NetScience Interview Mail
2000/12/21 Vol.126
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◆Person of This Week:

【隅藏康一(すみくら・こういち)@東京大学 先端科学技術研究センター 知的財産権大部門・科学技術財産法分野】

 研究:知的財産政策・知的財産法
 著書:蛋白質核酸酵素・9月増刊号『再生医学と生命科学---生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(共著、発行:共立出版)
    『ゲノム創薬の新潮流』(共著、発行:シーエムシー)

ホームページ: http://www.bio.rcast.u-tokyo.ac.jp/~sumikura/

○知的財産政策・知的財産法の研究者、隅藏康一さんのお話をお届けします。
テーマは「科学技術と特許」。
ゲノム・プロジェクトやバイオ産業の進展とともに、いま科学領域内外から注目を浴びているジャンルです。(編集部)



前号から続く (第7回)

[23: 均等論]

科学技術ソフトウェア
データベース

■また均等論という考え方があります。日本では、ジェネンテックと住友製薬の間で、組換えヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)に関して生じた訴訟の大阪高裁の判決で、はじめて認められた考え方です。この訴訟というのは、ジェネンテックが、自社が発明した組換えt-PAと同じものを製造販売し特許を侵害しているとして、住友製薬に対して起こした訴訟です。ただ、同じものといっても、住友製薬のt-PAは、ジェネンテック特許のクレームに書かれた459個のアミノ酸のうちの一つがバリンからメチオニンに変わっていたのです。
 このようにアミノ酸が数百並んでいる中で、一つだけ違っていた場合、当然特許にクレーム(特許請求の範囲)として書かれたものとは同一ではなく、何が特許の侵害なのか、という考え方もあり得るわけです。クレームと同じものが特許の侵害であるならば、一つ変わっているようなものを売っていたら、どうなのか。

○ええ。

■もちろん、機能に重要なところで、そこが変わったことで機能が変わったなら、まったく違ったモノとして見なせますけども、機能と関係がないところが変わっていた場合、それは同じモノ、つまり均等と見なしましょうという考え方です。

○何を均等と見なすかというのもまた難しそうですね。

■法律的な要件からすると、容易想到性とか置換可能性とかいうものが基準になるんですね。
 バイオの面から見ると、本質的でないところを一個変えて、それで違うとみなせるんだったら、いくらでもそんなものは作れてしまいますからね。これを侵害としなければ、合理性がありません。

○なるほどね。

[24: データが間違えている可能性]

■またシークエンスしてデータを入れても、間違えている可能性があります。逆転写のときのミューテーション、PCRのミューテーション、単なる読み間違いとかですね。NIHはランダムに遺伝子を選んで、解読者の競争相手にチェックさせています。

○ふーん。

■また間違えていても、アメリカではですね、寄託していれば大丈夫なんです。では寄託とは何かと言いますと、特許出願した内容に関係する微生物やベクターなどのサンプルを指定された機関に提出しあずけておくことです。塩基配列を読むときも大腸菌の中に入れて増やしたりしますから、その大腸菌を寄託しておくのです。
 アメリカでは、寄託は特許が付与される前であればいつでも良いということになっています。そこにモノがあるわけですから、いつでも、それを再解読しようと思ったらできるわけですから。あとから「あ、ここが間違っていました」と言ってもいいわけです。

○ふむふむ。

■ただ、日本や欧州ではダメだと思います。まだどう考えるか決まってない。ま、実際間違っていたデータっていうのはあってもしょうがないんで、どんどんアップデートされるべきだと思いますけども、じゃあ間違っていたとき、あとから直してその特許が得られるのか、それとも間違っていたからダメになるのか。アメリカの場合は補正ができるわけですけど、日本や欧州の場合、間違うということ自体が想定されていないわけです。

○ふむふむ。

■アメリカみたいにしておけばいいと思うんですけどね。

○日本や欧州のシステムは硬い。

■ええ。
 まあゲノム全解読のドラフトの段階ではそれぞれ違う人のサンプルを解析しているわけですから、SNPsの部分は当然違いますね。

[25: ゲノム解析と倫理]

