NetScience Interview Mail
1998/11/05 Vol.027
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◆This Week Person:

◆This Week Person:
【中澤港(なかざわ・みなと)@東京大学 大学院医学系研究科 国際保健学専攻 人類生態学研究室 助手】
 研究:人類生態学
 著書:大塚柳太郎,片山一道,印東道子(編)『オセアニア(1)島嶼に生きる』
    東京大学出版会, 東京, pp. 211-226(分担執筆)
    ほか

 ホームページ:http://www.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm

○今回は生態人類学の応用について伺います。
 6回連続予定。(編集部)



前号から続く (第3回/全6回)

[04: 文化人類学との違い 〜再び人類生態学とは]

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○率直に申し上げて良いですか? いまお話伺った感じだと、文化人類学と何が違うのかな、という気がするんですけど。<人類生態学>とわざわざ言わなくても、文化人類学という範囲に入れてしまえば良いんじゃないかと思うし、実際に同じ様なことはやっているんじゃないですか?

■文化人類学との違いは、測るかどうかですね。定量化するかどうか。それと、文化人類学という学問は、最近は「分かる」と思っちゃいけないとか言いだしているんで…。

○悪い意味での哲学的なことを言い出しちゃってるわけですか。

■ええ…。人類生態学と一番近いのは「生態人類学」という学問です。もっとも生態人類学っていうのも名前を冠した講座もあまりないんですけどね。東大の人類にはあるんですけど、いまは生態ではなくて数理モデルやっている青木健一先生っていう遺伝研から来た方が教授なんで、生態ではないんです。生態人類やっているのは京大の人類進化とかですね。

○生態人類というのは進化を扱うんでしたっけ。人類生態というのは適応を扱うんでしたよね? 教科書とか事典的な定義とかでは。

■そうですね。教科書にはそう書いてありますね(笑)。ある意味では、同じことを別の側面から 見てるだけなんで、最近はかなりオーバーラップしてます。
 「進化を見る」っていうのはどうしてこう変わってきたのか、という見方をするわけですよね。で、「適応を見る」っていうのは、原則的に、長い間こういう暮らしをしてきたんだから、その人達はその環境に適応しているとみなすわけです。それで、その暮らしが、「どのように」環境に適応しているか? と見るわけです。だから変わりつつあるところとかだと何も言えなくなっちゃうんですけどね。

○要素を抽出しづらいからですよね。数として扱いにくくなる。
 パプア・ニューギニアとかをフィールドとして選んでいるのは、やっぱり要素を抽出しやすいからですか。

■そうですね。ただ、一概には言えないんですけどね。
 文化人類学でこういうところをよくフィールドに選んでいるのは、伝統的に西洋文明から異文化を見ると? というところがあったからだと思うんです。
 一方、人類生態がこういうところを選んでいるのはなぜかというと、調査をする上で、あんまり大きな集団だと調査がしにくいんですよ。ギデラの人も2000人くらいなんです。ある一定の空間の中にこのくらいの人数しかいないようなところじゃないと調査しにくいんです。

○なるほど。

■それと僕は、わりと地球モデルとかに興味があって。
 国連とかが発表している二次資料を基にして、地球規模の人類の生存のモデルを作っている人がいるんですよ。物質循環とかを考えたら地球規模で起こっているわけですからね。環境ホルモンなんかは特にそうですね。
 そういう地球規模のモデルっていうのはよく見るんですけど、細かいところを見ると、一つ一つのデータの質が、全然信用できないっていことが、こういう個別の調査をしていると分かって来るんです。「そんなこと言えるのか」って思って、なかなかフィールドの世界から抜け出せないんですよ(笑)。

○地に足がついてない、って思っちゃうわけですか。地球規模なんて扱えるレベルじゃないんじゃないか、と? でも逆に、グロスで捉えたほうがはっきり出るってこともあるんじゃないですか。

