NetScience Interview Mail
1998/09/10 Vol.020
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◆This Week Person:

◆This Week Person:
【田口善弘(たぐち・よしひろ)@中央大学 理学部 物理学科 助教授】
 研究:粉粒体動力学、非線形物理
 著書:「砂時計の七不思議」中公新書
    ほか

ホームページ:http://www.granular.com/tag/index-j.html

○田口善弘さんへのインタビュー、第2回をお届けします。今回は粉粒体の挙動を理解する上での大きな困難について伺います。6回連続予定。(編集部)



前号から続く (第2回/全6回)

[03: まだ遠い粉粒体の理解]

○粉粒体の挙動は実に面白い。
 しかし一方で、ずいぶんと分からない部分が多いんですね。

■うん。いろいろと面白い話があるから「砂時計の七不思議」を書いたわけだけど、それ以降、話が進んだのかというと、結構厳しいよ。
 この前も粉体工学の先生と喋ってて、「物理の方はどうなったんですか」と聞かれたんだけど、あんまり進歩がないんだよね。
 コンピュータみたいなものが出てきて、数値計算でいろいろできるということになった、それでみんな驚いて色々計算はしてみたんだけど、結果は、計算してみました、実験に合います、計算してみました、実験に合います、って言っているだけなんだよ。全く「理解」の方に話が進んでいない。

○でもコンピュータシミュレーションでやっていると、一過程一過程を止めて見ることができるわけでしょう? それでも理解に結びつかないんですか?

■たとえ個々の過程が見えても、「なんでそうなっているのか?」ということが、よく分かんないんですよ、やっぱり。
 分かっているところは例えば、一番単純に言えば、粉粒体っていうのは、球があってお互いにぶつかってて、非弾性衝突してます、っていうことになるんだけど、そういうものが箱に入っているときにいったい何が起こっているのかということもよく分かってないんですよ。
 非弾性衝突じゃなくて、弾性衝突している球だったらどうなるかというのは、割と濃度が薄ければ分かっているんですけど、それも密度が多くなったら、もう分かんないですよ。
 よく大学生向けに見せるビデオで、エアホッケーのパックを箱に入れて揺すってその速度を測るとガウス分布ですっていうのがありますよね。あれはホントは例としてはあんまり良くなくて、粒子がいっぱいぶつかりあって気体になるっていうのは、空気が希薄だからなんですよ。そういうところでしか成り立たない話だから、液体とか気体の場合だって、本当は凄く薄いところの近似で出している話でしかない。結果として出してきた式がなんとなく合っているからみんな信じているに過ぎない。ああいう奴でも、濃くなると理論がないんですよ。
 粉粒体みたいな奴は密度も濃いから理論もないし、非弾性衝突も入っているしで全然分からないんですよ。

○濃くなると、どう変わるんですか。

■普通の気体というのはボルツマン方程式で書かれているでしょ。粒子が一個ぶつかって、それからまた次がぶつかって、っていう風に、要するに、一個一個の衝突がたまにしか起きない、とするわけです。簡単に言うと、過去にどういう衝突をしてきたかということを引きずらないんですよ。十分ランダムになっていて、過去にどういう風にぶつかったとか、速度や方向にどういう影響があったかとか、そういうことを考えなくて良い、という過程で行われているんです。

○ええ。

■ですが、濃くなってくると、衝突の過程が速くなる、つまりぶつかる頻度が上がるんで、過去の履歴が効いて来るんですよ。極端に言うと、濃くなってくると、衝突した影響が、玉突きでまた自分に戻ってきたりするんです。
 こうなると、こいつの運動は自由であると言えなくなっちゃいますよね。自分が自分にぶつかってるんだから。

○ああ、ぶつかった影響が自分自身に戻って来ちゃうわけですね。

■普通の流体方程式っていうのは密度しか入ってないわけですけど、これはもう密度だけじゃ書けないですよね。配置がどうなっているかとか、それぞれの要素がどういう風に繋がっているか書いてやらないといけなくなる。密度だけだと中がどうなっているかとか考えなくていいから、そういうときに使える式はあるんです。でも、こういうものの場合はダメなんですよ。

○なるほど。

■それと、もう一つ駄目な理由があって、粉粒体の場合は非弾性衝突するんで、速度がだんだん失われていくんです。すると、要素が一カ所に集まりやすいんですよね。全体としては密度が薄くても、どこかに勝手に濃いところができてしまって、ローカルにお互いにぶつかりあったりするところができてしまう。そうすると、全体が薄い状態の話というのもできなくなってしまう。

○ふーむ。

■だから、これまでの物理が取っていたような方法は使えないんです。でも数値計算はあって、とっても実験結果には合います、と。

[04: 初期条件]

