NetScience Interview Mail
1999/11/25 Vol.078
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◆Person of This Week:

【松元健二(まつもと・けんじ)@理化学研究所 脳科学総合研究センター】
                認知機能表現研究チーム 研究員
 研究:認知脳科学
 著書:朝日文庫『脳の謎を解く1,2』共著ほか

研究室ホームページ:http://www.brain.riken.go.jp/labs/cbms/

○認知脳科学の研究者、松元健二さんにお話を伺います。
 7回連続予定。(編集部)



前号から続く (第4回/全7回)

[11: 生々しい意識の研究を──情動の研究を目指して]

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○で、霊長研では何を?

■うん、最初、入試のときに「どういう研究をやりたいですか?」って聞かれるわけですよ。
 どう答えるべきか、ある程度は用意していくわけです。もともと「意識の生成」っていうのが一番の問題だと私は思っていたんだけれども、実際のところは非常に──視覚の研究なんかを見ていても、コンピュータの働きを見ているかのような、非常にドライな結果というのが出てくるわけですよね。
 こういうのを見ていても、我々が持っているリアルな意識の感じっていうのは、いくらこの方向で進めても分からないんじゃないかなというのがあったんですね。

○ふーむ。

■そこで、生々しいところからどうしても離れられないテーマを選んだら、そういう世界にアプローチしていけるんじゃないか。私はそう思ったんです。

○なるほど。

■で、そのときに考えたのが、「情動」の研究をしたいと。それを具体的にどうするかというのは、はっきりとは打ち出せるわけもないし、打ち出せるわけもないものを無理に出してもしょうがないので出さなかったんですけども、まあ「情動の研究をやりたいです」と言ったわけです。
 すると「情動っていうのは難しいですよ」と。「何が難しいか分かりますか?」ってきかれるわけですよね(笑)。

○ええ。

■情動っていうのは実際にコントロールしたり、何かパラダイムにあてはめたりといった、実験になかなかのらないところですよね。だから難しいんだっていうのはもちろん分かるんですが、それでもやりたいと。
 で、大学院に入ってから「具体的に何をやりますか」となるわけですよね。

○でしょうね。

■霊長研のシステムっていうのは、研究テーマは大学院生が自分で考えるんですよ、基本的には。
 Systems Neuroscienceの世界では、たとえばサルを使った場合には、サルにどういう課題をやらせるかというのがかなりクリティカルになってくるわけです。それで、こんな課題で、どこから記録して、どういう結果が出てくることを予想している、という話をするわけですね。
 で、こんなことを考えていますという案を持っていって、そんなんじゃダメです、と言われてまた戻ってきて考え直して(笑)、これでやろうと思います、そんなんでもダメです、とそんな感じのやりとりを何度もした末に、やっとのことで、具体的なテーマに落ち着いていくことになるんですけど。

○なるほど(笑)。

[12: 失敗に終わった痛みの研究]

■それで私がそのときに考えたテーマが痛みの研究だったんです。

○痛みの研究?

■なぜ痛みかというと、情動っていうのはたいていのものはhabituateしてしまうんですね。
 たとえばおいしいものを見せてやったら、食べたいな、おいしそうだなっていうのが起こるっていうのも、何度もやっていたらだんだん意味がなくなってしまうわけです。これは、Scienceで重視される再現性を出せないっていうことなんです。それで、そういうhabituationが起こってしまわないものといったら、痛みかなあと思ったんです。もちろん痛みでもある程度は馴れがあると思いますけど、痛ければ痛いし。

○そうですね。

■うん、それでいちおうスタートしたんですよ。ところが、なかなか難しいんですよ。まず痛みの刺激に何を使うか。針で刺したりとか、電気刺激を使うとか、そういう刺激と、熱ですね。機械的な刺激で、組織を傷付けたくなかったのと、逃げることの出来ない電気刺激を使いたくなかったので、私は結局、熱を選択して、熱かったらこういう反応をしなさい、熱くなかったらこういう反応をしなさいということをさせようと思ったんですが…。
 まあ熱を使おうと思ったら、刺激のonsetが分からないんですね。つまり開始時点です。光刺激の場合は、パッとモニターがついたとき、これがスタートだと言えますよね。
 ところが、サーモードを作って掌に当てておいて、温度をくっと上げてやると。そして反応させようとするとしますね。そうすると、サーモードの温度はやっぱり徐々にカーブして上がるというのと、皮膚がある種バッファみたいになっちゃって、すぐに情報が伝わらないんですよね。本当は、一次知覚神経の終末部分の温度をこそモニターしなきゃいけないんだけれども、それができない。体温もありますし。
 基本的には体温と同じにしておいて、それからどのくらい上げる、ということをやるわけですけども、なかなか開始時点が決められないので、刺激として非常に汚い。