○よく出る話ですが、先生ご自身は、ゲノム解析と倫理ということについてはどうお考えなんですか。ご専門とは外れるので、あくまで個人的なお考えということで結構です。

■そうですね。特許とも無関係ではないんですね。アイスランドではデコード・ジェネティクスという民間企業が国民のSNPsと疾患のデータを集めている、という話もありました。10年間に渉って症例のデータベースを作っていたんですね。

○メディアでも話題になった話ですね。確かに、誰しもが「え、ちょっと」と思う話ですね。

■ええ。やっぱりどこが金を出すかということが問題なのですが、アイスランドでは国が民間に出させてるということなんでしょうね。
 で、フィンランドは逆に民間が権利を独占することを恐れて、遺伝子診断は公的なものであるということで、国が同じことをやってるんですね。

○両方とも北欧の国だというのは何か理由が…?

■移民が少なくて遺伝子プールがキープされているという特徴がありますね。また、詳しい家系記録も残っていると聞きます。そういうわけで、ポピュレーション・ジェネティクス(集団遺伝学)の研究対象として適しているのです。

○なるほど。

■日本も今後、研究予算を投入して、日本のモンゴロイド独特のSNPsの解析とかですね、そういうことをやっていくことになると思うんです。科学技術会議からも6月にヒト遺伝子研究の規範として基本原則が発表されました。

○はい。

■もちろんみんな、インフォームド・コンセントを取らなくちゃいけないと。サンプル提供者に対して、そのサンプルが今後どんなふうに使われていくのかと。誰が管理するのかと。あとあと、データベース上で個人が特定されるようなことになると、個人に対して差別がおこるかもしれませんからね。保険だとか、就職だとかで。だから個人が特定されないようにするというのはもちろんなんですが、データベースでは特定されなくても、よくよく調べると分かっちゃうといったことでは困ります。それと、各国の情報公開の制度とどのように折り合いをつけるか、ということも議論すべき点です。

○ええ。

■フィンランドではそういうことが起こらないように、個人データと研究データが別々の場所に保管されているんだそうです。

○でもマージしちゃえば分かるわけでしょ。どうせ一つ一つのデータはコードで管理されてるんでしょうから。

■うーん、そうですね。コードも別々にしているのかもしれませんけどね。ただ、あとで特定の遺伝子を溯ろうとしたときに、それができないと困りますからね。

○当然そうでしょうね。家系を溯る必要が出てくることもあるでしょうし。
 遺伝子のデータって膨大だ、ってよく言いますけども、ディスク一枚に入っちゃう程度でしかないわけですから、持ち出しも別に大変じゃないでしょうし。

■確かに、データの管理体制はかなり厳重にしないといけません。
 他の問題として、インフォームド・コンセントをどの程度まで行うかということがありますが、理想的には、研究が商業化されて薬ができ、特許がとられる段階のことまでよく説明する必要があります。そのようにして調査結果が社会還元されるのですから。
 集団遺伝学の研究をしている欧州の人が言っていたことですが、たとえデータ収集は国がやっていても、データベースを解析して、疾患と遺伝子の関係を解明して、特許を取るといった商業的な行為は、民間企業でもできるわけですね。そうすると、民間企業が関与するということには疑問や不安を持つ人が非常に多くて、説明するのが非常に困難だと。
 ただ実際問題として民間にそこを担ってもらわない限りは、できないわけですよ。資金の問題もありますし、開発研究をどうやって行うかという問題もありますから。

○はい。

■フィンランドで特徴的なのは、捨てる権利、サンプルを提供したことが、あとで嫌になったら言って下さい、捨てます、というのを打ち出したんですね。で、商業セクターが関わっているということが分かったらみんなが捨てるかというと、実際に捨ててくれときたのは1,2件しかなかったそうなんです。
 まあ、みんなその権利自体知らないのかもしれませんけどね(笑)。

○うん(笑)。プライバシーって、気にする人はものすごく気にするけど、実は僕らのプライバシーはもうダダ漏れですからね。

■そうですね。でも不安がる人にはとにかく説明するしかないのではないでしょうか。そうなると、パブリック・エデュケーションの話に帰着するんですけどね。

○教育が肝心だと。

■生命科学に基づいた世界観を提供できるような教育を、中学校あたりでもっとやるとよいのかもしれません。ここまで来るとなかなか私の議論できる範囲ではなくなってくるのですが。

