の、エンジン内での着火時の圧縮比を実際に測って比較するわけです。それでセタン価を算出するわけです。
○なるほど。
■低セタン価の燃料の問題にはディーゼルノックもありますが、寒冷地でも問題になります。火がつかなくて動かないと。ですからそういうところではセタン価を上げてやる必要があります。
○ふむ。実際にセタン価向上剤が使われているんですよね。
■ええ、使われてます。
また他に別の用途もあります。原油から軽油を分留しますよね。ところがアメリカでは非常に軽油留分の需要が高まっているんですよ。そこで「分解軽油」と呼ばれるものも軽油として使われているんですよ。
○ん?
■原油から一次的にできる軽油そのものは、そんなにセタン価低くないんですよ。60くらい。ところがそれだけでは軽油留分が足りなくなっちゃったんで、ガソリンを精製するときに副生成物としてできる軽油留分も混ぜて使っているんです。
○なるほど。
■ところがそういうものは、芳香族が入っていたりして、非常にセタン価が低いんです。それを混ぜちゃうんで、軽油のセタン価が低くなっちゃうんです。そこでセタン価を上げて燃えやすくするセタン価向上剤というものを添加して使っています。アメリカやヨーロッパの話ですが。
○日本では?
■日本ではプレミアム軽油と呼ばれるものにセタン価向上剤が使われています。プレミアム軽油というのは先ほど申し上げたように寒冷地で使われているものです。北海道の一部のガソリンスタンドとかで売られていて、セタン価向上剤を混ぜているために非常に始動性がいいと。そういう形で利用されています。
○低温でも火がつきやすいと。
■そうです。そういう形で使われているわけです。
○二次生成物としての軽油分を混ぜない本来の軽油だけだったら、セタン価向上剤って必要じゃないんですか?
■そうですね、いまのところ。
○でも現実問題としては使わざるをえない?
■そうですね。日本の石油会社でも使いたいという動きがあります。
○どうして使いたいんですか?
■分解軽油っていうのは、ただの邪魔者なんですよ。ガソリンを精製する上でどうしても出て来ちゃうんですね。だからいまは重油に混ぜて使っているんですが、そうするとすごく安くなっちゃうんで。できれば軽油に混ぜたほうがコストを上乗せできると。そういう経済的な理由ですね。
[05: セタン価向上剤はなぜセタン価をあげるのか 1] |
■とにかく安い軽油にはセタン価向上剤が必要であると。セタン価向上剤はもともとアメリカで第二次大戦のときの石油供給危機によって研究が始まりました。つまり悪い軽油でいかに動かすかという話だったんです。
系統的に調査されたその結果、硝酸エステル、亜硝酸エステル、有機過酸化物などにセタン価向上効果があることが分かりました。そしてアメリカでは硝酸エステルの一種であるイソオクチルナイトレートや、有機過酸化物であるジ−t−ブチルペルオキシドがセタン価向上剤として実用化されたんです。
○なるほど。
■硝酸エステルは
RO−NO2
という形をしていて、−の部分が──酸素と窒素の結合が切れやすいんで──切れやすいという特徴を持っています。
一方、亜硝酸エステルは
RO−NO
という形をしていて、硝酸エステルと同じく、O-Nが切れやすい特徴を持っています。
Rは「アルキル基」と言いまして、脂肪族飽和炭化水素から水素原子1個を除いた残りの原子団のことです。省略して「R」と書きます。RHといったら炭化水素のことです。
おおざっぱに言えば、
H │ H−C−H │
という形をしたものだと思って下さい。
有機過酸化物は R−O−O−R といった構造を持つものです。
こういうものがセタン価向上剤として使われていると。
○ううん、化学っぽくなってきましたね。
[06: セタン価向上剤はなぜセタン価をあげるのか 2] |
■まあこういうものがセタン価向上剤として使われているわけですが、なぜこれらがセタン価を上げるのかといった問題は、いままでよく分かってなかったんです。そこで学生のときの研究としまして、どういう構造のものがきくのか、新しい構造体としてどういうものがいいのか、調べてみました。
○はい。
