NetScience Interview Mail
1999/07/08 Vol.060
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◆Person of This Week:

【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
 研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
 著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
    朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
    共立出版『図解行動生物学』共著
    朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
    農文協『昆虫ロボットの夢』ほか

研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/

○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
 7回連続。(編集部)



前号から続く (第6回/全7回)

[17: 視運動反射のパラドックス 昆虫に意識はあるのか]

■「ハエは自分の意志で回転(internal turning)しているのか」 という話があってね。ハエはたとえば机の上で右に行ったり左に行ったりしてますよね。あれはハエが自分の意志で方向を決定してるんだろうか、って不思議に思うんですよ。そのとき僕は良くフォン・ホルストという人の話を出すんです。

○どんな話なんですか。

■通常、昆虫だと、オプトモーター・リフレックス(視運動反射)といって、周りの景色が右から左、左から右にだーっと動くと、昆虫はその動きに追随するように回転するんです。視覚刺激に対してこういう反射運動を取るんです。右に動けば右に動くし、左に動けば左に動く。で、フォン・ホルストはね、ハエの頭を180度ひっくり返して、接着剤でピッと止めたわけ。そうすると何が起こったか。
 ハエはね、ちょっと動かしてやると、あとはくるくる回り続けるんですよ。

○回り続ける?

■視運動反射のときは、ビジュアル情報が脳内で処理されていくわけだけど、そのときに何が起こるのか。まず、ビジュアルフローに対してターンしなさい、という運動指令が脳か運動系に降りるよね。それと同時に、同じ情報がもうひとつ出ているって考えるわけ。随伴発射発射とかefference copyっていわれてます。そして、反射運動した結果を元に戻して、双方を比較してやるんです。こっちから1来て、もう片方からも1が来たら、引き算して0になる、それでオッケー、ちゃんと反射運動をやったな、ということになるんです。
 ところが、頚を反対にひっくりかえしてやると、左右が逆転するでしょ。そうすると、運動命令が1なのに、フィードバックされてくる情報が-1になってる。その結果、補正しなくちゃいけない、いけないということでクルクルクルクル回るんです。

○なるほどー。

■問題はここからだよね。そういう反射があるとして、もし昆虫が自分の「意志」で、たとえば雄のハエが雌に近づこうとして左にターンしたいと思うよね。そして、左にターンすると、景色が右へ行く。そうすると視運動反射で右に行かないといけないよね。そうするとハエは自分の意志で回ることは一生できない、ということになるよね(笑)。ところが彼らは雌を追っかけ回すことをいともたやすくやりとげる。

○うーん。

■それを果たして「意志」というかどうかは知らないけども、そういうことがあるのは事実だよね。

○うーん。

■で、意志といったけど、英語では、internal turningとなってます。それをどうみるかということですかね(笑)。

○internal turningですか(笑)。意志ね…。でも、そういうことなら、if文か何かで「もし○○の条件のとき には視運動反射をキャンセルしなさい」とプログラムで書いてあるんじゃないか、という気がしちゃいますけど。

■ああ、そうかもしれない。でも僕は、非常に面白い実験だなと思うんだけど。少なくとも昆虫の場合、僕がさっきいった「行動の変容」というのがない限り、あまりに行動が機械化されていて、意識があるとはとても思えない。もしそこを本当に突き詰めようと思ったら、やっぱりマルチモダリティと記憶学習のことをもっとしっかりやらないと、なにも言えないし、残念なことに昆虫には意思がないとしかいえなくなってしまう。
 一般に昆虫には意識はない、というのは、ほとんどの行動が反射と本能行動で形成されているがゆえに、刺激と出力が決まっているから、そこには何も挟まれていない、という考え方から多分言われているんでしょうね。

○はい。

■それに対して、入力があっても出力が一つの値に規定されていなければ何かあるわけでね。カイコの場合はそういった実験がなかなか難しいよね。でもね、たとえある刺激に対して固定化された行動だったとしても、記憶学習の系がアクティベートされて、その固定化されたところを修飾したりしたら、こりゃおもしろい。何かその行動に変容が起こって、入力に対して常に1が出ていたのが、 2とか1.5とかになるかもしれないよね。
 そういうことがもしあったら、行動をmodulationするようなことがあったら、彼らにも「何か」がある。それを「意識」と呼ぶかどうかは知らないけどもね。

