NetScience Interview Mail
1999/08/05 Vol.064
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【井田茂(いだ・しげる)@東京工業大学 理工学研究科 地球惑星科学専攻 助教授】
 研究:惑星系形成理論
 著書:岩波講座 地球惑星科学12『比較惑星学』共著ほか

研究室ホームページ:http://www.geo.titech.ac.jp/nakazawalab/ida/ida.html

○惑星系形成理論の研究者、井田茂氏にお伺いします。現在、観測・理論両面で大きく進歩を遂げつつある惑星系の科学の現在をお楽しみ下さい。
 6回連続予定。(編集部)



前号から続く (第3回/全6回)

[08: 月と地球 地球生命にとっての月の意味]

○では月の話をお伺いしたいと思います。
 インターネット上やTVでも紹介されて非常に話題になったThe Origin of the Moon(http://grape.c.u-tokyo.ac.jp/~kokubo/moon/kit/index.html)をお作りになった小久保先生は井田先生が最初に指導した大学院生だったということですが、月の成因については、いわゆるジャイアント・インパクト、原始地球に火星くらいの大きさの原始惑星が衝突してできた、ということでほぼ決まりなんでしょうか。

■いや、そんなことないと思います。計算実験ではそういう形成も可能である、ということを示したわけです。月の形成説っていうのは本当に消去法で来てますから。
 このモデルもですね、本当にこういう風になるのかというと、まだどうかな、というところなんです。

○そうなんですか。

■ええ、まだ定説とまでは言えないですね。いろんな観測事実によっていろんな説が否定されて、いまのところこの説だけが残っている、という意味なんですね。
だから決して、必然的にそうなるべきだ、っていうほどかっちりしたストーリーではないんです。

○それでも取りあえずはこれで説明できるかもしれないとされているわけですよね。観測事実から満たさないといけない条件を、取りあえずクリアできるかもしれないと。まずこのモデルを紹介して頂けますか。

■はい。月形成の過程は地球の形成過程を明らかにすることでもありますからね。まず月がある、ということの意味からご説明しましょう。
 ジャイアントインパクトによって原始地球が一度融解した、というイベントももちろん重要なことなんですが、月と地球が引き合っていることによって、地球と月は角運動量は角運動量を交換しあっているんですね。これによって月と地球の距離はどんどん離れ続けており、なおかつ地球の自転はどんどん遅くなっています。現在の地球の自転は一日24時間ですが、逆算してやると45億年前には地球は5時間一回自転していたことになります。その時の地球と月の間の距離は20分の1程度だった、という計算です。

○その時の月の見かけの大きさは…。

■だいたい現在の400倍くらいの大きさに見えていた、ということになりますね。もちろんその当時には、月を見上げる生物もいなかったわけですが。
 月の存在は生命の誕生やその後の運命にも大きな影響を与えたと考えられています。私は生命の起源のことは分かりませんが、もし月がなかったら地球の自転軸はふらふらしてしまうんです。地球・月系の角運動量の8割くらいを月の公転がが持っているからそうはなっていませんが。実際、他の惑星では自転軸はカオス的に大きく変動しています。

○もしそんなことが起こったら、気象も無茶苦茶になっちゃうんでしょうね。

■ええ。つまり月の存在が地球の気象の安定化にも繋がっている、ということになります。月がこれだけ地球に影響を与えているのは、月が大きいからなんですけど。

○地球の80分の1くらいでしたっけ。

■そうです。他の惑星では衛星/惑星の質量比は10,000分の1以下です。

○しばしば、地球軌道のところに惑星がなかったら生命は誕生しなかった、という話がありますね。でもいま伺った話を合わせると、ハビタブル・ゾーンに地球があっても、月がなかったら生命はできないかもしれない、あるいはできても大して進化できないかもしれないということになりますね。

■そうですね。そう思います。はじめに申し上げたように、どうやら惑星系は普遍的にあるかもしれない、ということが最近だんだん分かってきました。でも仮に円軌道を描いた綺麗な惑星系ができて、ちょうど地球軌道くらいの位置に地球型惑星ができても、もしその惑星が月みたいな衛星を持っていないと気候変動が非常に大きいかもしれない、ということになっちゃうんですね。そう考えると、生命、特に人間のような生物は、やっぱり、極めてまれな存在なのかもしれないなあと考えています。
 ただ僕は生命の起源の専門家ではないんで、100万年や10万年オーダーで気象変動が起きたらどうなるか分からないですけど。気象をやっている人とかに聞くと、そんなオーダーで地軸が何十度も振れたら、とんでもない気候変動起こるよ、とは言いますね。

○そういうのは他の惑星──火星とか金星ではどうなっているんでしょう?