■まずセタン価向上効果と構造の効果を考えました。とりあえず亜硝酸エステルの炭素数を変えてセタン価向上効果を見てみました。亜硝酸エステルのアルキル基は
H H H H │ │ │ │ H−C−C−C−C− │ │ │ │ H H H H
といった形をしているんですが、このCの直鎖の部分の数をいろいろ変えてみました。Cを4つのもの、5つのもの、6つのもの、7つのものと。そうすると、炭素数が長いほど、セタン価向上効果が高いことが分かりました。
○亜硝酸エステルにCの直鎖があって、そこが長いほど着火性を高める効果があったと。
■ええ。実際、飽和炭化水素では炭素の直鎖部分が長いほど着火性が高いということが知られていました。
飽和炭化水素が着火するときは、まずCの直鎖の部分についている水素Hが酸素O2によって取られまして、アルキルラジカルができるんです。そこへ酸素がくっついて、アルキルラジカルはさらに横のHを取っちゃう。その繰り返しで連鎖反応的に反応が進むと。だから直鎖が長いほど燃えやすいんです。これと同様な理由で、セタン価向上剤でもCの直鎖が長いほど着火向上性能が高いんじゃないかと結論づけました。
○うん。それ自体はあとから聞くと当たり前じゃないかという気もしますが、もう一回教えていただけますか。
飽和炭化水素にはRHという構造がもともとあって、燃焼するときには、O2が結合してHが引き抜かれて、R・(アルキルラジカル)という構造になる。それがさらに新しい酸素と結合して、ROO・というラジカルになる。それがさらに、まだ分子にくっついている他の場所の水素を引き抜いて、連鎖反応的にどんどん燃えていくと。
■そうそう。これが飽和炭化水素の燃焼の仕方です。直鎖が長いと、最初に引き抜かれる水素が多いですし、そのあとの反応もすすみやすい。だから直鎖が長いものが発火性が高いんです。
そして、亜硝酸エステルも同じ様な燃え方をするんです。ですので、直鎖が長いほど燃えやすいと。
○はい。
■また、同じ亜硝酸エステルでも、構造によってセタン価向上効果が違うということが分かりました。
亜硝酸エステルとは、炭素の直鎖があって、そのうち一個が、O−NOに変わったもののことですが、これにはいくつかタイプがあるんです。炭素数6の亜硝酸エステルについて単純化して示すと、
n−ヘキシル C−C−C−C−C−C−O−NOというふうにOとNOがつく場所が違うんですね。2−ヘキシル C−C−C−C−C−C │ O NO
3−ヘキシル C−C−C−C−C−C │ O NO
○はい。
■で、それぞれの物質のセタン価向上効果は…。
○炭素鎖が長い形で分解するn−ヘキシルが一番高いと。それはなぜかというと、Hが抜きやすく、連鎖反応を起こしやすいからだと。
■そうです。n>2>3となります。
要するにセタン価向上剤のセタン価向上にはアルキルラジカルが寄与していて、そのアルキルラジカルの炭素数が大きいほどセタン価向上効果が高いと。ですから、炭素鎖が長くなるようなアルキルラジカルを作る物質が、セタン価向上剤には向いているわけです。
○なるほど。
■これでセタン価向上効果にアルキルラジカルが深く関係しているということが分かりましたので、次にアルキルラジカルを作るようなものだったらセタン価向上効果があるのではないかと考えました。アゾ化合物と呼ばれるものです。それで実際にそういうものを探して、セタン価を測りました。そうするとやっぱりセタン価向上効果が認められて、会社のほうで特許も取りました。
○ふむ。
■同じ構造で、置換基を変えたアゾ化合物のセタン価を測るということもやってみました。骨格は同じだけど、置換基だけを変えてみるとどうなるかと。そうすると、あるものはセタン価が高くてあるものは低いと。それはアルキルラジカルと酸素分子との反応しやすさに起因するんですけども、それを量子化学で計算して、理論的に予想できないかと。
まあ予想どおりで、アルキルラジカルと酸素分子とが反応しやすものほどセタン価向上効果が高くなるという結論でした。
○次号へ続く…。
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