○「何か」がある…。

■昆虫の場合は「行動の変容」という形で考えても面白いかもしれないよね。入力と出力が本当に1:1の対応だと、そこには何も挟む余地もないわけだから。それに意識だとか何か入れようとすると、行動のパターン、入力に対する出力がある程度フレキシビリティを持ってくれないとダメじゃないかな。 そういう意味ではやっぱり記憶学習と多種感覚情報処理、この二つを研究することで、それに近いようなことができるかもしれない。いまのところ僕がやっていたのは、典型的な行動パターン、本能行動の系だけだから難しいよね。

○よく昆虫の教科書に出ている話だけ聞いていると、「なんだロボットだ」という気がして来るんですよね。

■だからそこに、ちょっとした「何か」が出てきてるんだと思うよ、おそらく。定量的に扱うと確かに決まり切ったものになってしまうんだけど、当然フラクチュエーションはある程度あるわけでね。個性も当然ある わけだし。平均化したようなことしか言わなかったけど、フラクチュエーションていうのがさ、何かの重要性を持っているんじゃないかな。個性の生物学ってわけでもないけどさ。ただそこを扱う手だてが今まではなかったからね。

○今、ようやく少し探りはじめた、というところですか。

■そうですね。ようやく本能行動から、多種感覚情報処理、記憶学習の研究に移行する準備が整いつつあるところですね。光学的計測法なんかでね。それで取りあえずやってみようかと。できるかどうかも まだまだ分からないけどもね。そういうレベルですよね。今は。

○ええ…。

[18:入力から出力までをトータルに、システムとして押さえていきたい]

○最後はいろいろなことが分かってくるんでしょうね。そうなると、工学産物として昆虫を再現したいという野望が…(笑)。

■そうですね。でもむしろ、僕は自分たちがやってきた分析の結果が本当に正しかったのかという検証のために使いたいですね。思った通りに動いてくれれば、「ふーんやっぱりそうなのか」と思えるしね。

○最終的に全部のっけた場合、人間はそれを何だと思うんでしょうね(笑)? いやそれは人間の認知の問題だと言ってしまえばそれまでなんですけど、昆虫には「昆虫らしさ」っていうのがどこかありますよね…。

■単純にプログラムして動いているものと、環境との相互作用の結果として動いている動きとは、全然違ってくると思うんだよね。一概には言えない?昆虫の動きというのはやっぱりかなりのレベルまでprogramed behaviorだと思いますよ。それが環境と相互作用した結果、知的な動きのように見えているんだと思ってます。

○数年前の、A-lifeの人達が言ってたことはそんなことだったじゃないですか。一見複雑な動きの中にも実は単純な原理があったんだとか。

■でもあれはね、内部機構とか何も知らないでいってたに過ぎないわけでしょ。

○あれは逆に出てきた奴と似ているものを自然界から探していたようなところもあったみたいですからね。

■それはあっただろうね。でも、有効なツールになるかもしれないけどね。

○「かもしれない」と言われつつ幾歳月…(笑)。

■(笑)。まあだから、何か目的があって作るんならあれでも良いかもしれないね。僕らは目的のために仕事をしているわけじゃなくって、内部のメカニズムを知りたくてやっているわけだから。ベクトルの方向が全然違うでしょ。その結果としてロボティクスで統合するという方向だからね。

○なるほど。でもこういうお話を伺っていると、本当に工学部の先生と話しているみたいですね。

■でも僕はずぶの生物学者です。ここ7,8年工学部の先生方と一緒に仕事をさせてもらってるので、だいぶ影響受けたかもしれませんね。われわれの分析結果から匂い源探索ロボットを作ったりしてるけど、まだまだ満足していないけどね。 だから、またおもしろがってみんな一生懸命に仕事するんですよね。