○なるほど。

■それと、熱いかどうかということを見ているのか、それとも温度が高い低いということだけを見ているのかということも、わかりにくいんです。いちおう50度以上だと熱いとか熱くないと、閾値は決まるんですけども、それよりも上か下か、熱い/熱くないっていうのと、温度が高い/低いっていうのが同じになっちゃうんですよね。

○どういうことか、もう少し具体的に。

■20度と30度の弁別っていうのをさせようと思ったら、温度が高い低い、これしかないわけですよ。どちらも熱くはない。60度と70度もそういう意味では同じで、どちらも熱い。この両方をやればいいかもしれませんが、そうすると、サルは熱いか熱くないかということによって、行動を変えているとは言えなくなる。

○そうですね。

■それだったら、麻酔下の実験や、もっと簡単な処理をしている低次の領域を調べればいい。だから50度位をはさんで、例えば、40度と55度の弁別をさせます。すると、温度が低いのと高いの、という違いだけでなく、熱くないのと熱いのと、いうように、二重の意味がついてしまうわけです。そのうえ、サルの場合、熱いか熱くないかを喋ってくれないわけですから、ほんとうに、熱い熱くないを基準として温度の弁別をしているのかどうかが、よく分からない。

○なるほど。

■それともう一つ問題だったのは、動物福祉の問題っていうのもあったんです。痛みの実験を始めるときに久保田先生から条件を出されたんです。「痛みを感じたときには、すぐに逃げられなければならない」と。だから痛みを感じているか感じていないかということを区別しないといけないのに、痛みを感じたらすぐ逃げることができるっていうことになってしまうと、十分に調べられないわけですよ。

○ああ…。

■本当は痛みを感じている時間を一定時間作って、あるいは痛みを感じていない時間を一定時間つくって、その違いを後で、同じタイミングで、異なった行動として答えさせるというのが実験パラダイムとしては一番きれない形なんですが。痛いと思ったらすぐに離さなければならない。で痛みを感じていないときはずっと離さないということになると、反応自体が変わっちゃうわけです。反応のタイミングも変わるし、反応のパターンも変わる。それに、刺激の質の違いだけじゃなくて、刺激時間まで変わってしまう。
 となると、熱い熱くない、痛い痛くないを見ているのか、単に運動のタイミングの違いが反映されているのか、また刺激時間の違いを見ているのかっていうのが区別できなくなっちゃうんです。

○それはデータを取ったときの話ですね?

■ええ、実際に起こった問題というのは、温度弁別がうまくできないと。熱くなるとサルがガマンしたり避けたりとかするんですが、それらが、温度刺激の弁別として、課題の遂行に反映されてこない。

○一番最初に伺った訓練の話の繰り返しになっちゃいますが、もう一度伺えますか。サルにどうやってガマンさせたりするんですか?

■ガマンさせたらダメなんですよ。ダメなんですけど…。
 正確に話した方がいいですね。実際にやっていたのは、まずレバーを押させるんです。押して一定時間するとサーモードの温度が上がってくる。そのあとに「反応しなさい」という合図をサルが見ているモニター上に出してやる。そのときに前のパネルを触るか、手を引く、ということをサルはします。

○そういう訓練を事前にサルにするわけですね?

■ええ。訓練を具体的にどうやってやるかというと、最初は視覚刺激を区別させるんです。緑だったら前のパネルを触る、赤だったら手を引くと、そういうことをさせるんですが、それと同時に温度も与えてやります。そして刺激の重要性を視覚刺激から熱刺激にだんだん変えていきます。視覚刺激は区別するのが簡単で、熱刺激は難しいですから、最初は視覚刺激だけで区別できるような条件でやります。それができたら、温度の刺激を入れてやる。そして視覚刺激をどんどん難しくしていくと、ある時点で視覚刺激に頼ることをあきらめて、熱刺激を区別するようになることを期待するわけです。

○なるほどねー。水を制限して、サルにそういうことを教え込むというお話でしたね。
 それにしてもサルも大したもんだなあ。自分でルールを発見するわけですよね? 人間でも結構難しいような気がしますが。
 本題に戻りますが、温度で痛みをみるという実験は、けっきょくうまくいかなかったんですか。

■ええ。視覚刺激から熱刺激への弁別にうまく変更できなかったんですよ。最後まで視覚刺激に固執してしまって、視覚刺激が弁別できなくなると、チャンスレベルまでパフォーマンスが落ちてしまった。  もともと、周りからは「そんな研究やめたほうがいい」と言われたんですけどね(笑)。

○(笑)。

■そういう中でわりと私が固執的にやってたもんだから、まずいんじゃないかと心配してくれた先輩達が教授と話をして上からストップがかかったんです。教授から「そのプロジェクトは棚上げにしなさい」と言われて。

○まさにドクター・ストップですね(笑)。

[13: 前頭眼窩皮質の研究へ]

○それで次の奴は?