■シミュレーションは行われていて、そうすると、数十度、下手したら横倒しになっちゃったりするんです。地球も、計算されていて、月を強引に取ってしまった場合をシミュレーションすると、やっぱり数十度動いちゃうんですね。月を付けると、本当に数度しか振れないんです。

○ほう…。振り子やコマみたいなもんですか。

■そうですね。月があるとないとで、安定性がまったく違うんです。

○しかしそんなになっちゃうとなると、確かに気象変動、引いては生命の歴史にも大きなというか、甚大な影響があったのは確かに間違いなさそうですね。うーん。

[09: 月の形成 〜ジャイアント・インパクトとその後]

○月の存在の大きさが分かったところで、では、ジャイアントインパクト説の場合の、月の形成について教えていただけますか。

■はい。月に関しては、アポロなどの観測やサンプルの採取によって、いくつか重要なことが分かっています。それらか月形成のシナリオは大きく言えば3つのポイントを押さえなければいけません。まず(1)月には鉄が少ない、ということ。地球だとマントルの部分にあたるシリケイト成分だけなんですね。次に(2)揮発性元素が少ないこと。これは、月が一度大規模に融けたことがある、ということを意味しています。最後に(3)先にも言ったことですが、当時の5時間という地球の自転速度を、微惑星集積だけから得ることはどうやら難しいということ。月の形成シナリオは、どんなものを考えるにせよ、この3つを何とかしないといけないんです。

○なるほど。

■そうなるとね、ジャイアントインパクト以外の説はどれもいま一つなんです。たとえば地球と月は兄弟のように微惑星形成からできたという説だと(1)を説明できませんし、原始地球が月を捕まえたという説もダメです。シリケイトだけを取り出そうと思ったら、一度集積したものが集積の熱で溶け、鉄とシリケイトに分離した後、シリケイトだけをどうにかして取り出す以外に方法がありません。
 また分裂説といってコア・マントルに分離した状態で地球の高速回転によってマントルが引きちぎられ、その部分が月になった、という説もあります。しかしこの説のようなこと、つまり地球が自らの回転によって分裂するなんてことが起こるためには一周2時間くらいで自転しなくちゃいけない、ということになるんですね。現在の状態から考えられている一周5時間の自転さえ実現するのが難しいことを考えると、これは少々無理があります。

○ふむふむ。

■で、巨大衝突説、ジャイアントインパクトというのが出てきたわけです。これはおおざっぱに言えば地球の質量のだいたい10分の1から数分の1くらいの原始惑星が衝突して、その破片で月ができるというものです。もし原始地球が既にマントルとコアに分離していて、マントルの部分だけうまく軌道に放り出させることができればいいわけです。
 ただこれにも問題があって、果てして本当に破片が再集積できるのか。もう一つは衝突そのものがね、本当に起こりうるようなことなのか、どうか、という問題です。衝突シミュレーションをすると、撒き散らされた破片のかなりの部分が、ロッシュ限界の中にあるんですよ。

○地球に近すぎて集積できないわけですか。

■そうです。そこで問題は、そういう状態からどうやって月ができあがったか、ということになるわけです。巨大衝突説というのが提唱された後も、20年間、集積プロセスはどうなるのか分からなかったんですが、最近はコンピュータが発達してきたので、シミュレーションができるようになったんです。

○その一つの結果が「The Origin of the Moon」ですか。あれはどういう形のシミュレーションなんですか。

■そう。N体シミュレーションという方法で、破片を原始地球の周りに円盤状に撒いて、全破片の軌道や、重力、地球の重力の影響などを力業で計算していくわけです。そうすると、多少初期条件を変えてやっても、だいたい同じように推移して月ができるんだ、ということが分かったわけです。