○僕なんかはいくらでも調べてもらいたいですけどね。どういう遺伝病の素因を持っているのかとか。

■難しいのは、本人がオーケーと言っても、家族はどうするのかという問題もありますから。家族は当然、血が繋がっていれば、同じ遺伝子を持っている蓋然性が高いわけです。

○なるほど、そうですね。

■ある人の結果が知られてしまえば、間接的にその周囲の人の結果も知られてしまうわけです。だから自己決定というのはここにおいて、完全に自分一人のものなのか、という問題が提起されるわけです。それに対して僕は答えを持っていないんですが。

○ううん。こういうのってどうするんでしょうね。

■産業界だと、このへんは必要性を強調して、「一般の人が得なことも多いんだから、という具合に、一生懸命説得しましょう」というトーンですね。

[26: 米国大学TLOからの特許出願は70%がバイオ関連]

■遺伝子特許の話って、遺伝子のことが分かっている人のところに行って話をするときと、特許のことがわかっている人のところに行って話をするときでは、完全にトーンを変えないとダメですね。特許の話を知らない人のところに行くときには、特許の基本的なことから説明しないとわかってもらえませんし。

○最近は出番が多いんじゃないですか。

■興味を持っている方は多いです。

○毎日毎日、ゲノムゲノムと新聞に出ていますしね。

■ええ。あと、弁理士のかたとか、大学のバイオ分野の研究者の方々にとっては現実的な問題ですからね。

○大学のTLO(技術移転機関)とかの動きはどうですか。

■各大学でTLOができてますけども、アメリカの大学TLOでの出願は70%がバイオ関係です。

○そうなんですか。日本は?

■日本も多いですよ。そもそもバイオ関係の研究そのものが今、多いですからね。もちろんバイオだけのためにTLOが作られているわけではないんですが、これから、バイオ関係の特許が民間に移転されることは多くなってくるでしょうね。

○ほほう。

■バイオは、モデルが単純なんです。一つの特許が単線的に一つの製品にまで結びつく可能性が高い。技術移転しやすいんです。

○なるほど、そのへんは分かります。昔の理研がビタミンを作って大儲けしたとかいった話と同じですよね(笑)。

[27: MPEGとパテントプール]

■じゃあ、比較のために、バイオ以外の話をしてもいいですか。コンピュータだと画像圧縮技術の国際標準の、MPEGってあるでしょ。MPEG-2なんか、基本特許だけで5,60個あるんです。あちこちの企業が持っている。この中で、コロンビア大学も一つ必須特許を持ってるんです。アナスタシアっていう昔IBMにいた人が開発したんですけどね。
 で、一つのものだけをライセンスするだけなら、一つの会社は一つの大学とだけライセンス契約すればすみますけども、必須特許だけで数十ある場合、そうなると企業は数十の機関とライセンス契約を結ばなくちゃいけない。その煩雑さは技術の普及の妨げになってしまいます。

○はい。

■MPEG-2あれはISOとIECという標準化団体によって国際標準になったにも関わらず、普及するかどうかが不安視されました。じゃあどうやったら普及するかということを考えたんですね。それで、パテントプールっていうのを作ったんです。MPEG-LAっていう会社を作りまして、そこに各社の特許を集めたんです。そして一括してライセンスすると。もちろんそれぞれの特許を持っている人も、他の特許も含めて一括でライセンスを受けるわけです。
 単純な機構なんですけど、アメリカでこういうのが会社組織としてできたのは初めての例だったんですね。

○JASRACみたいですね、先端研は近所ですが(笑)。

■まああれは著作権ですがね(笑)。MPEG-LAは、もちろん反トラスト法、日本でいうところの独占禁止法にひっかかるおそれもあったんですが、司法省にこれは大丈夫だというお墨付きをもらいましてね。いまDVDでも2つのパテントプールができているんですが、一つにまとまるには至っていない。やはり本来競業しあう企業がまとまるのは難しいんです。

○うん。

■じゃあMPEGの場合はどうしてまとまれたのか。興味を持って調べますと、コロンビア大学が重要な役割を果たしていることが分かりました。コロンビア大学にはやはり技術移転機関がありましてね。CIE、コロンビア・イノベーション・エンタープライズというんですが、そこの人がコロンビア大学のアナスタシア教授の特許を出願して管理していました。最初からISOやIECの標準化の会議にもCIEの人とアナスタシアが二人で出席していたようです。

