NetScience Interview Mail
1998/11/26 Vol.030
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◆This Week Person:

◆This Week Person:
【中澤港(なかざわ・みなと)@東京大学 大学院医学系研究科 国際保健学専攻 人類生態学研究室 助手】
 研究:人類生態学
 著書:大塚柳太郎,片山一道,印東道子(編)『オセアニア(1)島嶼に生きる』
    東京大学出版会, 東京, pp. 211-226(分担執筆)
    ほか

 ホームページ:http://www.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm

○引き続き人類生態学の研究者、中澤港氏にお伺いします。今回が6回連続の最終回です。(編集部)



前号から続く (第6回/全6回)

[14: 日本の人口はもっと減ってもいい]

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○日本の人口がやがて下がる、っていう話がありますね。あれはどうなんですか。

■政府は、それでは困ると言ってますね。だからもっと増やそうと。
 でも僕は、減ってもいいと思うんですけどね。もっと減っても良いと思う。日本やアメリカのヒト一人が使うエネルギーはインドやアフリカのヒトの何十倍も多いですから。

○政府が言っているのは、富国強兵的な考え方の延長で言っているわけでしょう?

■それと、経済ですね。国力ということだけでなしに。人口構造の中で老人と子どもの占める割合が高くなれば購買力の高い層がなくなって経済が停滞する──って、もう停滞してますが──そう思ってるんでしょうね。

[15: ヒトはなぜここまで増えてきたのか]

○産業革命というイベントは、どのくらい人類の人口増大に効いていたんでしょうね。影響が大きかったのは間違いないでしょうけど。

■そうですねえ。面白いとは思うんですが、人類生態学ではあまり過去や歴史は扱わないんです。一般には年を横軸、推定人口を縦軸に両対数でとったDeeveyの階段とかみると、たしかに18世紀くらいにがっと増えてますけどね。化石エネルギーを使うことの生存への影響って考えると、介在する要因が多すぎて難しいです。
 医療の発達がなかったらこれだけ増えなかったことは間違いないですが…。

○適応っていうことだとどうなんでしょう? 人間の場合、適応力が大きい、っていうじゃないですか。

■環境を変えられるから大きい、っていいますよね。でも僕の言葉では「適応」っていうと、長い間生きていれば、その環境に適応している、と。生きてさえいれば。

○集団単位で捉えると、ということですね。その考え方でいうと、人間はよく適応していた、ということになりますね。

■そうですね。

○じゃあ、環境問題とかあるけど、今のままでいいじゃん、っていう風にも考えられますが(笑)?

■だから、次の一手を打つ前に、環境からのループを考えましょう、ということですね。例えば核融合の技術ができたときに、運転し始める前に、どういう影響が出るか、まず考えましょう、ということです。本当は…。

○産業革命の前にいろいろ考えていたほうが良かった、ということですか。

■そうですね。

[16: 人類生態学は自然科学]

○人類生態学は社会科学ですか、それとも自然科学ですか。

■自然科学です。

○それはどうしてですか。「人類」というものは、常に社会と不可分ではいられないし、そこは社会科学が扱っているところですよね。でも自然科学であるというのは?

■分析の手がかりを何にするかということですね。文化人類学は言葉を手がかりにするんです。人類生態学は言葉以外の、測れるものを計測して、それを手がかりにするんです。それと、ポッパーの経験的価値の高い仮説というのを重視するので、作業仮説なりなんなりを作る上で、反証可能性の高い仮説を作るから、自然科学ではないのか、と僕は思っています。
 聞いて出てきたことというのは、聞き手と話し手のフィルターにすごく依存するんで、その場でしかもう再現できないですよね。そうなると、そういう手法をとる学問というのはなんなんだろうと思っちゃうわけです。なかなか難しいですけど。

○なるほど。でも測れないところもあるわけじゃないですか。そしてそういうところが大きく効いてくることも。

■そうですね。でも、「食って出して寝る」っていう部分だけでも、まだ1%もできてないと思うんですよ。

[17: 進化と適応]

■進化と適応っていうのは、一つの物事の断面を、縦で見るか横で見るかだけの違いですから、人類生態学者も進化っていうのは関心があるんですけど。
 例えばHLA測ったときに、マラリア抵抗性遺伝子が多いっていうのは、マラリアが多い地域に適応している、っていう風に見るわけですけど、本当は、マラリアの側も抵抗性をかいくぐるように進化しているわけですよね。100年くらいのスケールだと、そういうことは考えないことにしているんですけど。
 でもそれもですね、マラリアだけに絞ってみてもあまり研究が進んでいなくて。マラリア原虫の薬剤耐性と、ヒトの遺伝子の共進化っていうのがちょろっと出てきただけですよ。