■ええ、ありますけども、データの質っていうのがやっぱり大事なんです。ある人の血液を測って、血液中の血清鉄レベルが0.5mg/lだとか1mg/lだとかいうときに、どういう測定法を使ったかで意味が違うんですよ。二次資料を使うときにはどういう測定法を使ったかっていうのは分からないことが多いんです。そうすると二次資料を使う気がなくなっちゃうんですよ。

○たしかに。

■ええ。でも、難しいんですよね。食べ物の中に鉄が100mgとか入っているとか言っても、一つの食べ物がどれくらいの鉄を含んでいるかということから計算するわけですが、簡単に考えると、食べ物の中の栄養素なんか食品成分表で調べればいいじゃないかと思っちゃうんですけど、微量元素っていうのは、土壌の元素含量によって全然違うし、調理法によっても変わるんで、やっぱり一々考えないと。

○経口摂取した量=体内摂取の量でもないですよね。

■ええ、違いますね。

○そうやってパラメーター考えていくと無限にパラメータが増えていっちゃいますよね。どこまでやればいいのか。そういう疑問は出てこないですか。

■それは、いま僕が考えているところでは、できるだけパラメータを増やしてやる。で、何がしたいかというと、例えば、何かinterventionしたときに何が起こるか知りたいんですよ。
 実際、ギデラの地域でも、真ん中に太い道路を通すという計画があるんですよ。道路を通したときに何がどう変わるだろうかと。そういうことが知りたいんですよ。

○聞けば聞くほど「シム・シティー」みたいな気がしてきますね(笑)。人間の数を増やすとどうなるかとか(笑)。

■こっちは別に増やすことが目的ではなくて、その集団が最終的に滅びないでいるためにはどうしてきたのかということを知ることが目的なんです(笑)。この研究室は特に「国際保健」ってところなんですけど、今は国際的に医療援助なんかあるでしょ、WHOやJICAなんかでも薬ばらまいたりしますよね。そうした時に何が起こるか知りたいわけです。

○なるほどなるほど、じゃあ実利的な意味もかなりあるわけですね? よかれと思って道路をバーッと引いたらそこの部族が全滅しましたとか、そういうことにならないように予測する、っていう側面もあるわけですね。

■ええ、ええ、そうです。ただ、そういう予測をしようと思ってシミュレーションをやってるのは僕だけなんで(笑)、それが人類生態学かというとちょっと違うんですけど。

○予測しようとすると、調査によっていろいろなパラメーターが増えていくと、あとになってみると浅智恵でした、ってこともでてきそうですね。
 他の先生はどういう視点なんですか。

■長い間その暮らしをしていれば、適応している、とまず考えるわけですよね。そうするといろんな側面から見て、その人達はどういう適応をしているかをまず観察すれば、取りあえず面白いわけですよ。その環境に対してね。

○ふーむ。僕個人の感想ですが、それだけ、記載だけだと「だからどうしたんだ」という気がしますね。記載の重要性は分かりますけども。たとえばパプア・ニューギニアの人と東京の人だとどうしてこんなに生活が違うのか、といったことが分かれば面白いように思いますが。同じ個体なのに、なぜこんなに違うのか。人間の行動や適応に、共通原理みたいなものはないのか、という気がどうしてもしちゃいますね。そういうものを求めちゃいけないのかもしれないですけど。

[05: 東京湾近辺に住んでいる人たちへの適用]

■僕がいまやっている奴で、文部省から科研費をもらってやっているのは、このギデラ でつくったモデルを、東京湾近辺に住んでいる人に適用しようとしているんですけどね。

○どういうものなんですか。

■まだ全然、可能性を探っているくらいのレベルなんですけど(笑)、産まれて、結婚して、子供を産んで、死ぬっていうのは同じですよね。それに関してはパラメーターを変えればすむことなんです。出生率とか、死亡過程とかのパラメータを変えればいい。

○死亡過程? 

