NetScience Interview Mail
2000/12/14 Vol.125
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【隅藏康一(すみくら・こういち)@東京大学 先端科学技術研究センター 知的財産権大部門・科学技術財産法分野】

 研究:知的財産政策・知的財産法
 著書:蛋白質核酸酵素・9月増刊号『再生医学と生命科学---生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(共著、発行:共立出版)
    『ゲノム創薬の新潮流』(共著、発行:シーエムシー)

ホームページ: http://www.bio.rcast.u-tokyo.ac.jp/~sumikura/

○知的財産政策・知的財産法の研究者、隅藏康一さんのお話をお届けします。
テーマは「科学技術と特許」。
ゲノム・プロジェクトやバイオ産業の進展とともに、いま科学領域内外から注目を浴びているジャンルです。(編集部)



前号から続く (第6回)

[19: 物質特許の問題は今後緩和される、だが…]

科学技術ソフトウェア
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■ただですね、私が思うにこの問題は、もうすぐ自然と緩和されると思うんです。というのはですね、いまはもうほとんどヒトゲノムが読めてますね。次の段階はORF(Open Reading Frame;遺伝子コード領域、つまりここからここまでが遺伝子であるという領域)の探索に移ります。そうなると全長がだんだん分かってきて、良いソフトも開発されてくる。いまはまだORFの予測は難しく、ヒトゲノム上のすべてのORFが見いだされるにはまだしばらく時間がかかりそうですが、次の段階ではORFを全部予測するという段階になると思うんですね。
 そうなると、いかなる遺伝子を新たにとってきても、それは物質としては既知なんですよ。配列はもう知られているわけですからね。

○…なるほど。

■物質としての新規性はなくなる。ぜんぶ用途発明になるわけです。そうすると、物質特許の人が大きなパワーを持つという状態はなくなるだろうと。今後はね。
 ただ、用途発明になっちゃってもですね、たとえば、ある人がある物質を、抗ガン剤として特許を取ったとします。そのあとに、もうちょっとspecificに、その物質は肝臓ガンに効くということが分かったとしますね。そういう形でクレームを書いた場合、権利の持ち分はどうなるのかという問題が発生しますよね。

○ちょっと待って下さい。先ほどの話でよく分からなかった部分があるんですけども。全部配列が読めてしまうだろうという話でしたが、もう物質特許が取れてしまっている部分もあるんですよね? そうすると、その人たちは相対的に凄く力を持ってしまうということになりませんか?

■そうです。もう取っちゃっているものについてはそうです。だから物質特許の問題はなくなるというと語弊があって、今後新たには発生しなくなるということですね。

○なるほど。たとえて言えば、液晶という物質があって、それでTFT液晶だとかSTNだとかが開発によって作られても、あとから液晶の物質特許を持っている人が出てきて、それは俺のライセンスを侵害している、とかいうことができるという話ですよね。

■そうです。

○うーん…。

[20: ホモロジー]

■あと特許が重複する例としてはですね、ホモロジーの話がありますね。ホモロジーを検索して機能を推定した特許。インサイトが持っているものとかですが。それと、実験室で機能を確認したものの特許が重複することがあるんです。

○なるほど。そりゃそうでしょうね。

■ホモロジーについては今後の日米欧三極合同研究でやることになっているんですが、今年の6月に三極特許庁の専門家会合がありまして──今回はビジネスモデル特許の話が主だったんですけども──、遺伝子の特許に関してもですね、今後、もっといろいろ検討しましょうと。どのくらいホモロジーがあったら機能が推定できるのかとか。

○ふむ。

■で、日本の特許庁の考え方はですね。ホモロジーといっても0%から100%まであるわけですね。

○ええ。

■ホモロジーが低い場合には、同じ機能を示す蓋然性が低いので有用性がないだろうと。一方、ホモロジーが高い場合には既知のものとほとんど同じならば既知のものから容易に機能が推定される、だから進歩性がないとだろうと。
 というわけでですね、高くても低くてもダメ、ということになってるんです。そういう形でこの問題を回避してきたんです。

○へええ(笑)。

■何パーセントだからいい、といった単純な問題ではないんですよね。たとえばユビキチンっていう物質があるんですけども、ユビキチン・ファミリーっていうのがあるんですけどね、それらは20%とか30%とか、低いホモロジーでも同じ機能を持ってるんです。ですから全長レベルでホモロジーが低くても、機能を司る特定の部位だけ比較すると、ホモロジーが高いわけです。だからどこでホモロジーを比較するかが問題なんです。

○当然そうでしょうね。活性中心だけ同じであればいいという場合もあるでしょうしね。

■そうですね。どこが、というところが問題なんです。

○それこそバイオインフォマティックスの人が意味論的に解析して、ここからここまでが意味がある部分だ、といったことをやらないといけない分野なのでは?

■ええ。でもそれも一概には言えないんですよね。
 ま、そういうふうに特定のところだけを取り出したのに比較的低いホモロジーで、やっぱり同じ機能を示している場合もありますし。
 極端な話、鎌形赤血球貧血症の話ありますよね。あれなんかアミノ酸が一個変わったら機能が変わっちゃうわけですから。それからすると100%のホモロジーがないと同じ機能とは言えなくなってしまう。

○でも日本は厳しめに基準を作っている?