○でも、それは面白そうですね。

■ええ。マラリア原虫のゲノムをマッピングして、この部分が薬剤耐性に関係している、とか言っている人は山のようにいるんです。ヒトのゲノムでHLAがどうこう、といった遺伝疫学的なことをやっている人もいます。でも共進化の数理モデルっていうのをやっている人は少なくて、世界でも、論文はまだ2,3本しか出ていないんです。
 特に分からないのは、マラリアは蚊が媒介するわけですが、その媒介の速度が速い地区と、そうじゃない地区があって。どうも、最近言われているところによると、タイのような伝搬速度が遅いところのほうが重症化しているらしいんです。で、薬剤耐性も進化しやすい。逆にソロモン諸島のように早く伝搬するところは重症化しにくいし、薬剤耐性も進化しにくいらしいんです。

○なるほど。それは、よりヒトに適応しているからですか。

■ええ。ヒトも原虫も、互いにずっといると適応しやすいんじゃないかと。

○それが具体的にどう起こっているかは分かってないんですか。

■ええ。分かってないんです。そういう意味では、ほうっておいても良いのかもしれませんけどね。
 だから今、なるべく、トータルな見方をしたときに、どう生きて行くべきか、ヒトは条件を変えたときにどうなるのか、ということを知りたいわけなんですけどね。

○なるほど、そうですね。知りたいですね。

[18: 人類生態学の研究者へ 〜きっかけは『複合汚染』]

○最初、この世界に首を突っ込んだときからそういうことをお考えになっていたんですか?

■ああ、僕がこの世界に入ることになったきっかけは、小学校6年の時に、有吉佐和子さんの『複合汚染』を読んだからなんですよ。環境汚染物質が何種類か重なったときの影響は分かっていない、というのを読んで、これを研究したいと思ったんです。考えてみれば環境汚染物質というのは人が作りだして環境にばらまいたものですよね。または他の動物かもしれませんけど。そうなると、とにかく人を含めて全部見ないといけない。

○それで「人類生態学」だと?

■そうですね。もっとも学部入ったころには揺れていたんですけど。学部の2年の時に進学振り分けというのがあって、生態学っていうのは基礎科学科と、ここだったんですけど、そっちへは行けなくて(笑)。それでこっちになったんですけどね。今はこっちに来て良かったと思ってますが。

○それはフィールドでの体験をベースにして、そうお思いになったんですか?

■そうですね。
 そんなふうに、小学校の頃から生態学の研究者になるんだと決めてて、中学高校でも生物だけ一生懸命やってて。生態学って、生物同士のインタラクションを知る前に、生物の中身を知らないといけないから、それまでの知見というのを一生懸命勉強したんですよ。高校生までに。だから大学入ったときは、生物だけはできました。岩波の『生物学事典』ってあるじゃないですか。あれをほぼ全部読んで覚えていました。

○それはほとんどマニアの世界ですね(笑)。

■そのあと2年くらいしたら半分くらい忘れましたけど(笑)。大学選ぶときに、生態学をやろうと思うと、日本では、千葉大の理学部生物の生態学と、京大にもあったんです。東大だと理学部とここだったんです。当時はそのくらいしか選択肢がないと思いこんでいたんです。あとから考えたらどこにいても、っていうか他にもあったんですけど。当時は千葉大に沼田真さんていう生態学の大先生がいたんで、そっちへ行こうと思っていたんですけど、下らない理由でこっちを受けたんです。共通一次の点数が良かったんで、東大でも行けるや、と思っちゃって(笑)。

○(笑)。われわれの世代ではありがちですね。

■でも一浪したんですけどね。一度落ちると今度は意地になってしまいまして。全く下らない選び方でした。
 でも東大の駒場っていう制度は非常によくないです。理系でも、人文社会を4科目とらないといけないんです。この4科目にはわりと点数が獲りやすい科目とそうじゃない科目があって、獲りにくい科目に面白そうな講義が多いんです。僕も迷ったけど、点を獲るために講義を選ぶってのはなんか変なんじゃないかと思って、面白そうな方を取りました。
 で、理系の科目がつまらないんですよ。生物でも、高校で分かっているようなことばっかり教えるから。なぜかっていうと、だいたい物理化学で入るから、生物とっていない人もいるわけですよ。そういう人達のために、単なる「知識」として教えるんですね。知識として教えちゃうと、全く面白くないわけですよ。