■ヒトの死亡率って、最初の0才のときがぐっと高くて、そのあと落ち込んで、老年になってくるとまだ上昇する、っていうカーブを取るんですね。最初の部分は初期故障なんですが、老年期のほうは「Gavrilov and Gavrilovaの雪崩モデル」っていうのがあるんです。これは、故障っていうのは、一つ一つの原因が溜まっていって起こるんだという考え方のモデルです。あるところに来たらダダッと死ぬ、と。溜まっていく故障には、遺伝的なたまりやすさという要因と、外部からのイベントという二つの要因があるんですけど、その二つのパラメータをいじれば、どこでも死亡過程というのは再現できるだろうと思うんです。

○なるほど。

■もっとも出生に関しては、まだ全然分かってないんですけど。人がなぜこういう間隔で子供を産むのかということが、分かってないんです。

○社会学的にみて、どういう理由で、ある特定の間隔で子供を産むのかが分からないということですか?

■ええ、ミクロに見て、どのくらいのカップルが、どのくらいの間隔で子供を産むのかがどうやって決まるのかは、分かっていないんです。

○どのファクターが効くか分からない、ということですか。

■ええ、そうです。分かっていないんですけど、現象として、どのくらいの人がどのくらいの間隔で産んでいるか、いまどのくらいかは分かるんで、出生はそれですましているんです。一番難しいのは結婚なんです。これはさっぱり分からない。ここでやろうとしているのは個人レベルのシミュレーションだから、いまの値っていうのはそのままでは使えないんです。

○どういうことですか?

■何歳と何歳の人が結婚しているということが分かっても、結婚のルールが分かるわけじゃないから。シミュレーションするにはルールがないとダメなんです。

○え? でも、何歳くらいになったら何%くらいの人が結婚する、っていうルールはあるんじゃないんですか?

■それは一つのルールですけど、でも、どういう人が結婚しやすいかとか、相手をどうやって捜すかは分からないでしょう。

○そこまで考えるんですか。なるほど、外から流れ込んでくる人のほうも考えないといけないんですね。

■ええ、そうです。だから難しいんですけど、分かんないからそこは適当に(笑)。
 世界的にみても、結婚のモデルっていうのをちゃんとやっている人っていないんです。80年くらいにコール・マックニールの結婚モデルってのが出て、平均初婚年齢は何歳くらいで、初婚確率はどのくらいだといったものはあるんですけど、カップリングという形では、年齢分布を考えている人すらあまりいないんです。アメリカのドレクセル大学のモードっていう人が85年に本を書いてまして、たぶん彼が第一人者なんですが、Farlie-Morgenstern関数という…二変量分布関数を夫婦の結婚年齢の分布にあてはめています。二変量分布関数を使った研究も最近増えてきましたけど、それくらいで、年齢以外の要因については、これはもう全然分かっていないんです。だから日本にしても、推測のまま当てはめようと思ってるんです。
 あと、環境要因は全然違うんです。たとえばギデラの人達が住んでいるところは、上流に鉱山があって、そこから重金属が流れ込んでいるんじゃないかと言われているんです。水質検査もやってないし、データはとれてないんですけど。そういうやり方で、東京湾も環境汚染が起こったら、アサリを捕っている漁民はどういう影響が出るか。

○それ、どういう結果が出ても色んなところから色んなこと言われそうですね。

■ええ、そうですね。でも僕は自分が生きているところの環境をシミューレションで見てみたいんです。

○で、実際はどんな感じなんですか?

■いまやりだしたところなんで…。ただ、ギデラの人達だと多少環境が変わっても暮らし方を変えられないかもしれないんですが、東京だと、海が汚れている、貝がとれなくなったらもう漁はやめよう、ということになるかもしれないじゃないですか。少なくとも選択の幅は広いですよね。

○情報も多いですし、収入を得る手段も他にもありますからね。それでどう動くかということも考えていくと、ますます「シムシティー」みたいですよ(笑)。

■まあ、そんなに簡単にできるとは思ってないんで、生きているうちにできるといいな、くらいなんですけど。

次号へ続く…。

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