NetScience Interview Mail 2000/08/10 Vol.110 |
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【橋本公太郎(はしもと・こうたろう)@東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 環境学専攻 助手】
研究:燃料化学・反応化学
著書:吉田忠雄,田村昌三監修「化学薬品の混触危険ハンドブック 第2版」
日刊工業新聞社、1997年(分担執筆)
ホームページ: http://www02.so-net.ne.jp/~hashi/kohtaro/index.html
○ディーゼルエンジン燃料や反応化学の研究者、橋本公太郎さんのお話をお届けします。
最近「悪者」として扱われることの多いディーゼルですが、こういう時期だからこそ、逆に現場の研究者の方はどんなことをどんなお考えで研究なさっているのか、例によって色々と伺ってみました。
化学の話だけにいつもよりカタカナが頻出し、ちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、環境問題とも関連する話です。お楽しみ頂ければ幸いです。
(編集部)
[21: 化学を好きになったわけ] |
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■ああ、私が化学を好きになったのは、小学校の4年のころからなんですよ。その頃NHKで当時<通信教育講座>、いま<高校講座>といっている番組があったんですね。高校講座・化学ですね。いまは早朝ですが、当時は普通の時間にやってたんで、子供でも見られたんです。
その番組を見て、化学って面白いなと思ったんですね。色が変わったり、ナトリウムが燃えたり、そういうのが非常に面白いなあと。それで化学が好きになったんです。
○そうなんですか。その番組は実は僕もNHK時代に作ったことがあるんで、いろいろ思うところありますが(笑)。その話はおいといて、その先をお伺いします。
■反応化学科にいったのも、やっぱり化学が好きで、化学ができそうな学科を探していて入ったんですね。東大の場合、進振があって、2年のときに選んだんです。当時、工学部で一番小さな学科だったんですよ。そういうところもいいなと思って。
○なんで一番小さな学科がいいなと?
■一番小さいとアットホームな感じがするじゃないですか(笑)。実際そうだったんですけどね。
○しかし、どうして化学の中でも「反応」化学なんですか。
■ああ、化学の面白さって、やっぱりものが燃えたり反応するところじゃないですか。
○なるほど。
■そういう、ものが変わるっていうのが面白くて。そういうところがもともと好きだったんです。
それで、当時研究室を選ぶときに、ものを燃やしたりいろいろできるっていうのが今の私のボスの田村教授のところだったんです。当時は火薬をやってましてね。火薬をいろいろ燃やしたりするところだったんです。
○ふむふむ。
■それで、入ったとき、今までは火薬の安全面とかをやっていたんですが、その辺の考え方を応用してもっと何かできないかと。そこで燃料業界と組んで共同研究を始めて、その最初の学生として私が入ったんですね。それが4年のときです。
○なるほど、そういう形だったんですね。
■ええ。やはりモノが変わるというのは面白いですからね。
○最近、反応化学だとか燃焼の化学というと、たとえば高速撮影の技術やレーザーを使って、実際にどういうかたちで爆発が起こるのかとか観察したりしてますよね。
■ええ、そういうのも私の隣の研究室ではやってますよ。そういう高速反応の研究ですね。レーザーや衝撃波管を使ったりして。あと、生体反応をやったりしている研究室もあります。それも反応化学ですからね。いろんな研究室があったんですけども、私は火薬とか、ものを燃やすとかといったところへ行ったわけです。で、そのまま博士までいまして、共同研究していたジャパンエナジーという会社に就職して、そのままJOMOテクニカルリサーチセンターという研究子会社に出向して、務めていたんですけども。
○それって、工学の人の王道的なイメージがありますが。
■うん、そうですかね。ずっと繋がりがあってそのままやりつづけるというパターンはありますね。
○工学の人ってそうですよね。よく同じテーマをやり続けられるなと思うんですが。それはどうして…?
