97年3月Science Book Review


CONTENTS


  • きのこの100不思議
    ((社)日本林業技術協会編 東京書籍、1200円)
  • 前も書いたが、科学関連の本は、続けざまに似たような本が出る傾向がある。いまのトレンドは「きのこ」らしい。朝日百科も出たし。

    私の実家でも昔、菌を植え付けた木(いわゆる榾木)をもらってきて、シイタケを裏で作っていた。もちろん自分のウチで食べる程度だが。キノコって見れば見るほど不思議だよな、と思っていたのはそのころからかも。

    本書は、キノコについての100の小文集。著者は森林総研や各大学農学部などの研究者たち。一人あたり見開き2ページ分で、キノコの生活、森での役割、毒キノコ、バイオテクノロジーなどの話題が満載。どこからでも読める豆知識的な本だが、面白い。

    日本のキノコは5000〜6000種。うち、名前が付けられているのは約3分の1程度に過ぎない。その他は、毒を持っているかどうかも分からない状況なんだそうな。霊芝(マンネンダケ)などキノコの薬効は昔から知られているが、ヤマブシタケというキノコには、神経成長因子合成誘導促進作用がある。つまり、脳細胞をある程度再生する力があるというのだ。ボケなどにも効果があるかもしれない、と注目されている。

    世界最大の生物として報告されているのもキノコである。いわゆる「キノコ」の部分は、キノコの本体ではなく子実体である。実際の本体は、地中や植物の中に入り込んだ菌糸の部分であるが、ミシガン州の広葉樹林でナラタケの菌糸の重さを計ると、重さ10トン以上、実際量は推定では100トン以上、という数字が出たのである。しかも、最低1500年は生きているという。凄いものだ。

    それとは違うが、オニフスベやニオウシメジもまた「巨大キノコ発見!」とかいう見出しで新聞紙上などを賑わすキノコだ。ニオウシメジの大きさは、巨大なものでは120センチを超え、重さ180キロを超えるものもあったという。オニフスベは丸いボールみたいな形をしたキノコだが、中の胞子数は、直径30センチのもので、一千超個を超えるという。これが、一日で突然出現するのだから、びっくり。信じられない。

    雷が落ちた場所でキノコがよく生える、というのは本当で、実際に検証実験も行われている。そのメカニズムは未だに不明という。

    とにかく、数多くのトピックスが紹介されている。カラー写真がない事以外は不満は特にない。


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  • 「あいまいさ」の物理学 秩序と無秩序の間を捉える新しい試み
    (ジョゼッペ・カリオティ著 宮崎忠訳 講談社ブルーバックス、740円 原題:Simmentrie infrante nella scienza e nell'arte)
  • イタリア語版原題を直訳すると「科学と芸術における対称性の破れ」となる。本書の内容は、こちらの原題の方が端的に表している。「人類と自然構造との文化上の関係」に、「情緒的な面と合理的な面が融合されているのを統一して説明できるだろうか」というのが本書の大きな最終テーマである。

    エッシャーの絵や、だまし絵は、お馴染みだが、あれを見つめる過程、どのようにして構造を知覚していくのか、無秩序から秩序が「形成」されていくのか──著者は、こういうことに興味があるらしいのである。当然、本書の中には普通の物理の本同様の記述や方程式と共に、だまし絵が多く散りばめられている。

    対称性、保存則、座標変換、運動の恒量、物質構造、エントロピー、情報理論、熱力学、非平衡における協同現象と構造の自己組織化。知覚には、これら物理学の基本的特徴の数々が組み込まれている、と著者は言う。「構造の対称性が破れ、以前には偶発的に散らばっていた刺激が、視覚的思考を形成するようになる」。それらは「芸術における創造・精妙さをも生み出している」という。

    秩序→無秩序、秩序←無秩序の転移。だまし絵のメカニズム、そして自然界全体の構造。それらが、熱力学や量子論(あるいは論理学か?私には分からない)で説明される。これこれこういう本だ、と一言ではいえないが、なかなか刺激的で面白い本である。


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  • 重力レンズでさぐる宇宙
    福江純山田竜也著 岩波書店(岩波科学ライブラリー47)、1000円)
  • この本の構成には不満がある。

    となっているのだが、問題は「重力レンズの発見」と「幻の仕組み」である。この構成の順番は逆だと思う。「重力レンズの発見」でいきなり、重力レンズ発見は(1)複数の天体が非常に近距離にあり(2)天体の特徴が同じであること、の二つの点に留意して行われた、と書かれ、その理由が全く説明されないのである。これは、おかしい。少なくとも一般的な本としては、こんなことをいきなり書くべきではない。

    のっけから厳しいことを書いたが、この構成の不満を除けば、重力レンズ研究の一端をかいま見ることが出来、研究史、研究目標と課題をコンパクトに概観できるので、便利な本ではある。「重力レンズの仕組み」も、分かりやすい。これが前にあれば問題ないのに。

