NetScience Interview Mail
2000/08/03 Vol.109
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【橋本公太郎(はしもと・こうたろう)@東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻 助手】

 研究:燃料化学・反応化学
 著書:吉田忠雄,田村昌三監修「化学薬品の混触危険ハンドブック 第2版」
日刊工業新聞社、1997年(分担執筆)

ホームページ: http://www02.so-net.ne.jp/~hashi/kohtaro/index.html

○ディーゼルエンジン燃料や反応化学の研究者、橋本公太郎さんのお話をお届けします。
最近「悪者」として扱われることの多いディーゼルですが、こういう時期だからこそ、逆に現場の研究者の方はどんなことをどんなお考えで研究なさっているのか、例によって色々と伺ってみました。
化学の話だけにいつもよりカタカナが頻出し、ちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、環境問題とも関連する話です。お楽しみ頂ければ幸いです。
(編集部)



前号から続く…。

[17: 原油はいつまで使えるか]

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○石油がなくなるなくなると言われる時代がえんえん続いてますよね。そういう議論っていうのは石油業界では行われているんですか?

■いまのところその話については、石油業界は非常に楽観的に見てますね。

○もうなくならないんじゃない、って感じですか?

■そう。もしなくなってきたら、値段が上がってきて、掘りにくいところを掘れるようになってきて、それでコストがあえばいいんじゃないかという感じですね。
 いまのところ楽観的に見てるんですけども、ただ、原油をそのまま使うよりも、環境を考えると、天然ガスを液化するほうに移っちゃったほうが安いんじゃないかということになっちゃうと、原油を掘るための埋蔵量よりも、環境面から原油が使えなくなると。そちらのほうを心配してますね。燃料自体の硫黄をフリーにしてやらないといけなくなると。硫黄を抜くのには非常にコストがかかりますから。そう考えると天然ガスから作ったほうが安いということになっちゃうと、そうなりますよね。

○脱硫のコストですか。

■そう。

○じゃあ、埋蔵量に関しては、俺たちが生きている50年くらいは関係ないや、ってところですか。

■そうですね。一時期ほど、原油がなくなるんじゃないかという危機感は業界の中でもないですね。たぶんそういう状況が一番ガツンと来るんじゃないかと思うんで、あんまり楽観視するのは危険だと思うんですがね。

○橋本さんはそうお考えになる?

■そう。みんながそう思っているときが一番危ないじゃないですか。

○え?

■みんなが大丈夫だと思っているときが一番危ない。僕は人の考えることとなるべく違うことを考えることにしてるんで、人が楽観視してるときは一番気にしてたほうがいいんじゃないかと。

[18: 燃料性状とディーゼルの排ガス]

■あと私は燃料性状がディーゼルの排ガスに及ぼす影響というのもやってました。いろんなものを使って、いい軽油だとどのくらい排ガスがきれいになるかという調査研究ですね。たとえば芳香族がまったくないと、だいたい粒子状物質は30%減りますよと。

○なるほど。

■あとPM中の有機可溶成分、つまりすすじゃない部分を調べたところ、重い芳香族を使うと、それが燃えずにそのまま残って排出されていると。すすにくっついて、そのまま出ちゃいますよという話ですね、これは。会社時代にやっていたことですが、大学に来てからもそのまま受け継ぐことになりました。会社はもう研究できなくなってるんで。基礎的な研究がね。だから現在も引き続きやってます。ディーゼル、直噴ガソリンそれぞれの排ガスに燃料性状がどう影響するかという研究ですね。

○基本的な質問ですが、芳香族が入っているとPMが出てよろしくないと。燃焼する上でもあんまりよろしくないということですよね。

■はい。

○じゃあ芳香族をうまく燃やしてやろうという研究はないんですか。

■それはなかなか難しいですね。なるほど、それは考えたことなかったですね。一つ考えます(笑)。いいアイデアですね。

○はあ(笑)。
 もう一つ基本的なことの確認ですが、芳香族はなぜ燃えにくいんですか。最初のご説明で、だいたい分かりましたが、もう一度。Cがぐるっと回って繋がっているとHを抜きにくい、だから酸化もしにくいだろうというのは分かったんですが。

■火がつきにくいっていう話がまずありますよね。一つはまず、ベンゼン環からは水素を非常にひきにくいと。もう一つはオクタン価の話ですね。芳香族でもHが引き抜きやすいものもあるんですね。ところがそういうものは水素が引き抜かれたあと、電子の共鳴状態が、非常に安定な状態に移行してしまいまして、ラジカルなんだけど安定化してしまうと。水素が引き抜きやすいんだけど、反応が進みにくいというものですね。だから炭化反応ばっかり進んでしまって火がつきにくいと。だからディーゼルにとっては非常によくない。ガソリンエンジンにとってはオクタン価が高いんですけども。火がついたあとだと、二重結合がどんどん酸化してしまって、環化していって、どんどんすすができてしまうと。

○ベンゼン環を前もって破壊してしまって、直鎖みたいな形に変えてしまうことはできないんですか。

■前もってベンゼン環を水素化するっていうことはやってますけどね。ベンゼン環を触媒で水素化して潰してやろうと。じゃあディーゼルでもそれをやればいいじゃないかということになると思うんですが、それが相当コストがかかるんです。だからできないと。

○でもいまの状況だと、コストが多少たかくてもやらざるを得ないという感じでは?