○各過程を説明して頂けますか。破片それぞれがだんだん集まってきたあと、渦巻き銀河のような密度波が起こる、そうすると角運動量が外に輸送されて破片がロッシュ限界外にまで広がって、密度の高い部分が重力崩壊を起こして月のタネができる、ということですが。特にこの密度波が起こる、というのはどういうことなんでしょうか。

■はい。まず細かい破片といっても重力が及ぼしあっているわけですね。だから粒子がいっぱいあると固まろうとします。ところが地球にすごく近いところというのは地球の重力が強いんですね。重力が強いというのはどういう意味かというと、中心天体の周りでは内側ほど早く回される、外にいくほどゆっくり回されるわけですね、さっきと同じで。
 そうすると、自分たち同士では集まろうとするんですが、腕のほうは引きちぎられそうになってしまうんです。地球に近ければ近いほど引きちぎる力が強い。そうすると何が起こるかというと、引きちぎられるわけですから、びよーんと伸ばされてしまうんです。

○そもそも腕状の構造ができあがるのはなぜですか。最初から腕がついているものをグルグル回したら渦巻きみたいになるだろうというんなら分かるんですけど、そういうわけじゃないでしょう?

■密度波とはいっても波ではないんですよね。最初からある種のパターンがあって、それが渦巻き状に引き延ばされていくわけです。

○それと自分たちが自重で集まろうとするのが合わさって、腕の部分と腕の間のギャップができて…。

■うん、そうそう。最初から自分たちで固まろうとするんです。固まろうとするんだけど、そのうちに引きちぎられていく。自分たちで集まろうとしないとそもそもこんな腕はできない。濃淡がつくから腕になる、そしてそこで伸ばされるから渦になる。濃淡を作るのは自分たちの重力です。

○なるほど、じゃあ本当にコーヒーの中にクリームを入れて、ぐるぐる混ぜると渦になる、というのと同じなんですね。あれはクリームは自分たちの粘性でくっついているんでしょうけど。

■そうそう。同じです。最初から濃淡があるから、ということです。

○で、ロッシュ限界を超えると、自分たちの重力で重力崩壊を起こして固まると。

■そうです。地球の影響というのはだんだん弱くなっていく。ロッシュ限界を超えると、固まる力のほうが上回る。もう壊されない。そうすると固まる。

○で、ある程度以上固まっていって大きな奴が一つ出来てくると、次々と破片を吸収する一方で、ある程度大きくなると他の奴を内側に押しやると。これは…。

■さっきの拡散現象と全く同じなんですけども、内側にある奴をどんどん跳ね飛ばして、そっちから角運動量をもらって、外の破片に角運動量をやるわけですね。そうすると間に一つでかいのがいてそいつが力を仲立ちするわけですが、そいつがあまりに重たいんで、内側の奴は地球にどんどん落っこちておしまいで、外にある奴はボンボン吹っ飛ばされてしまうわけです。

○ああ、なるほど…。

■拡散するんですけど、自分が中心になっちゃうわけですね。だから自分を生んでくれたものを結局なくしてしまうと。

○なるほど。で、これが一年くらいでできてしまうということですが。

■そうです。たったそれだけの時間で月ができてしまうんです。
僕は「一年できる」と言ったんですが、そのあとで高精度シミュレーションを行なった小久保君は「月は一月でできる」と言っています。最終質量の90%に達したことを「できる」と定義するならば、一月です。残りの破片円盤をほとんどクリアするまでとするなら、一年です。でも、「月は一月でできる」と言ったほうが語呂がいいですね。

[10: ジャイアントインパクトの問題点]

○なるほど。できあがったシミュレーションを拝見すると、こうやってできたのかと思っちゃいますが、必ずしも確定ではないんですよね、先ほどの繰り返しですが。

■ええ、そうです。これは「あり得る」という話です。
 いちばん不定性が大きいのは初期条件なんですね。地球の数分の1の質量、ほとんど同じくらいの大きさを持ったものがぶつかってくる、そんなことがあったのかという部分、ここが一番不定性が大きいですね。

○なるほど。どうなんでしょう。

■うーん。僕も含めてみんな、あっても悪くないかもしれないけど、必然的にそうなるのかな、っていうイメージがありますね。あの…、大局的なイメージとしては、地球っていうのは小惑星や埃みたいなのをワーッと掃き集めて綺麗に大きくなってできていった、という説がまず一つあるんです。その対局にあるのが、同じ様な大きさの奴がボンボンぶつかってできた、という説なんですが…。

○同じ様な奴がバンバンぶつかるようなモデルでも、最終的には綺麗な円軌道を描くようになるんですか?