■ええ。

○海外は?

■日本が一番厳しくて、アメリカとヨーロッパは比較的ゆるい、という感じだと思いますね。
 まあ考え方としてですね、何パーセントだから良いとかいうのは妥当ではない、そういう議論をしても不毛だと思うんです。三極の特許庁でも、パーセンテージではない、という共通理解はあると思います。

○はい。

■一例として、こういう話があります。あるグループがですね、体内時計に関する遺伝子を見つけたんです。まずショウジョウバエで分かっていたんです。

○perですね。

■ええ。それの、ヒトのホモログ、ヒトでそれに相当するものを取ろうとしてたんです。世界中でみんながやっていたんですが、13年間、誰も取れなかったんです。それはやっぱり、全長の配列をホモロジー検索のソフトに入れても、ぜんぜんヒットしなかったんですね。
 で、そのグループの人が、ここが機能に本当に重要であるというアミノ酸配列を割り出して、そこで調べて初めてヒトでホモログがとれてきたんです。

○ふむ。

■それっていうのはですね、まず進歩性はあるわけですよ。ルーチンワークだけで得られたわけではなく、活性部位を同定して見つけたわけですから。当然、ヒトで新しいものが得られたわけですから、有用性もある。
 そういうふうにですね、ルーチンワークだけでない努力がなされている場合には、進歩性があると認められて、特許が与えられていいんじゃないかなと思うんです。ホモロジーの問題っていうのは、一律に何パーセントだと進歩性がどうとかいう話じゃなくて、そういうことなんじゃないかなと思います。

○その例は、実際に特許になったんですか?

■詳しくは知りませんが、いま出願中なのではないでしょうか。

[21: 有用性ガイドライン]

■これらの問題、特許がオーバーラップしすぎるという問題は、研究を上流から下流まで見た場合に、早い段階、つまり上流で特許が成立してしまうと、ここでもあそこでも特許が引っかかるということになって、あとのほうではライセンスをたくさん受けなくちゃならないということになるんですね。だから、下流に比較的近いあたりに特許成立のボーダーラインを設定すると、そういう心配は減るわけです。

○ある程度まで開発してこないと特許は認めないよ、と。

■ええ。そのハードルを高くすればオーバーラップの問題は解消されるわけです。

○あるいは、オーバーラップしていても、一個一個の特許の寿命を短くすれば良いじゃないか、という気もするんですが?

■ああ、それはこの分野だけ新しい保護法制を作ろうとかいう話ですね。
 ビジネスモデル特許なんかは権利期間を5年にしたものを作ろうとかいう話はありますし、国際的にもバイオ特許法みたいなものを作ろうという人はいるんですよ。この間イギリスで行われた国際会議でも、欧州の法律家のかたが熱心にそういう主張をなさっていました。でも国際的な趨勢としては、この分野だけ特別ではなく、他の分野と同じように考えてやりましょう、という感じですね。

○なるほど。

■まあ確かに、それは国際的な趨勢なだけですから、本当にそれがいいかどうかは ちゃんと考えなくちゃいけないんですよね。  ただ、法律は、こういうのを考えればいいという理論的な話だけじゃなくて、実際 の運用を考えないといけませんからね。

○でしょうね。

■で、解決策としてですね、アメリカでも、なんでも特許にしようというわけではなくて、ハードルを高めようという動きがあります。一つは有用性ガイドラインというのが改正されつつありまして、ガイドラインに基づいた審査官トレーニングマニュアルができているんです。
 Specific utility、特異的なユーティリティと言いましてね。──たとえばですね、DNAの場合、どんなものでも、何の機能も分からないものでも、プローブには使えるわけです。何か新しいDNAを取るためのプローブには使える。あと、分子量マーカーに使えるとかですね(笑)。

○そりゃそうでしょうね(笑)。

■そういう形で有用性を主張しようと思えばできるんですけども、何でもそう言えるみたいなものじゃなくて、その配列独自のutilityがないとダメだというのがspecific utilityの話なんですね。

○独自のUtility…

■「この病気の診断に使える」とかです。プローブに使えるなんていうのではダメということです。
 またsubstantial utilityっていう言葉もあります。本質的なutilityということです。「なんだか分からないけど、それ自体を研究するのに使える」というような言い方はダメということです。

○ふむ。

■よく出てくる話で、landfill(埋め立て)の例が持ち出されるんですけどね。

○……?

■どんなものを発明してもですね、「埋め立て地に持っていって埋め立てに使える」といえばutilityがあるのか、という議論です。

○なるほど(笑)。

■そういうのはもちろんダメで、それを排除しようというのがsubstantial utilityの考え方です。
 あとcredilbe utilityっていう概念もあります。これは、たとえば永久機関が存在すれば使える機械とかですね、そういうのはcredilbeではないと。
 そういうわけで、ハードルを上げようという動きはアメリカにもあります。

○なるほど。
 実際のところはどうなんでしょう。日本はホモロジーはほとんどダメっていう感じ なんですか?