■そうです。一つはいま、ディーゼルの硫黄分をなくすと同時に、芳香族を水素化してやるという方向性があります。とくに、芳香族でも一つの環しかないのはまだいいんですけども、ナフタレンみたいに二つ環がくっついてる奴、多環芳香族っていう奴はそのまま放出されたら有毒だし、さらに環化もしやすいので、それらを何とか潰そうと言うことで、脱硫すると同時に潰してやると。
 そういう研究は触媒のほうからもやられてますが、全部を潰してやるのはなかなか難しいというか、コストに合わないというか。やらなくちゃいけないんですけどね。まだできないんですね。

○なるほど。将来はやることになるんでしょうね。でもそうなると、ディーゼル車の運用コストがはねあがると。

■そうです。

○現状、物流で大きな役割を担っているディーゼル車の運用コストが上昇するっていうことは、何もかも物価が上昇するということになりますね。

■そうです。それでいいのか。それでもやらないといけないのか。そのへんは、世の中の空気をきれいにするコストと、運用コスト、どっちを考えるかということですね。難しいですけどね。

○この辺でもういいんじゃないかという考え方もあるでしょうからね。

■ええ。たとえば、車からダイオキシンというのを問題にしようという動きもありますね。ガソリンのなかにも少しだけ入っている塩素から、ダイオキシンができるんじゃないかという話、ちょっと政治的な感じもするんですけどね。

○ええ。環境ホルモン問題は、悪者をいろいろ探しているっていうところもあるんだと思うんですけどね。タバコのほうが健康には明らかに悪いと思うんですけどね。まあ、それはまた違う問題なんで、同列には言えないですが。健康日本21でたばこ業界が圧力かけたりしてましたけどね。ああいうの見てるとね…。

[19: 日本の企業は博士を優遇しない]

○話を全く変えちゃいますが、橋本先生は博士号を取って会社に行って、また東大に戻ってきて、いま助手ですよね。任期はないんですか。

■あります。実は東大の助手はですね、新領域の場合は明文化されている任期は5年って決まっているんです。

○じゃあ、その間に一生懸命やらないとまずいと。

■まずいです。

○助手はいま受難の時代みたいですね。いま大学院生はいっぱい増えてますよね。これから助手のポストはもっともっと必要とされると思うんですが。

■ええ。でも増えないと。競争は厳しいわ(笑)。

○でも昔のセンセイは、「いまの人はメシ食えるからいいじゃない」って言いますよね。「われわれのころは食えなかったよ」って。
 それでも結局食えた人が生き残ってそう言ってるわけだから、本当にそれがいいのかどうかは分かりませんけどね。たぶん彼らの影にはドロップアウトした人がいっぱいいるんでしょうから。

■ええ、今の助手は確かに食えてますからね。まあ、世の中みんな食えてますからね。

○そうなんですよね。みんな結局、ぜいたくと言えば贅沢なんですけどね。

■でももっと民と学の交流はあってもいいと思うんですけどね。助手が企業に行くというルートもあんまりないし、民間から助手になる人も少ないですし。もっとそういうのがあっていいと思うんですけどね。
 あと、日本の企業は、博士をあんまり重要視しないというのがあるんですね。

○そうですか?

■少なくとも私の会社ではそうでした。博士まで出た人間の多くはアカデミック・ポジションにつきたい人が多いし、企業に勤めたいという人間は博士まで行かないことが多いんですよね。ちょっと前までは、企業は基本的に修士を好んでたんですね。博士まで行った人間は使いにくいと。

○知識はあって、なおかつ色がついてなくて、すぐ使えそうな人間、いわば兵隊ということで修士が好まれていたわけですよね。

■そうです。そうだったんですが。博士はなかなか優遇されないし。たとえば3年間博士をやって就職したとしますよね。そうすると修士から3年間働いていた人間と、給料は全く同じなんです。3年間勉強していたということは全くプラスにならない。日本の企業は。それだったら、3年間働くのと、3年間学費を出して勉強するんだったら、働いていたほうがいいんじゃないかと思っちゃいますよね。

○ええ。

■企業に勤める人はそう考えるのが常なんで、だからみんな博士に行かないんですね。最近はさすがにちょっと変わってきましたけどね。やっぱり研究所としても、会社としても修士を3年間かかって、博士卒業の学生と同じくらいにするまで教育できるかというと、それだけの体力がどこもなくなってきているんですね。だから少しはもうちょっと勉強してきた人間を採用した方が会社としても良いんじゃないかというふうになりつつはあるんですけども、でもそういう人間を給料面で優遇しようというところは、そこまでもいってないと思うんですね。

[20: 大学のレベル低下 最近の学生は自分で考えることができない]

○いっぽう、企業からの言い分としては、最近の大学はレベルが落ちてるから、昔の大学卒がいまの修士で、いまの博士は昔の修士レベルだという話もありますね。

■そうなんですよ。いまは…、そう。レベルが落ちて、っていうのはどこでも言われてますよね。僕も2年9ヶ月ぶりに大学に戻ってきてみたんですけども、みんなが言っているのは正しいんじゃないかと思いました。

○あ、そうですか。そう思われました?