○でもそれを言い出すと、いまの「高校」という制度そのものが、そうなんじゃないですか。

■ただまあ、高校生のときは、ある意味仕方ないかな、と。

○大学生にまでそんなことするな、ということですか。

■そうそう。全く面白くなかったですね。僕は物理ができないんですよ。数学は分かるんですけど、単位が付いている数字は分かんないんです。

○でも数理生態っていうのは単位がついている世界でしょ。

■いや、だから簡単な単位は分かるんですけど、難しい…人の名前が単位としてついてると拒絶反応を起こしてしまうんです(笑)。で、物理が分かんなかったんです。分かんない、と思いこんでいるだけだったかもしれませんが。それと今の研究の選択が関係あるとは思いませんが、まあ、結果としてここにいるんです。
 ここって、もともとは保健学科っていうんですよ。いまは大学院は国際保健学ですけど、学部は健康科学・看護学科っていうんです。それで、名前が変わったせいもしれませんが、毎年、看護志望の学生がいっぱい来るんです。逆に、年々、human studyってことに興味のある学生は減っていて、まずいんですよ(笑)。

○それは仕方ないのかもしれませんね(笑)。

■いわゆる保健、つまり保健管理学とかもあるんですけどね。保健学科に来るっていうのは、あんまり志向性がある人がいなくて。しかも教室教室で、講義なんかもあんまり関連がなくバラバラですから、志向性なしに来た人は困ると思います。僕は最初から人類生態学をやりたいと思って来てましたから困りませんでしたが、多分、駒場でぼうっとしていた人は、やっぱり困るでしょうね。

○大学院くらいになったら大丈夫でしょう?

■でも、別の大学から入ってきた人が多いんですよ。4年で研究室に配属されるんですが、院に上がっても、他の研究室に行っちゃうか、就職ですね。人類生態には来ない。
 駒場の教育から、人類生態学をやろうなんて人は出ないんじゃないかと思います。僕の先輩たちも、小学校の頃から思いこんでいた人が多いですね。少なくとも僕はそうでした。

○よくそれだけモチベーションが続きますね(笑)。

■ええ、まあ(笑)。最近ウチの学科に来る学生には、精神衛生を学びたいという人が多いですね。毎年1/4くらいいます。研究者になろうという志向性ではなく、なんとなくそういうことを勉強しておきたいってことらしいですけど。

○なるほどね。精神衛生に興味を持つ人が多い、っていうのはなんとなく分かりますけど。カウンセリングにみんな興味があるわけですか。カウンセラーになるんですか?

■いや、そうでもないんです。なんとなく異常心理とかに興味がある、という人が多いようです。

○でもそういう人は何をやるんですか、卒業したあとは?

■普通の就職ですね。それはよくないと思うんですけど。特に東京大学のようなところがそれでは…。文部省の予算の10分の1近くが東大に振り分けられているのに、そんなことでは…。ちゃんと数字を見たわけじゃないですけど、よくそう言われているんです。研究補助金とかみんな合わせるとそのくらいになるらしいです。

○なるほどね。防衛大学と自衛隊の関係みたいですね(笑)。冗談はさておき、東大は日本の最高学府を看板に掲げているわけですからね。頑張って頂きたいものですが。

[19: 人類生態「学部」を]

■本当は人類生態学って、アメリカだとCollegeなんです。College of Human Ecologyってところが多くて、Department of Human Ecologyでも、教授が40人くらいいて、スタッフ全員で100人くらいいる、ってところが多いんですよ。なにせ、包括的に調べようと思ったらそのくらいいないとできないじゃないですか。ここみたいに、一つの研究室でスタッフ4人でやろうというのはそもそも無謀なんですね(笑)。

○でもあんまり分けていくと、逆に本末転倒、ということになりかねないですよね。

■そうですね。卒業生は、人類生態「学部」を作って欲しいとよく言ってますけどね。
 先日、駒場の学生に研究室の中の状況を教えるっていうのがあったんですけど、二人しかこなかったんです。もちろん僕らの広報不足もあると思うんですけど、学生の側も、「何をやりたいか」ということをもうちょっと考えてもらいたいと思うんです。もっとも大学生になってからでは遅いのかもしれませんけど。
 高校生らにもっと情報が行き渡るようになると、良いと思うんですけどね。そうして、一生をかけてやりたい、と思って研究室に来て欲しいなと思います。

○なるほどね。中澤さんはそうやってこちらにいらっしゃるわけだし。
 そういう方だから研究者になれるんでしょうね。

■いや、僕みたいなのは「研究者にしか、なれない」んですよ(笑)。

○そうとも言えますか(笑)。
 本日は、どうも有り難うございました。

【1998/09/17 東大本郷キャンパスにて】

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*次号からは火山の研究者、中田節也さんへのインタビューをお送りします。


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 講師:甘利俊一(http://www.bip.riken.go.jp/irl/amari/amari.html)

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