NetScience Interview Mail
2000/11/02 Vol.120
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【隅藏康一(すみくら・こういち)@東京大学 先端科学技術研究センター 知的財産権大部門・科学技術財産法分野】

 研究:知的財産政策・知的財産法
 著書:蛋白質核酸酵素・9月増刊号『再生医学と生命科学---生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(共著、発行:共立出版)
    『ゲノム創薬の新潮流』(共著、発行:シーエムシー)

ホームページ: http://www.bio.rcast.u-tokyo.ac.jp/~sumikura/

○知的財産政策・知的財産法の研究者、隅藏康一さんのお話をお届けします。
テーマは「科学技術と特許」。
ゲノム・プロジェクトやバイオ産業の進展とともに、いま科学領域内外から注目を浴びているジャンルです。(編集部)



○最近、「遺伝子ビジネス」とか「ゲノムビジネス」といった言葉が普通のビジネスマン向けの雑誌とか、新聞紙面にも登場するようになってきました。そして「遺伝子特許」という言葉も。そこで本日は、生命科学や科学技術と特許といった話を伺いたいなと思いまして…。

■分かりました。

[01: 「ゲノム創薬」とは「遺伝子解析の成果に基づいて医薬品を作ること」]

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○普通だったら遺伝子とは何かとかDNAとは、といった話からすべきものなんでしょうが、その辺は分かって頂いているものとして、話を進めたいと思います。ではまず、「ゲノム創薬」という言葉が最近よく聞かれますね。「ゲノム創薬」とは一体なんなんでしょうか。

■はい。ゲノム創薬といっても定義は人によって様々だと思うんですけど、新しい遺伝子、これまで知られていない遺伝子を手に入れて、創薬に向けた開発研究を行うことを指します。遺伝子の塩基配列を解析し、それがコードするタンパク質の機能や構造が解明されたとき、それがどういうことに繋がるのかというと、主に医薬品としての用途と、研究用──さらに研究をすすめるための用途と、そして診断用としての用途に大別されます。

○はい。

■たとえば、「遺伝子医薬」ですね。レプチンとかインターフェロンとか、それ自体が薬として使えるもの。

○なぜ、わざわざ「遺伝子医薬」と呼ぶんですか。普通に「医薬品」と呼べばいいじゃないですか。結局のところのターゲットは、特定のタンパク質だとかレセプターですよね。それをなぜわざわざ、頭に「遺伝子」と付けるのか。

■そうですね。インターフェロンとレプチンは性質がちょっと違いますね。
 インターフェロンはもともとそいうタンパク質があると分かっていましたから。細々と抽出していたものを遺伝子組換え技術によって大腸菌の中で大量生産できるようになって、初めて大量に作れるようになったんです。これは遺伝子の解析をする前から薬になると分かっていたものなんですが、たとえばレプチンなんかは、新しい遺伝子を得て、その遺伝子の解析の結果初めて分かってきたものなんです。

○ob遺伝子ですね(『肥満遺伝子』講談社ブルーバックスなどを参照)。

■ええ。つまり、遺伝子を解析することによって初めて得られた医薬品という意味なんです。それが一つのくくりです。

○なるほど。

[02: どこで線を引くかが遺伝子特許の問題]

■あと、新しい遺伝子の用途としてもう一つは、タンパク質に対する抗体、モノクローナル抗体というのを取る技術がありますよね。そういった抗体を使って診断をすることができたり、タンパク質の局在──どこにどういうふうにあるのかといったことが分かるんですが、そういう形で研究用として使われているものもあります。

○ええ。

■研究用というと、そのモノをさらに研究するということなんですけど、バイオの場合には、研究のマーケットというのがあるわけです。エンドプロダクト、最終製品の段階だけで市場ができるわけではなくて、研究活動自体がマーケットになっているわけです。

○なるほど。

■PCRなんかは、まさにそのマーケットを対象としたものであるわけです。シーケンサー(塩基配列解読装置)もそうですね。つまり用途っていうのは同時にマーケットを示したものでもあるわけです。