    このページをわざわざ読んでくれている方なら、いわゆるダークマター問題、そしてMACHO(MAssive Compact Halo Object, マッチョ)、というのを聞いたことがあるだろう。有質量ハロ天体のことである。銀河は、いわゆる円盤部だけではなくて、その周囲にも広がっている。その、円盤部ではないところを、ハロと呼ぶ(本を買って図を見て)。このハロに、これまで考えられていたよりもずっと星がいっぱいあるのではないか、と推測されているのである。で、それがどの程度あるかが、宇宙全体の質量を決めるのに、大きな課題となっている。
    で、MACHOの観測、というか発見に、重力レンズが利用されているのである。遠方にある星の前を星が横切ると、重力レンズ効果が起こる。具体的には星の像が歪んだり、変光したりする。だから、MACHOによってそういう効果がどの程度起こるかが分かるわけで、現在かなりの成果を挙げているそうだ。

    読む方が順番を変えれば、面白い本だと思う。


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  • テクノロジー・ワンスモア エンジニアが語る技術と産業の未来
    (西村吉雄+未来技術研究会著 丸善ライブラリー、718円)
  • 技術者達へのインタビュー集。
    戦後、各技術界で活躍してきた人々へのインタビューなのだが、私は専門がまったく違うせいだろう、ほとんど共感できなかった。思うに、頭からだーっと読んでいったのがいけないんだと思う。目次を見て、自分の興味のあるジャンルの人のものから読み進めるのが良いのかも。

    テクノロジー・ワンスモアとは、要するに、公害やら環境破壊やらで技術は悪者扱いされてしまっているが、状況を打開するのもやはり技術しかないだろう、ということであるらしい。
    私は基本的にこの姿勢には賛成なのだが、それを踏まえて。
    本書を読んでいると、漠然とではあるが、年輩の技術者たちの、妙なあせりと不安と自信がないまぜになったような、おかしなものを感じる。これが、現在の技術者、それも中堅、あるいは責任者クラスの方々の感覚なのだろうか。もともと、そういう感覚がないと、こういう本も出ないだろうしなあ…。


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  • カエルの鼻 たのしい動物行動学
    (石井進(いしい・すすむ)著 八坂書房、2000円)
  • ヒキガエルはどうして、毎年同じ池に産卵に来るのだろうか?どうやって「道」を知るのだろうか?視覚?嗅覚?記憶?どのようなメカニズムがそこにあるのか。
    本書は、この疑問を解き明かそうとした研究者自身による物語である。

    全体のトーンは岩波ジュニア新書、あるいは筑摩プリマーブックス系。つまり中学生以上なら誰でも読める、取っつきやすい、やさしくユーモラス。丁寧・丹念に研究過程を追う。その「過程」が本書の主役である。著者の思いもその辺りにあるようだ。

    もちろん、カエルの行動の不思議さもあるのだが、この本の主役は、「科学する」ことの過程、そしてその過程そのものの面白さ、そこから出てくる結果の面白さ。これが主役。仮説を立て、実験し、検証し、また仮説を立てる。湧いてくる疑問、それに一つ一つ答えていく過程。ある時、全てが結びつく。科学の喜び。楽しさ。

    研究室での上下関係(無茶を言う指導教官)の話も、理学部出身の僕としては、読んでいると懐かしい(あ、僕の指導教官は非常にいい人でした、ホント)。

    表紙と腰巻きのレイアウトは秀逸。笑えるし傑作。裏表紙、僕は職場で周囲の人に見せてしまいました。デザインを見ると「株式会社アーリーバード」とある。良い。

     詳しいことは、→他の書評を見て下さい。


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  • ダーウィンよ さようなら
    (牧野尚彦(まきの・よしひこ)著 青土社、2600円)
  • 「生体高分子系には、状況を認識し、その情報を伝達し、組織的に応答する」機能がある、このことそのもにに反論する人はあまりいないだろう。ただし<認識>と「かっこ付き」であれば、の話だが。

    生体高分子が、「インテリジェントな」システムであることは、確かにその通り。タンパク質が「いくつもの情報応答部位を装備した多面的な組織体」であるのも、確かにその通りだと思う。ただ、この本の著者は、分子達は、本当に「わかって」いる、と語るのだ。生体分子たちも「隠喩ではなく文字どおりの意味で互いに”認識”し合っている」と著者は主張、「分子間の認識的なコミュニケーションこそ、生命システムが”考えている”ことの物質的な実体ではないか」と提言する。

