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2000/06/01 Vol.101
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【玉置雅紀(たまおき・まさのり)@国立環境研究所 地域環境研究グループ】

 研究:植物分子生物学
 著書:『植物の形を決める分子機構』秀潤社
     (共著、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス遺伝子>

ホームページ: 「植物生理若い研究者の会のホームページ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/naka000/

○「植物生理若い研究者の会」などでご活躍でもある植物分子生物学の研究者、玉置雅紀さんにお話を伺います。何かと話題のバイオ研究の実際、お楽しみを。(編集部)



[16: オゾンストレスに対する植物の応答]

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○これ以外には?

■現在これ以外に何をやっているかと言いますと、大気汚染ガスの話ですね。

○おっと忘れるところでした。その話をお聞かせ下さい。

■まだやり始めたばっかりで見習いの段階なんですが。大気汚染ガス、具体的にはオゾンガスに対する植物への傷害メカニズムの研究をやってます。

○ふむ。自然界でオゾンというと?

■はい。普通にオゾンというと思い出されるのがオゾンホールですよね。成層圏での オゾンは確かに減りつつあると言われていますが。ですが、対流圏、僕らの生活圏に あるオゾンは増えてます。その発生源は排気ガス、そして工場の排煙などです。
 具体的な発生メカニズムは僕はあまり覚えていないので教科書をご覧頂くとして (笑)、基本的にはNO2にエネルギー、太陽光、が加わるとオゾンができる。そしてオゾンの発生量というのは年々増加しています。オゾンは光化学スモッグの構成要素の一つで、光化学スモッグの8割はオゾンです。光化学スモッグっていうのはなくなったように思われていますが、まだあるそうです…。

○え、そうなんですか?

■あるんです。昔みたいに人がバタバタ倒れるかどうかはよく知りませんが、発生量は上がっているところが多いんです。

○そうなんですか。

■ええ。ただより新しい問題である環境ホルモンとかダイオキシンみたいなものが出て来ちゃったので…、世の中がこの問題に「飽きちゃった」んですかね。

○うーむ…。そうなのかなあ。

■でも、オゾンは確実にある。人間にも影響があるんでしょうけど、僕は植物。植物 に与える影響というのをやってまして、それで具体的にどうなるか。オゾンは気孔か ら植物に取り込まれますが、それでどういうことになるのかといいますと、オゾン自 体が酸化作用があるので、植物を構成している細胞膜の成分を酸化させてしまい機能 をなくすとか、あるいはタンパクを破壊するといったことを引き起こします。

○はい。

■さらにタチの悪いことに直接破壊するだけではないんです。植物は光合成をしない と生きられないのですが、オゾン+光というのが最悪なんです。単にオゾンだけなら 被害は大したことはないでしょうが、光の下のオゾンというのは、さらにいろいろな 活性酸素物質を作るんです。相乗的に植物内で活性酸素を増やしていくんです。

○だから逆に植物はビタミンとかを作って活性酸素を消しているんですよね。

■そうですね。もともと植物は光に依存して生きる生物なので、そういうのが多量に 必要です。活性酸素を消すメカニズムにはいくつかあります。その一つが今おっしゃ った活性酸素を還元するような物質ですね。アスコルビン酸だとかグルタチオンみた いな還元物質が関与しているんです。そういうもので直接活性酸素を消しています。
 あるいは、これは植物に特異的なんですが、代謝経路を使って活性酸素を消すこと もしています。これはアスコルビン酸とグルタチオンを利用する回路なんですが、 SODやAPX、GRという酵素を使って、活性酸素を消して水に変える回路です。アスコル ビン酸-グルタチオン回路っていうそのままの名前がついています。
 実際、僕の(環境研での)先輩がこの回路の中の酵素を植物にたくさん作るように 導入して、ある程度活性酸素に強い植物を作ったという報告もあるので、この系を強 くすることで大気汚染ガスに強くなるだろうということがいえます。

○並木に強い木ってありますよね。ああいうのは、活性酸素消去系っていうのが強いんですか。

■強い、っていうのは枯れないっていうことだと思うんですが、枯れるまでには非常に多くのステップがあるんですよ。

○ああ。

■というのは、まずオゾンを取り込むか取り込まないかで違いますよね。オゾンが発生したときに、すぐにバタッと気孔を閉じてしまうものもいますから。

○そういうのもいるんですか。へー。

■そういう防御の仕方をしているのもいます。これならば傷害は出にくいですよね。 次にこの部分で違いがないとしたら、今度はオゾンを取り込んだときに、もともと活 性酸素を消去するもの──例えばアスコルビン酸が多いもの──なんかは強いでしょ うね。

○種によって大きく差がある?