■うん、でも今はディーゼルやってますが、最初はガソリンで、まったく違うんですよね。根は燃焼という一つの減少なので、まったくというほどは違いませんが。だから会社に入ってやっていたこともけっこう違いましたし。しかし同じ考え方が使えるんで、やりやすいことはやりやすくて。前とは違うけども、根は同じと。だからやり続けられるんでしょうね。
ただ、会社に入ってから、石油業界がみるみる悪くなっていきましたからね(笑)。このまま研究できるのかなあと思いました。
○いま、基礎研究系は、どこもそうじゃないですか。いいのか悪いのかは分かりませんけどもね。
■石油業界全体が甘かったんですよね。そんなにお金のこと、コストのことを考えようとはしなかった。人は多めについていたし。無駄なところに投資もしていた。それがいまになって、人を切らないとやっていけないということになっちゃったんですね。私がいたところも人間が半分になっちゃいましたからね。半分になっちゃうと定常的な検査業務みたいなことしかできないんですよね。燃料業界としては期待されていることがないわけじゃないだけに、残念ですね。
[22: 研究を楽しむ学生に来て欲しい] |
○こんな学生に来て欲しいというのはありますか。
■うん、やっぱり自分の頭で考えようとする子ですね。いまは真面目な子はたくさんいるんです。でも自分の頭で考えようとしない。やっぱり自分の研究は自分の頭で考えてやって欲しい。
○自分の頭で考えろというのは具体的にはどういうことですか。プランニングしろといったことも当然含まれるんでしょうけど。
■まず、自分の研究はどういうことを目的としてどういうことをやらなくちゃいけないのかということを考えるというのもありますが、その中で、自分の研究の基本はどういうことかというのを考えてほしいですね。基礎現象はなにかと。どういうサイエンス的な現象があるのか。だからどういうことを勉強すれば分かるのかということも考えて欲しいですね。
工学部なんかはかなり現実的な問題を扱ってますね。でもその中でも基礎となる現象は何かをきっちり分かってくれるような子がきてくれればなと思いますね。
○なるほど。
■あと、研究が好きな人ですね。好きじゃないとやってられないですからね。研究をやってて、これはいったいどういう現象なんだろうと考え続けて時間がどんどん経っていく、そういうふうな時間を楽しめるような人が欲しいです。
○ふむ。
■本当に楽しんでるのかな、という気がするんですよ。本当は研究っていうのは楽しいからやっているはずなんですね。楽しいから自分で考えて実験をやると。ところが、そうじゃないような子もいる。
○それは、教えていて、そういう手応えが感じられないんですか。
■そうです。なんでこういうことしたのって聞いても、ちゃんと答えられないし。結果が出ましたって持ってきたから、じゃあ君はどう思う、って聞いても「考えてない」とかね。与えられたことをきっちり発表できたとしても、その研究の背景についてどう思うか、って聞いてもやっぱり考えてない。自分がやっている研究なのに、その背景に興味を持ってないのかなあという気もしてきたりするんですよね。大学へ戻ってきて4ヶ月しか経ってないんですけど。
○でも理系に入ってくる子は、ある程度、そういうのが好きだから入って来るんじゃないでしょうか。
■ええ、そのはずですよね。でもなんか、そうじゃないのかな、と思えてしまう子が多いんです。なんでそうなのか分からないだけに怖いですね。
指導するときに、会社にいたときは、工業高校を卒業した子に一からちゃんと教育したりしていたんですよね。それと同じことを大学戻ってきてもやってるんですよね。研究者を育てるのに、テクニシャンを教えるのとまったく同じことをやっている。そういうことやってていいのかなあと。でもそうじゃないとやってくれないとなると、やっぱり一から教えないといけないんですよね。
○じゃあ東大の試験とか、教養での授業はほとんど無意味ということになっちゃいますね(笑)。
■ええ。だからたぶん勉強はできるんですよ。でも根本的なことを考えて自分でしゃべるのができないんです。その能力が欠けている。そうなると教育以前の問題なのかもしれない。どんどんそういう学生が増えてくるかと思うとぞっとしますね。修士はどんどん増えてますからね。レベルは落ちるは、学生は増えるは…。
○で、その人たちもみんな修士卒ということになるわけでしょ。
■そう、そうなんですよ。それでいいのかという気がしますね。
レベルっていうか、質っていうか、何か違うものが欠けているんですよね。自分の頭で考えないと、研究を楽しめないっていうのは致命的なんです。だからすごく心配なんですよね…。勉強しないとか不真面目だとかいうんだったら笑ってすまされるんですけどね。
○ドクターだとどうですか。