■視覚刺激の弁別をテーマとしたプロジェクトの一つです。タスクとしては、それまでその研究室で進められていた側頭葉の研究で使ったのと同じものでやりましょうと。そのときに指導してくれた中村さん自身も、もともと情動に興味がある人だったんですよ。で、中村さんが「君はもともと情動に興味があるようだし、次に自分が狙おうと思っていたところでもあるから、前頭眼窩皮質をやってみたらどうか」と勧めてくれたんです。

○なるほど。ここで今のご研究へと繋がってくるわけですね。で…?

■ええそうです。前頭眼窩皮質というところは、当時、今もですが、何をやっているかは分からないけれども、何らかのやり方で行動に情動の色をつけるような領域と考えられていて、そこは是非ともやってみたいところだったんで、二つ返事でOKして、やりはじめたんです。

■そのころっていうのは……。有名なHMの症例ってありますよね。あれで海馬が記憶に重要であると決定づけられた有名なやつ。

○ああ、1953年、側頭葉中央部を切除されたH・M氏が、新しく何かを記憶することが不可能になったという症例ですね。短期の記憶を長期記憶に変換する能力がなくなったと。

■ええ。サルの破壊実験で、ミシュキンによるものなんですが、海馬と扁桃核を両方を破壊したときに──再認記憶って言いますけども──視覚刺激を見たときに、それを過去にも見たことがあるかを分かるかどうかっていうことを調べた実験があるんです。するとその両方、海馬と扁桃核を破壊したときに非常に効果が大きくなると。だからその二つが再認記憶に重要なんだろうと彼は考えた。
 でもそのときに、海馬とか扁桃核っていうのは中のほうに入っているんで、その下の皮質の部分、嗅周皮質って呼ばれる領域も同時に傷つけてしまう。それに海馬と扁桃核のどちらか一方だけを破壊するよりも、両方を破壊したときの方が、その嗅周皮質もたくさん傷つけてしまってる。だから実はその嗅周皮質が再認記憶に重要なんじゃないかということをゾラ・モーガンとスクワイアが言い出したわけです。

○なるほど、そういうことも当然考えられますね。

■で、実際に嗅周皮質に焦点を絞った破壊実験や記録実験で、嗅周皮質が再認記憶に非常に重要であるということが分かってきたんですけども、ここら辺りは、コラムがあるかないかということもまだよく分かっていないんです。
 まあそういう流れで、皮質のいろんな領域、特に前のほうの下の方が、recognition memoryにどう関わっているんだろうというテーマがあったんです。

○前のほうの下の方?

■うん、その嗅周皮質とか、側頭葉の横の溝の中。STSって言われている、側頭葉の横にある、サルだったらはっきり見える溝なんですけども、霊長研ではその二つの領域で、すでに調べられていたわけです。それで、周嗅皮質と解剖学的に繋がっているところで、前頭葉の下の方にある前頭眼窩皮質から記録を取ろうと。  時代の流れとしてはちょうど周嗅皮質周辺が再認記憶と関連して注目されているときに、その周嗅皮質と解剖学的に繋がってて、破壊効果としても同じ様な効果が出るという報告のある前頭眼窩皮質にも仕事を拡げようと。

○なるほど。
 そこから今の研究に繋がると。

■そうですね。

[14: 視覚再認課題時の反応選択制を前頭眼窩皮質で調べる]

■まあそういう経緯で、前頭眼窩皮質から、視覚再認記憶課題を使って記録するということになって始めたんですよ。

次号へ続く…。

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◇NTTアドバンステクノロジ、情報通信技術の専門家集団が技術や製品に対する“目利き”をする「メキキ・サービス」を開始 http://www.ntt-at.co.jp/newsrelease/991116.html

◇コンパックと富士通が科学技術系アプリケーションで協業
http://www.fujitsu.co.jp/hypertext/news/1999/Nov/16-4.html

◇第13回『日本IBM科学賞』受賞者決定
http://www.jp.ibm.com/NewsDB.nsf/1999/11172

◇女性研究者・技術者のためのウェブサイト「K3−NET」
http://k3-net.uc.to/

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NetScience Interview Mail Vol.078 1999/11/25発行 (配信数:20,061部)
発行人:田崎利雄【科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
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