■植物種により差があるし、また同じ植物でも若い葉とそうでない葉とでも差があります。例えばタバコではアスコルビン酸の量が上の方、つまり若い葉の方が量が非常 に多いんです。ですから比較的オゾンなどには強い。
 それに対して下の方の葉は、アスコルビン酸量が少なく、オゾンに弱いです。合目 的的に考えれば、年寄りを切っちゃうということになるでしょうか。下は切ってしま って上は残すと、そういうメカニズムで個体を残すということです。
 さらにですね、枯れる枯れないでいいますと、ポジティブな枯れ方とネガティブな枯れ方があるんです。

○アポトーシスとかですか。

■そうです。ポジティブな枯れ方としては、programmed cell deathを通したやり方 で、それ以上活性酸素による被害が全体に広がらないようにしようとする事が挙げら れる。このような枯れ方もあれば、本当に「もうダメ」みたいな枯れ方もあるわけです。

○なるほど(笑)。

■なので、枯れるまでには非常に多くのステップがあります。それは何を意味しているかというと、研究が難しいということなんです。というのは、オゾンが植物に取り 込まれて植物が枯れますよね。指標としては枯れることが一番わかりやすいんです。 しかしそれに至るまでのステップだけでもたくさんあるのに、それに関わる遺伝子な んてのはさらにたくさんあるんですよ。そうすると、結果的に何を見ているのか分か らないということがあります。非常に研究は難しいんです、たぶん形の研究よりも。

[17:オゾンストレスに反応するシグナル伝達経路 ]

○ふーむ。基本的にはストレス応答のときに何がどう発現するかという話なんですよね。

■そうです。これについて最近やっていることはですね、横を見ようということです。

○「横」?

■ええ。僕らがしているのは植物の大気汚染ガス応答の研究なんですが、植物のスト レス応答というのは色々な事が研究がされています。たとえば病原菌、あれもストレ スの一種ですね。病原菌の感染によって植物がどういう反応をするかという研究は古 くからされていました。
 その過程で最近、病原菌が感染すると活性酸素が出ることが分かったんです。

○へー。

■それはちょっと横へ置いておきまして、さらに病原菌が感染するとサリチル酸、ジ ャスモン酸っていう物質、これは植物ホルモンですが、これらが合成されることも知 られています。あ、サリチル酸は植物ホルモンとしてまだ認められてないか?ホルモ ン様の物質です。それらの物質に応答してどういう遺伝子が出てくるかということが 様々な研究で分かっています。

○はい。

■実際オゾンを暴露した場合でも、同じ物質が合成されることが分かったんです。つ まり、オゾンストレスへの応答と病原菌の感染に対する植物の応答は似てるんです。 さらに植物にとってのストレス、例えば強光とか低温とかをひっくるめて見てみます と、あるところまでの反応は似ているようです。

○つまりストレス応答のしくみを、あるところまではシェアしている?

■そうです。植物はすべてのストレスに対して別々の入力系を持っているとは考えに くいので、少なくともいくつかのシグナル経路の組み合わせで対応しているのかもし れません。そうならば、異なるストレスに対する植物のシグナル応答にはある部分ま では違いがあり、ある部分では共通性がある、といった構造を持っているんじゃない かと考えられるようになってきました。

○なるほど。

■もっぱら僕らが今やっている研究というのは「横を見て学べ」と(笑)。というの は僕らがやっている公害の問題というのは比較的最近の話ですよね。でも植物の病気の問題というのは植物の栽培をはじめて以来、ずっと研究をやっているわけで、研究 の歴史はそちらのほうが非常に古いですから。
 ということで学ぶことが非常に多いんですよ。具体的には病原菌感染のときに植物で起こることがオゾンストレスのときに起こるのか、起こらないのかということは非常に重要だなと考えています。

○植物は今まで別のストレスに対して使っていたものをオゾンに対して使いまわしで対応している?

■分かったことは病原菌の感染抵抗性のシグナルも活性酸素が引き金になっているん じゃないかといわれていることです。結果としては同じ事じゃないのかな。また、元 々植物は地上に上がったときから常に活性酸素ストレスに晒されてきてきたと思われ るので、この文脈では既にオゾンストレスへの対応は終わっていたともいえますね。
 ただこの先、未知のストレスっていうのがあるかもしれませんよね。人工的なもの かもしれませんが。そういうものに対して植物がどう応答するのかを観察するのは楽 しいと思いませんか?

○ええ。

■いまある道具立てで何とか対応しようとするのか、それとも何かを付け加えようと するのかっていうことが、新しいストレスを与えることで見えてくるかもしれない。 そういう小進化?の過程が見えないかなと考えてます。

○いまは実際に遺伝子のレベルでどう読み違えているのかとか、どこが重複したのかとか分かるわけですからね。いわばいじめてやるわけですね(笑)。

■いじめて、親呼んでこい、みたいな感じで(笑)。

○そうなるとどう反応するのか分かると。

■いじめて、泣いてから急に強くなる子供っていますよね。いまある道具だけで新た なストレスに対処しようとするのはそういうタイプだろうし、逆に恐いお兄ちゃんを 連れてくるのは新しい機能を取り込むタイプですね。そういうのが見られたら楽しい のかな、と思うんですが。

○ええ。

■とりあえずオゾン反応に関しては横に学ぼうということでやってます。

○でも面白いですね。植物の代謝系の話にしても、CO2が減ってきてC3植物からC4植物が生まれてきた仕組みも、そういうところから分かってくると面白いですね。

■そうですね。ただin vitro、というか研究室内で進化を追っかけた例はまだないですよね?遺伝子組換えは別として。そういうのはどうやって見たら良いか分からない です。
 とりあえず今、具体的にやっていることの最終的な目標は大気汚染に耐えられる植物を作りたいなということです。

[18: さまざまなストレスに耐性を持つ植物をつくるには?]