■ええ。びっくりしましたね。ここまできているのかと。

○それはどういう…?

■僕が指導しなくちゃいけない学生見ていても、ぱっと見てもですね、字が、言葉が書けてないんですよね。少なくとも修士出たら科学的に、発表用の論文をどう書けばいいかということは、最初に背景を書いて、目的を書いてということは、研究方法を書いて、結果を書いて、考察を書いて、まとめてといったことは、いくらなんでも、そこまでは分かっているだろうと思っていたんですが、それすらできない。まず字が、文が書けないんですよね。

○みんなそれを言うんですよね。理科離れとかいう以前の、いわば国語の力ですね。

■うん。それが落ちてるというのは、たぶん本当なんですよ。
 あと、何が問題かというと、自分の頭で考えようとしない。
 いまの学生は、非常に素直なんです。すごく。言われたことはちゃんとやります。でもそれ以外のことはできない。言われたことしかできない。自分で考えてやれといったら止まっちゃう。

○それは、修士くらい?

■そう。自分で考えることができないというのは驚きました。これは…、なんでしょうね。どこの教育が変わってきたのか、僕にも分からないんですけども。なんか、自分の頭で考えることができないというのは致命的な気がして。

○考えられる子はよそへ行っているということではなくて?

■うん。そういうわけじゃなくて、全体的に下がって来ちゃってるんだと思います。

○ここは東大ですよね。東大がそれっていうのは、かなりまずい話ですよね。日本全体として考えると…。

■そうなんですよ。だからたぶん、他の大学だと、もっと由々しき事態が起こってい るんじゃないかと思いますね。僕はここに戻ってきて感じちゃったんですが。

○ううん。

■どこが、どのへんの教育が悪いのか。このままだとまずいです。

○いまのままだと、どんどんまずい方向へいっちゃいますよね。

■ええ。でも、教育的には、昔に比べるとはるかに親切になってきているはずなんですよ。学部も、教養レベルもすごく変わってきているらしくて。昔みたいにいきなり難しいのをやってみんなが落ちこぼれているといったような状況はなくて、分かりやすくやっているそうなんですね。こんなに親切でいいのかと思うくらい、親切にやっている。

○だって補習してるんでしょ? それがまずいということはないんですかね。

■うん。授業で聞いたことはちゃんと理解している。でもそれがまずいんじゃないかなという気もちょっとしますね。それで、パッと授業の教室のぞいたりしますよね。昔に比べても、人がいっぱいいるんですよ。だんぜんみんなマジメなんですよ。

○ああなるほど。昔はみんなもっと不真面目で、講義なんか出ないって奴が多かったと。

■ええ、もっと不真面目でしたよ。だけどもう少し、頭使ってましたよ。何でしょうね、これは。

○橋本さんは、いつごろから「考える」ようになりました?

■私はですね、考えるようになったのは、修士のときに、自分でやるしかダメだったんですね。ちょうどジャパンエナジーと東京大学の共同研究が始まったところに、私が携わりはじめたんで。自分で一からやらなくちゃいけなかったんです。そうすると勉強せんといかんなあということで、いろいろ自分で調べて、考えたりするようになりましてね。いろいろやってるうちにうまくいくこともあって、面白くなってきたな、というのが修士の1年か2年のころですね。

[21: 化学を好きになったわけ]

○では、もうちょっと溯りますけども。どうしてこういう、エンジンというか、反応化学の世界に携わるようになったんですか。

次号へ続く…。

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■ U R L :
◇『21世紀とともに誕生する国土交通省について、あなたの声をお寄せください』
−「国土交通省のビジョン」に係るパブリックインボルブメント(PI)の開始について−
http://www.motnet.go.jp/koho00/PI_.htm

◇若田宇宙飛行士訓練レポート 第5回
http://jem.tksc.nasda.go.jp/iss/3a/wakata_train05.html

◇《日経テクノフロンティア140号から》
 特許をすぐにビジネス化・米国の大学の試み 日経産業消費研究所
  http://satellite.nikkei.co.jp/rim/baio.htm

◇研究職の中の女性に関するアンケート 工業技術院 女性研究者の会
  http://www.nire.go.jp/~a-tanaka/result/

◇2000夏休みサイエンススクエア・スケジュール 国立科学博物館
 http://www.kahaku.go.jp/news/sciencesq/index.html

◇Hubble Sees Comet Linear Blow its Top
  http://oposite.stsci.edu/pubinfo/PR/2000/26/index.html

◇リニア彗星(C/1999 S4)画像集 国立天文台広報普及室
  http://www.nao.ac.jp/pio/Comets/99S4/
リニア彗星、消失へ −4年前のタイバー彗星と酷似、寿命は1ヶ月程度か?−
  http://www.nao.ac.jp/pio/Comets/99S4/9s46q1.txt

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NetScience Interview Mail Vol.109 2000/08/03発行 (配信数:22,926 部)
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