    この提言だが、確かにある意味ではその通りである。我々の「思考」だって、分子間の相互作用の結果なのだから。システムはシステムであって、部品を眺めていたって何も始まらない、それは確か。問題は、それをどこまで拡張するか、だ。
    生体超分子システム──<生命>そのもの──が、考えていないとどうして言えるのか?という著者の主張は反証不可能である。地球は一個の有機体で思考している、というのが反証不能であるのと同じだ。
    著者はさらに主張する。進化も、現代の主流進化論が言うような、偶発的な変異によって起こっているのではない、そこには合目的的なものがある、と。分子レベルの自律性、それが「意志」や「心」の源流であるに違いない、と。

    この本がいわゆる「トンデモ本」なのかどうかは「と」学会の人たちにおまかせするが、はっきり言って、良くてスレスレである。私も、何度も読むのをやめようか、と思った。論理に飛躍があり(おそらく著者の中ではつながっているのだろうが)ついていけないところが多々あり、不思議なほど頑なに「ダーウィニスト」を嘲笑する本書の文章は、はっきり言って品がない。また、読者をも馬鹿にした表現もある(こっちは金出して本買ってんだぞ!)。趣味で本を読んでいる人間には、そういうのを読むのはつらい。アジ演説のように声高に主張されている考え方にも、私は与しない。

    なのに、なぜ読了し、更にここで取り上げるのか。それは<進化>にはまだ我々の知らないメカニズムが存在する可能性は大いにある、と私自身思っているからであり、この著者があげつらう問題点や主張の中にも理が含まれていると思うからだ。
    「獲得形質の遺伝」にしたって、確かに生物の世界では完全に否定されているが、地質学、あるいは古生物学の世界ではそうでもないのである(だからこそ、生物の人は古生物(化石)の人を馬鹿にするのかもしれないけど)。だがやはり、化石を見ていると、<進化>には多分、まだ我々の知らないメカニズムがあるのではないか、という気がしてくる。

    僕にはタンパク質──あるいは<生体超分子システム>が「考えて」進化してきたとは思えないのだが、まあそういうわけで、一応読了し、ここに読書録を書いた。

    思うに、この「考える」というのは、単なる言い方の問題(あるいは思想?)の問題である。「機械は思考するか?」という問いがあるが、ある人は「時計はもちろん、歯車でも思考している」と言い、ある人は「機械が思考するなどあり得ない」と語る。それと同じことではないのか、と思うのだ。だから、何を言ってもこれまた反証不能で、あまり意味がないのではなかろうか──これは機械は思考するか?という問いに対する僕なりの答え方(答えではない)でもあるのだが。

    我々の身体の部品であり、全体の一部であり全体でもある分子。
    著者は、生命の本質に対して、機械論でもなく生気論でもない「有機体論」を提案する。要するに、生命の本質はシステムにある、という「システム論」である。進化や<生命>の始まり、つまり<システム>が形成された原因も、システムそのものの中にある、という。最近ブームの、システムが内在する自己組織化、という奴だ。

    しかし、これでは循環論法である。これは、この本だけではなく、他の本の中にもよく見るのだが、私が知りたいのは「なぜ自己組織化するのか?」ということなのだ。なぜ自律的にシステムが生まれるのか?「それは、そういうものだから」組織化するのだ、と言われても満足できない。だから、「それ」はなぜなんだ?私は、それが知りたい。生体高分子の自己組織化がどうのこうのと言われても、そんなことは、普通の教科書を読めば出ているんだから。

    生命の本質、あるいは「心」の本質が、化学曲芸的なシステムに基盤にあるのは間違いない(他に何があるというのか?)。なぜなのか──そこに答えて欲しい。進化の謎──本当に、今の生物学が言うように、それらは見かけ上のものに過ぎないのか?──の答えも、そこにあるかもしれないのだから…。

    そして、そこには「心」がどこから生まれてくるのか、「生命」と物質の境はどこにあるのか、そういった根元的な問い(と答え)も含まれている。この問いから科学は逃げるべきではない。実際既に、多くの科学者はここに挑み、問いを発している。だから私は、科学の周辺に今もいたい、そう思っている。

    余談:
    この本を読んでいると、いろんな本のことを思い出す。そういう意味では「啓発的」であることは確か、かも(^_^;)。


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  • 考えることの科学 推論の認知心理学への招待
    (市川伸一(いちかわ・しんいち)著 中央公論新社(中公新書)、660円)
  • 私たちはどのように考えるか。どのように物事を認識し、構成し、間違いを犯すのか。そういったことを知っておくのも悪くない。日常生活を送る上で、どんなことを勘違いしやすいのか、といったことを注意する上での助けにもなる。例えば、他者は自分と同じように考えるだろう、と思いがちである。これは総意誤認効果と呼ばれている。情報を使って判断するときにも、どうしても方向づけしてしまう。これは、科学者であろうが、一般人であろうが、避けられないところだろう。
    また、人工知能や言語の研究者らは、また別の興味関心を持って本書を読むことができるのではないだろうか。