○でも数値計算できるんでしょ?できるんだったらできるような気がどうしてもするんですけど…。

■それはですね、昔の物理というのは方程式が分かれば世の中が分かるという世界だったんですよ。ところが実際にはそうじゃないんですよ。
 どういうことかというと、20世紀の初めに見つかって、最近はやっている「カオス」というのがありますよね。カオスの研究で一番分かってきたのは方程式の形でも初期条件の方が大切であると。同じ方程式であっても、違う初期条件を入れてやると全く違うものになってしまう。
 ケプラー問題みたいな普通の伝統的な物理の話だと、あれは、方程式が書けたらそのうちそれが解けて、解の形が放物線と楕円運動と双曲線しかないです、ということになって、方程式が解けたら運動の形式が理解できました、という話だったんですよ。
 ところが、初期条件が問題になってしまうとなると、その初期条件をどれだけ分類しないといけないのか分からないわけですよ。

○何が有意で何が有意でないか分からないということですか?

■いやそうじゃなく、ありとあらゆる初期条件を全部やれば良いんだけど、それが連続である保証すらないということです。

○でも、実験ではどんなものでもあり得るわけではなくって、ある種の決まりが有るんじゃないですか? 例えば、大きい粒と小さい粒を入れて、それを坂でバーッと流すと大きい粒が浮き上がってくるとか、そういう現象はあるわけでしょ?

■だからそういうのも、みんながいろいろやりはじめると、色々な「例外」が出てきてしまうんですよ。
 ちょっと古いんだけど、カオスの啓蒙書に良く出てくる、グリセリンに色をつけてぐるぐるぐると混ぜてそれをまた元へ戻すという話がありますよね。あんなふうに、粉体の場合でも大きい粒と小さい粒が混ざっていて、それを逆のプロセスでやると、また元へ戻っちゃうというものが見つかっちゃったんですよ。
 だから、それと同様で、大きいモノが浮かび上がるというのは、特定の条件ではそうかもしれないけども、一般的な本質かどうかは、全部スイープしてやらないと分からない。

○どの初期条件が効いているかどうかも分からないんですか。多分これなんだろうということも分からないような段階?

■うーん。とにかく、ごくごく簡単な単純なモデルでも非線形が入っていると、初期条件をいじってしまうと、どこのアトラクターに落ち込むのか分からないんですよ。しかもパラメーターや初期条件に関して依存性がフラクタルだっていうこともある。要するに、あるアトラクターにいくような初期条件が、全部足しても面積は0なんだけど稠密にならんでいるみたいな、実数の中の有理数みたいになっているかもしれない。だから、あるとこの値でうまいこと行っていても、ちょっとずれると全然ダメかもしれない。こことここで大丈夫だったから、ここも平気ですなんてことは全く言えない。

○ふーん…。

■こういうことは、もちろん前から分かっていたんだけど、粉粒体のように割と実験ができるモノでもそういうのがボコボコ出て来ちゃったから、とにかく話が発散しちゃってるんですよね。
 例えばね、アメリカでもフランスでも、いま世界中でほとんど同じ様な実験をやってるんだけど、アメリカの実験やっている人が、いくらやってもフランスでやっているのと同じ結果を出すことができない、なんてことがあるんですよ。フランス人がやっている結果と、アメリカの研究者の結果が一致しない。

○「どこか」が違うからですか。

■非常に微妙なところが、どこか違うために違うんでしょうね。だから実験の論文で、こうやったらこうなりましたっていうのが出てきたって、ウソだかホントだか分からない。言い方の問題ですけど。

○その時はそういう結果だった、ということ?

■いや、再現性はあるんですよ。再現性はあるんだけど、「全く」同じ実験は、しないでしょ。ものは違うこともあるし…。制御パラメータが完全に分かっているわけじゃないから。

○例えば球の材質を変えると全然違う挙動になったり…

■そう、で、フランス人が使っている球をもらってきて、反発係数とか摩擦とかをどんなに見ても、それ以外が効いているかもしれない。そういうことを言い出すと、パラメーターというのは実数個分あるわけだから、無限個あるわけですよね。
 だから、そう簡単に「理解した」とは言えないんですよ。実験があって、数値計算やってみて、再現したから理解しましたとか言っても、ちょっとずらしたら全く違うものになっちゃう。で、「これは何なんですか」って聞いても「その初期条件はやったことがないので分かりません」「答えられません」という話に成りかねないでしょ。

○でも現実に対応しているわけですよね。ちょっと変えたら全く違うものになっても、この場合はこうでした、ということは言えるんじゃないんですか?

■そうしたら無限個実験しないといけないですね。ものすごい分厚い本があって、それをめくると「ある初期条件だったらこうなります」と書いてあっても、物理の伝統ではそれをもって「理解した」とは言わないわけですよ。

○そうですね。それだと行き当たりばったりですもんね。

■そうです。それは、物理では「理解した」とは言わないんです。

次号へ続く…。

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編集人:森山和道【フリーライター】
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