○研究者はいっぱいいるわけですから、当然、市場が存在するわけですね。
 そういう観点は斬新に聞こえますね。面白い。

■ただ、「研究用に使える」と言っちゃうとですね、どんなものでも新しく得られたものは、それ自体をさらに研究することができるわけですから、特許の言葉で言う「有用性」を持つことになります。そうなると、研究用に使えるといえば、どれでも「有用」じゃないかと言えてしまうんです。

○ああ、なるほど。そうなってしまうと、特許が発生してしまうわけですね。

■そう。どこで線を引くかというのが遺伝子特許の問題なんですよ。
 従来の遺伝子研究は、遺伝子解析の方法も、プライマーウォーキングという方法だったんです。これは端から読んでいくという手法です。
 一方、公的なヒトゲノム計画に対抗してものすごいスピードでゲノム解析をはじめたセレーラ・ジェノミクス社に代表されるように、最近では、ショットガン法という方法が用いられるようになっています。バラバラにしたものを読んでいって、あとで繋げるという手法です。解読の方法自体が違っているのです。
 また、従来は特定の機能に先に着目しておいて、その機能を持つ遺伝子をとってくるという方法でした。たとえばある疾患の起こるメカニズムを解明しよう、というところから研究が始まって、その原因となる遺伝子をとってくる。だから有用性というのは最初から明らかだった。
 でもそのあとはとにかく解読するということからスタートするやり方になったので、あとで有用性があるかどうかも判断しなくちゃいけなくなったんですね。

○EST(Expressed Sequence Tag。mRNAを逆転写することで得られる数百塩基対からなるDNA断片(cDNA)について、DNA塩基配列を決定したデータのこと。蛋白質として発現している領域の部分塩基配列。転写領域配列の目印となる塩基断片)の話とかですか。

■ええ。それが代表的な問題です。

○この塩基配列は俺が特許取っていたんだから、あとから研究を始めたお前は俺に特許料を払え、とか言われちゃう可能性があるということですね。

■そうです。あまりに研究の最初の方の段階の成果に特許を与えてしまうと、そのあとの段階の開発研究を阻害する効果が生まれてしまうのではないか、という懸念があります。

[03: 遺伝子創薬のいろいろ]

■新たな遺伝子を見つけると、どのような用途に使えるかという話に戻りますが、これまで述べた遺伝子医薬や抗体の他に、タンパク質の阻害剤のスクリーニング系をつくるのにも使える可能性があります。アゴニストとかアンタゴニストとかいった言葉をご存じでしょうか。

○受容体に分子が結合するのをブロックするのが、アンタゴニストですね。

■そうです。もちろん得られたアンタゴニスト(阻害剤)そのものも医薬品としての価値があるんですが、それをスクリーニングする一つのシステムですね、それ自体も有用性があります。
 ハイスループット・スクリーニング(HTS)という手法がありましてね。実験ロボットみたいな奴で、ターゲットとするタンパク質に、何万とある有機化合物のライブラリーの中にある化合物を一つ一つ与えていくわけです。そのタンパク質の作用がブロックされるかどうかをチェックする系をうまく組んでおけば、それらの化合物が阻害剤として使えるかどうか調べられる。その系自体が研究用として有用になるんです。

○ふーむ。

■あと、遺伝子の用途としては、もちろん遺伝子診断もありますね。どこどこが変異していると発がんの確率が高いとかですね、そういうことが分かれば遺伝子診断に使えますし、また、ものによっては遺伝子治療にも使えるかもしれません。可能性としてはまだ低いですが、今後遺伝子治療の対象も広がってゆくと思われます。

○はい。

■そういう意味では、まあ、私が「ゲノム創薬」を定義するならば、遺伝子が単離されて、塩基配列が解読されることによって、いろいろな医薬品や、研究用や、診断用の用途が生まれてくる、この開発プロセス全体が「ゲノム創薬」というものなのである、と考えています。

○分かりました。

■いろいろな分野の研究者と話をすると、特に図書館学などの分野の人は、一つの言葉をキチキチッと定義して、それを共通認識として論理を組み立てていくというところがありますね。
 でも結構分野によっては、キャッチーな言葉をパッとつけて、それをみんなが定義しないまま、ちょっとづつ違った意味で使いながら、なんとなくやっていくということもありますね。理科系と文科系と分けて考えるのはあまり好きではないですが、言葉の定義という意味では、理科系の方が大雑把なところがあるような気がします。だからいいとか悪いとか、そういう問題ではないのですが。