■ドクターくらいになると、さすがにそれなりに考えてくれるんですけどね。でも、うちはドクター少ないんで。
○そういう子はどうして修士にいくんですか。
■分からないんですよ。というのは、必ずしも就職のために修士へいくんじゃないみたいなんですよね。全く関係ない業界へ就職する子も多いんです。だから逆に、いっぺんちゃんと聞いてみたいんですけどね。みんなが行くから取りあえず修士へ行くっていうことなのかもしれない。いまは工学部では、ほとんど修士へ行きますからね。
○親もそれを支える経済力があるし。
■ええ。また、いまの子はじゃあ自己主張しないのかというとそうでもないんですね。「やりたいことはあります」って言うんですよ。じゃあどうすればいいのか、考えて言ってくれっていうと、言えないと。やりたいことはありますと。じゃあやりたいことやれば、って言うとできない。
○どこの学部の先生も似たようなこと言いますからね…。
■ええ。
○しかもいまだに「目指せ東大」ってやってるわけですよね。
■そうですね。修士の子に、ぜひいろいろ聞いてみたいんですけどね。私も彼らとは一世代しか年は離れていないのに、これだけ話が通じないのはどうしてなのか知りたいです。
[23: 「ものが燃える」という現象を考えていきたい] |
○今後、反応化学の研究者として、やっていきたいテーマなどはございますか。
■やりたいことはいっぱいあるんですが、やっぱり、「ものが燃える」という現象をしっかり考えたいですね。オクタン価もセタン価も同じ根でして、自然反応である発火を化学的にどう制御するかということなんですよね。そこにかかっている。
もう一つは幅を広げて、火炎の伝播ですね。火がついたあとどう広がるかと。そのへんのこともやりたいと思います。特に直噴に限らずガソリンエンジンの場合、可燃限界、火がついて燃える希薄限界っていうのが、非常に重要なんです。いかに薄くするかというところです。そのへんの、火がつくとか、火花でつくとか、そういった問題を何が支配していて、どういうふうに制御できるのかを調べてみたいなと思ってますね。
○制御できるもんなんですか。
■制御はできないかもしれないけど、どういう燃料がいいのかは分かるはずです。性状としてどういうものがいいのかということは。
でも火花点火の場合、どういうことから手をつけていいのか、ちょっと考えているところです。いまは非平衡の統計力学を勉強しているんですが。ちょうど火がついて、そこから火炎が広がっていくと。いきなり大きなエネルギーが出て、それを緩和する過程じゃないかなと思ってるんですが、それを、あるエネルギーの閾値があって、その非平衡が火がつかない、元へ戻る、あるいは火がついて、火炎が広がっていくという新しい状態に変わる、そういう分岐が、エネルギーの火花と燃料の関係で決まってくるのではないかと。その考え方をうまく利用できないかと思うんですけどね。
ちょうど非平衡統計力学っていうのは複雑系でもてはやされて良い本も出てますしね。
○なるほど。
■そのへんを勉強して、エネルギーと燃料を、どういう閾値で広がっていくのか考えたいなと。いままでよりももうちょっと基礎的なことをやってみたいなと思ってます。
○はい。
■あとは、さっきもいいましたが予混合圧縮着火エンジンの着火制御ですね。燃料性状を随時変化させることで着火を制御する。ぜひ、ディーゼルの問題を解決する可能性があるものとして、やっていきたいですね。
そのほかオクタン価向上剤とか。ガソリンのポンピングロスの問題は直噴化で少し解決したんで、やっぱり圧縮比を上げて熱効率をあげると。そのためにオクタン価をどうするかと。この問題は残っているんで、なんとかしたいですね。化学構造をいかに多くしてオクタン価をあげるかと。ぜひやってみたいですね。
やっぱ化学者なんで、化学をなんとかいかした、燃料の研究をやりたいんです。そういう方向に行きたいと。
○理想燃料みたいなところですか。
■そうですね。
○なるほどね。着火時期を制御するのか、あるいは燃料を制御するのか、いろいろあるんですね。
■ええ。
○そのうちみんな同時に車でやるようになって、まるで動くプラントが走っているような感じになるんでしょうか。
■そうですね(笑)。すごいものができそうな気もしますね。酸化させるのも触媒をうまく使って酸化させて着火性能をあげたり、また過酸化を消してしまえば着火性は下がると。そういうのは触媒でうまくコントロールできるはずだと。もっとパッパパッパとできるはずだと思います。
○なるほど。
■いままで、車用の燃料をいろいろやってきました。使う側から見た研究ですね。学会関係者以外に自分の研究を話す機会っていうのはあんまりないんで、今日は有り難かったです。
○いやいや、こちらこそ。本日はどうも、ありがとうございました。
2000/04/19 東京大学本郷キャンパスにて