○NOXに対してどう応答する、っていうのは分かってるんですか。

■NOXに関しては、こちらでは直接やっていませんが、基本的には肥料になると思うんですね。

○そうでしょうね。

■実際植物にはNOx、つまりNO2なんですが、それを代謝する酵素はもう用意され てます。硝酸還元酵素、亜硝酸還元酵素がこれに関っています。
 それらの酵素があるので基本的に植物はNOxにはそこそこ強いんですが、じゃあ NOxを発生させても良いかというと、NOxから光を経てオゾンができますので、植 物のことを考えても排出量は減らしたほうが良いということになります。

○そうでしょうね。

■ゆくゆくは、日本では色々な規制が進んでいるので大気汚染の問題というのは、ひょっとしたら尻つぼみになるかもしれませんけどね。

○でも中国とかは…。

■今ある技術を応用するとすれば開発途上国でしょうね。
 いずれにしても、最終的には遺伝子組換え技術を使って、何らかの夢のある植物を作れたらなと思ってます。

○大気汚染に強くて、ということですか。

■そうですね、さしあたっては。
 ただゆくゆくは…。最終的に求めているものは、全 般的なストレスに強いものですね。先ほど申し上げたようにストレス応答の仕組みは かなりシェアしているところが多いので、逆に本質的なところが分かれば可能だと考 えています。

○本質的なところ?

■ストレス応答シグナルというのがどう進むのかといいますと、傷害反応に向かうシ グナルと防御反応に向かうシグナルとがあるんです。ほとんどのシグナル経路はどち らの方向にも進むと思われます。ですが中には防御反応にしか進まないシグナルもあ ると思います。例えばそこを強化してやる。そうすると多くのストレスに対して強く なるんじゃないかと思うんです。一方で、そういう部分を下手に強化させると一気に 死んでしまうようにもなりかねないので、なかなか難しいだろうな、とは思ってま す。

○細胞内のシグナル系をいじる。

■いじったらどうなるか。

○どうなるんでしょうねえ。

■やってみないと分からないし、そこが楽しいかな、と思います(笑)。
 遺伝子組換えする場合はある程度の結果(成果)を予測してやるんですが、理屈通りにならない場合も多い。うまくいったらやはり楽しいですね。

○すごく面白いですね。
 病気にかかりにくい植物っていうのは、そういうものなんでしょうか?

■そうかもしれないです。でもあくまでもこの方法は一面的ですからね。植物の生活環の中で、あるシグナル経路は一つの現象だけに関わっているわけじゃないはずなんです。

○ええ。

■そういうところをいじってしまうと結局植物の生活全般に歪みが出る可能性もあるので。だから時期を選んで、例えば何らかのストレスが植物にふりかかった時だけそのシグナルが強化されるとか。こういう凝った組換え体が最終的には必要なのかなと思ってます。

[19: 生物の最小単位は細胞]

○植物の話はこれからどんどん面白くなりそうですね。
 そういえば以前、基生研の長谷部先生らが「シダに花を咲かせる」といった話をされてましたよね。花が咲かないシダにも既にも、その部品がいくつかあるから、と。あれはどうなったんですか。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■新刊書籍、雑誌:
◇『スーパーコンピュータ』(ポピュラー・サイエンス217) 山田 博著
 裳華房/本体1500円+税 
http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN4-7853-8717-3.htm
 21世紀へ向けて巨大な能力を誇るスーパーコンピュータの誕生から現在までを解説.

◇『つながりの科学 ―パーコレーション―』(ポピュラー・サイエンス216)小田垣孝著
 裳華房/本体1400円+税 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN4-7853-8716-5.htm
 素粒子理論や生物学など多方面に渡って応用されるパーコレーション理論を実例豊富に紹介.

◇『あなたと私の触媒学』(ポピュラー・サイエンス210) 田中一範著
 裳華房/本体1600円+税 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN4-7853-8710-6.htm
 触媒の定義を広くとり,工業用から生体触媒まで,さまざまな触媒とその反応を解説.

■イベント:
◇生化学若い研究者の会関東支部 ミレニアムシンポジウム「Beyond the Genome 〜ゲノムを越えて〜」
  http://www.seikawakate.com/sibu/kanto/kanto.html
 6月3日(土)13:00〜 東京大学医学部本館大講堂にて 事前連絡不要

■ U R L :
◇H-IIAロケットの開発計画について NASDA
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/200005/h2a_000524_j.html

◇こんにちはダイノサウルス 〜タイ恐竜発掘事情〜 SFオンライン39号
http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/no39_20000522/special2.html

◇データベース検索のための新量子アルゴリズムがGroverによって発見される
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2000/0524/grover.htm

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NetScience Interview Mail Vol.101 2000/06/01発行 (配信数:22,363部)
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