○一方で『「知」の欺瞞』(岩波書店)のような話もあるじゃないですか。文科系の人が理科系の言葉を勝手な意味で使いやがって、といった。まあそれはぜんぜん違う話になっちゃうんでアレですけど。まあいいや、その話は。

[04: 1塩基多型、SNPs]

○ゲノム創薬の話のなかで、注目されている一つの例がSNPs(スニップス)。

■そうですね。ヒトゲノム計画が、社会に対してどういう良い影響をもたらすかという話でよく出てくるものです。
 簡単にご説明すると、ゲノム全体の0.1%は人によって多型があると。それが一塩基多型、SNPs (Single Nucleotide Polymorphisms)です。
 それは、一つはアソシエーション解析──多くの患者とか健常の人に対して、SNPsの特定の部位に、どの塩基が来ているかということと症状をデータベース化しておくことによって、たくさん見つかっているSNPsのどの部位がどの疾患と関係しているかということを調べられるわけです。
 それはSNPs自体がアミノ酸をコードしている部分の中にあって、それがあることによって実際アミノ酸が変わっていて、何か病気を引き起こしているという例もありますし、病気の原因となる遺伝子のすぐ近くにあるので、一緒に連鎖して遺伝している、単にマーカーとして使えるという例もあります。二つのケースがあります。

○なるほど。

■そういうことで疾患とSNPsの関係が分かってきたら、よく言われるのが、テーラーメイド医療だとかオーダーメイド医療だとか言われるものが実現できるかもしれないと。
 新聞で読んだのですが、中村祐輔先生(東京大学医科学研究所)は、テーラーメイドっていうと金持ちばっかりしか使えなさそうだからオーダーメイドと呼ぶことにしましょうと仰ってますね。

○ふーん(笑)。

■ま、オーダーメイド医療によって薬の副作用とかを低減できるかもしれないと。
 抗ガン剤などで、飲んでも何ともない人もいるのだけれど、人によって大きな副作用が出てしまう場合があります。それはやっぱりSNPsのある部分と関係している。ある部分がこの塩基だとこうなる、という関係があるわけです。副作用が大きく出る人、つまり薬をあまり代謝できない人には投与量を少なくしないといけないわけなんだけど、その判断を、SNPsによって行うことができる。

○薬剤応答性の違いとSNPsの関係という奴ですね。

■これは社会にもたらす、非常に大きな恩恵ですね。そのほか生活習慣病とSNPsの関係も探索されています。
 こういうところを狙って、ゲノム・ベンチャーの、セレーラ・ジェノミクスとかヒューマン・ジェノム・サイエンス(HGS)、インサイト・ジェノミクスなどが出てきているわけです。この3社がよく出てきますが、他にもいっぱいあって、いろいろとビジネスをしています。

○いろいろとというのは?

■ゲノム創薬というプロセスを上流と下流にわけて捉えた場合、つまり基礎研究を上流、製品に近い場合を下流と捉えた場合に、セレーラは、いままでのビジネスモデルだとかなり上流のところですね。たとえばESTみたいなものを解読して、データベース化して。セレーラはその特許もかなり申請しているわけですけども。

○はい。

■HGSなんかは上流もそうですけど下流にもかなり力を注いでいます。自分のところでも薬を作ろうと。上流でデータベースを提供するベンチャーになろうというよりは、製薬会社になろうとしているんだと思います。
 一月に、ワシントンDCにあるHGSに行ったんですよ。セレーラとは違う、ということをかなり強調してました。 ○ほほう。

次号へ続く…。

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http://s-kurukuru.jst.go.jp/room/06/et_e/index_e.htm

◇日本におけるSETI計画
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◇朝日新聞、<ミレニアム特集 1000年の科学者>結果発表
http://www.asahi.com/y2000/result5.html

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http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/200010/satcon_001023_02_j.html 衛星設計コンテストホームページ
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