■ホモロジーだからダメっていうことはないです。先ほどの時計遺伝子の話などは、特許が認められる可能性は十分にあると思います。ですからホモロジー検索をしているからダメということはない。ホモロジー検索を行う過程で、何か自明でない工夫をしているかもしれませんから。だからダメとは言い切ることはできないと思います。

[22: ルーチンワークと進歩性に対する考え方の違い]

■日欧と米国の考え方の違いとしては、進歩性に対する考え方も違います。
 日本と欧州はルーチンワークをやっただけのものは進歩性がないと考えているんです。もちろん、出てきたものの機能そのものが今までのものと比べてすごく良ければ、機能としての進歩性があるわけですが。

○はい。

■で、アメリカはですね、ルーチンワークでシークエンスをしても、どんな配列が出てくるかはやってみなくちゃ分からないわけですよね。やってみなくちゃ分からないなら、この配列はもとからは分かってないんだから、この配列は進歩性があるんだ、という考え方ですね。

○ふむ…。

■それは昔、Deuel判決とかBell判決とかいうのがあってですね。遺伝子の特許に関する判決なんですけども。アメリカは判例法の国ですから、判例の内容に基づいてそう考えているわけです。

○どんな判決だったんですか。

■ヒトやウシのHBGF(ヘパリン結合性成長因子、heparin-binding growth factors)の遺伝子工学的生産に関する特許出願の中の、HBGFをコードするDNAやcDNAのクレームに対して、米国特許商標庁(USPTO)が拒絶査定をだし、審決もそれを支持しました。開示された末端アミノ酸配列は既に他のタンパク質で知られている配列であり、遺伝子プローブを用いてcDNAライブラリーをスクリーニングする方法も既知なのだから、非自明性、日本でいうところの進歩性がないと判断されたのです。
 そこで、それを不服として特許裁判の第二審の専属管轄である連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に訴えが起こされたのですが、判決では、USPTOの判断とは反対に、このクレームの非自明性を認めるという判断がなされました。これがDeuel判決です。

○ふむふむ。

■その中の論点の一つとして、既知の情報を組み合わせてルーチンワークによって得られるDNAには非自明性があるか、という話が出てきたんです。Deuel判決でも、それに先立つBell判決でも、ルーチンワークによって得られるDNAの非自明性が認められています。

○なるほど。
 その辺は、国の考え方の違い?

■そうです。難しいのは、アメリカは判例主義を取っているので、日本や欧州が「そこは変えてくれ」と言っても、それを覆すような裁判の結果が出ないと、ガイドラインを変えにくいというところがあるんです。だから日本や欧州の側からアメリカに審査基準を変えさせるのは難しいですね。

○ふーん。

■しかも進歩性に対する考え方っていうのは特許法に書かれているわけじゃなくて、「既存の裁判例に基づいて、そう考えている」ということなんです。だから裁判例が拘束力を持っている。
 特許法だったら変えればいいんですけど、裁判例は裁判が起きないと変わりませんからね。
 もっとも、今後、遺伝子特許に関する裁判がこれまで以上にたくさん生じるという見方もあり、ここ数年のうちに遺伝子特許の考え方が大きな山場を迎えるかもしれません。

○なるほど。

[23: 均等論]

■また均等論という考え方があります。日本では、ジェネンテックと住友製薬の間で、組換えヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)に関して生じた訴訟の大阪高裁の判決で、はじめて認められた考え方です。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■新刊書籍・雑誌:
◇雑誌『科学』12月号 ノーベル化学賞受賞記念対談白川博士大いに語る“現代の錬金術”
 1300円 (送料92円) そのほか,科学融合ITER計画のゆくえ,教育再生のシナリオ,
 地層処分問題,など 
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/  岩波書店

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 日時:2001/3/29(木)午後2時半〜5時半
 場所:中央大学理工学部(後楽園キャンパス)5号館5534大教室
  http://www.phys.chuo-u.ac.jp/JPS/shimin-kouenkai.html

◇若田宇宙飛行士帰国報告会 開催について
  http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/j/200011/sts92_001120_2_j.html

■URL:
◇科学技術庁 科学技術政策研究所 21世紀の科学技術の展望とそのあり方
  http://www.nistep.go.jp/press/001207.html

◇総務庁統計局・統計センター。平成12年科学技術研究調査結果(要約)
  http://www.stat.go.jp/data/kagaku/2.htm

◇本間善夫さんによる化学教育におけるWebページ活用
  http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/report2000/ce00.html

◇CNN 最大級の小惑星発見 冥王星に次ぐ大きさ
  http://www.cnn.co.jp/2000/TECH/12/06/minor.planet.reut/

◇投票企画 ベストサイエンスブック2000 弊誌編集人 主催
  http://www.moriyama.com/questionnaire/questionnaire00.html

◇科学技術者のための総合リソースガイド・NetScience
http://www.netscience.ne.jp/

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NetScience Interview Mail Vol.125 2000/12/14発行 (配信数:23,817 部)
発行人:田崎利雄【科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
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