○先生の興味はやっぱり、行動の解析、ということにあるんですか。

■入力から出力までをトータルに、システムとして押さえていきたいんです。ほとんどの研究は入力だけとか出力だけとか、あるいはその中のちょろっとしたとこだけとか、そういう研究が多いでしょ。

○「ちょろっとしたとこだけ」ですか(笑)。

■全体を通した仕事というのがないでしょ。脊椎動物ではそれはもの凄く難しいよね。その点昆虫ではそこを追いかけられる。昆虫のいいところですよね。

○どうなんでしょう、神経伝達物質とかそういうケミカルな部分も基本的にはこういう回路で置き換えられると?

■今はシナプスに適当にウエイトを与えてやるという程度しかおこなってません。今のところそれしかできないんです。たとえトランスミッターが同定されても、ある細胞とある細胞を同時記録して、一方を電気刺激してネットワークできている、ということを追うのはね、ちょっと厳しい。うちではトライしてますけど、凄い技術を要します。

○なるほど。

■逆にね、理論をやっている連中の中には、「ここまで明らかにしたんだからもういいんじゃないか」っていう人もいるるんです。固定化した行動についてはかなり明らかになったからね。ここまでで良いんじゃないかと。だから、どこまでやったとき、どこまで明らかにしたときに「理解した」っていうのかってこともあってさ(笑)。
 構成するニューロンが一通り分かってきた(と思ってる)。そしてこの領域とあの領域がこんな風に繋がっていて、ということも分かるよ、と。そこまで分かっていればもう「分かった」と言っていいんじゃないか。入出力が分かって、ちゃんと行動もするわけだし、それで良いんじゃないかという人もいるわけです。でもやっぱり、この中のネッ トワークが分からなければ、興奮が持続するメカニズムが分からないとダメだという人もいるわけでね。マチマチですね。

○当然、そうでしょうね。

[19: 理学工学共同研究のきっかけ、今後]

○先生ご自身は最初は何の研究を?

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■イベント:
◇東京大学地震研究所一般公開(8月2日(月)・3日(火) 10:00〜16:30)
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/KOHO/PANKO/index.html

◇関根浜港における海洋調査船「かいよう」入港歓迎式典及び一般公開並びに講演会について
http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/PR/9906/0629/0629.html

◇生化学若い研究者の会恒例、第39回夏の学校まだまだ参加者募集中!
 1999年7月31日(土)〜8月2日(月)愛知県労働者研修センターにて
 生命科学の最先端を担う講師22名の分科会、シンポジウム、研究交流会
http://www.seikawakate.com/natu/natu.html

■URL:
◇昆虫:ハエは名パイロット(Nature BioNews)
http://www.naturejpn.com/newnature/bionews/bionews990630/bionewsj-990630b.htm

◇「NASDA NEWS」7月号
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/News/News-j/212index.htm

◇個人で音楽を楽しむ文化を創造した“ウォークマン”誕生20周年(ソニー)
http://www.sony.co.jp/soj/CorporateInfo/News/199907/99-059/

◇宇宙をネタに楽しむサイト ブラックホール・ラボラトリー
http://www.wondersquare.dion.ne.jp/black-lab/

◇科学技術理解増進3ヶ年運動推進ページ(科学技術庁,科学技術振興事業団)
http://www.jst.go.jp/3kanen/index.htm

◇環境ホルモン情報集(神奈川の環境)
 http://www.fsinet.or.jp/~k-center/hormone/hormone.htm

◇七夕関連のHP集(横浜こども科学館、天文民俗学ページ)
http://www.city.yokohama.jp/yhspot/ysc/izumo/tanalink.html

◇科学哲学ML・ウィーンサークルML
http://www.grace.ne.jp/eve/katetu/index-ml.htm

◇環境自由大学 青空メーリングリスト
http://sv2.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/bluesky.html

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


NetScience Interview Mail Vol.060 1999/07/08発行 (配信数:16,515部)
発行人:田崎利雄【住商エレクトロニクス・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
tazaki@dware.co.jp
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