■ああ、まさに鋭い指摘で、そうならないんですよ。

○まずいじゃないですか(笑)。

■ええ。そういうシミュレーションはみんなやったんですけど。地球を10等分したような奴をいっぱいばらまいてみるんです。そうするとバンバンぶつかるんですが、できあがった系というのはやっぱり汚いですね。
 まあ当たり前ですけどね。みんな楕円軌道で軌道交差しているから衝突できるんです。そうじゃなかったらぶつからないんですから。

○先生のお考えだと、惑星系形成においては、とにかく最初は綺麗な円軌道を描いたものができると。そうなるとジャイアント・インパクトを起こすような奴が飛んでると、都合が悪いんじゃないですか?

■ええ、でも僕らの惑星形成のシミュレーションでもね、取りあえずは円軌道に並ぶんですが、できあがった奴、小さな原始惑星系というのはあんまり安定じゃないんですね。できあがったあとで軌道交差を起こす可能性があり得るんです。で、なおかつ、そうこうしているうちに木星が後でできて、木星ができるとその影響で軌道が乱れるということもあり得るんです。だからできあがったあとで軌道が乱れるということは有っていいな、と思ってます。

○ふむふむふむ。

■ただ、いまご指摘なさったように、そんな状態でできあがった地球とか金星とかがなぜこんな綺麗な円軌道を描いているのかということは、今の段階では説明できないんです。

○あと、地球だけにそういうことがあった、というのも気になるところなんですが、その辺は、どうなんですか?

■そうですね。必ず起こるような必然的なプロセスだったら金星にもあってしかるべきだし、火星にもあるべきですね。だが、そうでもない。
 なおかつ例が一個しかないのでね。4つの惑星のうちの1個なんで、どのくらい意味があったのか分からないんですよ。1万分の1の一個だったのか、25%のうちの1個だったのか、それが分からないんですね。そこは我々も悩むところです。

○じゃあ、やっぱり「月はなぜそこにあるのか」というのは大問題なんですね。なんとなくジャイアント・インパクトっていうので、そういうものなのかな、と思っていたんですけど。

■ええ。ただ我々のやったシミュレーションで分かったのは、そういうインパクトがもし起これば、月はできますよ、ということなんです。それは大きなことで、これまではぶつかっても本当に月ができるかどうか誰も分からなかったんで。昔はコンピュータシミュレーションの精度が悪かったんですが、今ではだいぶ精度もよくなりましたからね。

[11: 銀河系の渦巻き]

○基本的に太陽系が形成されるときもこれと似たようなことが起こっていたと考えて おかしくないんですか。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■イベント:
◇鉱物と遊ぼう(東工大、8/10(火)小学生高学年・中学生以上 60名)
http://www.urban.ne.jp/home/yamanna/mineralworld/mineral.htm

◇恐竜王国・勝山 第2回恐竜文化賞
http://www.hokuriku.ne.jp/k-kyoryu/

◇シンポジウム「バイオ世紀の生命観」(朝日新聞社)
http://www.asahi.com/paper/special/biosympo/index.html

■URL:
◇NASDA, プロジェクト最新情報掲載開始
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Projects/index_j.html

◇日本分子生物学会ホームページ
http://mbsj.biol.kobe-u.ac.jp

◇インターネットシンポジウム「ふたたび月へ」HPリニューアル
http://moon.nasda.go.jp/

◇NASDA NEWS 8月号
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/News/News-j/213index.htm

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


NetScience Interview Mail Vol.064 1999/08/05発行 (配信数:17,358部)
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編集人:森山和道【フリーライター】
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