○なるほど。

■パテントプール自体はケーブルラボという、アメリカのケーブルTV協会みたいなところの副社長で日系人のフタっていう人がリーダーになって設立しましてね。いまフタはMEPG-LAの社長をやってます。
 基本特許を持っている機関が集まって設立準備をしていた際に、じゃあ基本となるドラフトをどうやって作るか、会社の根幹となる、契約のドラフトだとかライセンス方法のドラフトだとか、そういうのをどうやってつくるかという話になった。
 もちろん議論はいろいろ出たんです。9つの機関が参加していたんですが、そのなかで唯一の公的機関であったコロンビア大学系の弁護士が、コロンビア大学と一緒にルールを書きまして、それをたたき台に議論をしましょうということになったんです。つまり彼らがドラフトメイキングをして、会社の土台づくりを引っ張っていったわけです。
 たとえばの話、これがソニーとソニーの弁護士たちに同じことが出来たかというと、富士通もいるし、ルーセントもいるしということで、競合する企業がいるなかでどこか特定の企業がリーダーシップを取っていくのは難しいわけですね。一社だけが重要な技術を持っている場合は単純ですが、どこも同じような重要度のある技術を持っていた場合はね…。そこで公的な性格の機関、大学のような非営利の機関、しかも自分では製品を作らない、そういう機関が入ることによって競合する企業同士の不要なイニシアチブ争いを封じ込め、ある種の求心力として働いたんだと思うんです。

○なるほど。プロデュースできる力がある人がいれば、ですね。

■ええ。全体のプロデュースの方は、フタっていう人がやったんですけどね。この人も、ケーブルラボという非営利の機関から来た人です。

○結局、「人」ってことにはならないですか。いくら非営利機関が間に入ったからといってもね…。

■ただ逆に、ソニーなど特定の企業にそういう強力なリーダーシップを取る人がいればできたかというと、逆に反発されたような気がするんです。

○なるほど、そういうこともあるかもしれませんね。
 でも大学の人だからといって、企業の利権と関係ないかというと、そんなこともないですよね。ひも付きというと言葉も悪いですが、企業と密接な関係を持った人もいるし。

■ええ。MPEGの場合は、うまく中立を保っていたんですね。

[28:アメリカで特許が重視されるようになった理由]

■いま反トラスト法の話が出たのでついでにご説明しておくと、反トラスト法と特許政策は裏表の関係で、原則的に1980年代になるまでアメリカは反トラスト法寄りだったわけです。つまり独占は許さないと。その方針が途中で変わったんですね。アメリカの政策を振り返るうえで重要なのがCAFC、フェデラルサーキットというのができたことです。

○フェデラルサーキット?

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■URL:
◇総理府 障害者白書の概要
http://www.sorifu.go.jp/whitepaper/shogai/gaikyou-h12/

◇農林水産省 大豆の豆知識
http://www.maff.go.jp/soshiki/nousan/hatashin/daizu/tisiki/

◇奥野かるた、絶滅生物などをあしらった「進化のかるた」を発売
http://www.okunokaruta.com/

◇研究ツール研究所
http://homepage1.nifty.com/rtool/

◇大成建設、地震対策ポータルサイト<耐震ネット>を開設
http://www.taisin-net.com/

◇IT革命と農山村等地方からの情報発信研究会報告書
 −インターネットを通じて都市との対話を深めようー 経済企画庁
http://www.epa.go.jp/2000/e/1215e-it-nosanson-houkoku/menu.html

◇日経ネットブレーン
 学生の学力低下が招く日本の危機 国立大学協会が文部省に反旗
http://netbrains.nikkeibp.co.jp/wcs/nbr/leaf?CID=onair/net_b/c_up_tp/118020

◇MYCOM PC WEB
 携帯電話がテレビやラジオに早変わり!?---米FCCがSDR承認の方向へ
http://pcweb.mycom.co.jp/news/2000/12/08/04.html

◇ZDnet 特集:デジタルペット図鑑
http://www.zdnet.co.jp/netlife/enter/feature/0012pet/index.html?130c000510

◇科学技術者のための総合リソースガイド・NetScience
http://www.netscience.ne.jp/

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  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


NetScience Interview Mail Vol.126 2000/12/21発行 (配信数:23,833 部)
発行人:田崎利雄【科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
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