    「会話や文章の理解において私たちが使う知識体系は、一般にスキーマ(schema)と呼ばれている」。ミンスキーは「フレーム」と呼び、シャンクは「スクリプト」と呼んでいるが、要するに、記憶の文脈、とでもいったものであるらしい。ある物事が起きたとき、我々は自分のスキーマと参照して物事を認識する。当然、スキーマは人によって異なる。よって、同じ事象にぶつかっても認識や判断が人によって違う、ということが起こる。記憶される時も、これまでの経験や記憶と影響し合ってストアされるから、誰一人として同じ記憶は持たない。「記憶というのは、聞き手のスキーマに適合されるように解釈され、変容されていくものである」。

    人間は、なぜバイアスやエラーをしつつ、物事を認識するのか。それはおそらく、その方が有利だったからだろう。「適当に判断する」方が、厳密に状況を解析するよりも、有利な(あるいは適切な)場合もよくある。人間の会話などはその際たるものだろう。

    この認知心理学が担当している世界は、相当に奥が深いに違いない。
    本書そのものは、読んでいると大学の教養時代の授業を思い出してしまうような本だが、興味のある方は、覗いてみるのも良いと思う。


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  • ダーウィンの憂鬱 ヒトはどこまで進化するのか
    (金子隆一(かねこ・りゅういち)著 祥伝社(NON BOOKS)、848円)
  • タイトルはどうでもいいようだ。要するに、進化を取り巻く科学エッセイである。

    素朴な疑問──なぜヒトの髪は長いのか、唇はなぜ赤いのか、といった話題。進化を取り巻く、様々な物語や仮説がユーモラスな筆致で語られる。<進化>ネタが好きな人は楽しく読めると思う。ネタ的にはこれまで著者があちこちで書いている内容で、イマイチ新鮮味がない。集められていることそのものは便利だ。

    うーむ。これ以上、書くことが無いな。じゃ、おまけを。
    中原秀臣氏が言葉を寄せているのだが、これは、どういう経緯なのか?
    いろいろ、勘ぐってしまう…。


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  • DNA伝説 文化のイコンとしての遺伝子
    (ドロシー・ネルキン&スーザン・リンディー著 工藤政司訳 紀伊國屋書店、2330円 原題:The DNA Mystique, The Gene as a Cultural Icon, 1995)
  • 「科学は神の領域に手を触れてはならない」とは、遺伝子工学に反対する人々の決まり文句の一つである。つまり、こういう事を言う人たちは「遺伝子=神の領域」と考えているのだろう。彼らの言動には、遺伝子=人間の本質=魂という考え方が透けて見える。そしてこの考え方は、世の中に広まりつつある。

    「遺伝子」という言葉は、細胞内の二重らせんを意味するに留まらず、その意味をどんどん拡張している。言葉が一人歩きし始めている。大衆文化の中で、新たな、メタファ・象徴・聖像と化しつつある。

    ありとあらゆることが「遺伝子」のせいである、とする考え方も世間を席巻しつつある。犯罪者になりやすい遺伝子、ゲイになりやすい遺伝子、才能遺伝子、アル中遺伝子…。

    これに伴い「新優生学」とでもいうべきものが台頭しつつある。日本でもそうだが、アメリカはさらにひどいようだ。なんせ、日本が今日成功している理由は、江戸時代「切腹」によって反体制的な人間が抹消されていったからだ、と言っている人物までいるらしい。これには笑ってしまった。

    人間も生き物である。犬や馬にも品種があるように、おそらく人間でも遺伝子変異に伴う何らかの違いはあるのだろう。たとえ、ゲノム全体で見ると0.1%くらいしか違っていなくても。しかしながら、遺伝子だけで全てが決まるわけではない。当たり前である。しかし今日、「遺伝子」という言葉は魔術的なパワーを持ちつつある。全てが書き込まれている設計図、人間とはそれにのみ従う、所詮努力したところで遺伝子で決まっているのだから仕方ない、といった考え方を持つ人々(あるいは、そういう風潮を悪用する人々)が増えつつあるらしい。

    本書は、そういう行きすぎた「遺伝子本質主義」による社会への影響を調べ、考察したものだ。内容は、おそらく想像できるだろうが、非常に多岐にわたる。優れた「遺伝子文化論」と言える。そして重要な点は、扱われている内容全てが現在進行形である、ということだ。

    社会的な差異。それを遺伝子の差異に還元したがる人々が、これほどに多いこと。このこと自体に、考えさせられる。
    一つの言葉・概念の解釈・利用。これが、これほどに多岐にわたることに、科学者もしばし耳を傾けるべきではないだろうか。
    ドーキンスなら、このミームの変異について、なんと言うだろうか?

    最後に訳について。
    はっきり言う。この訳文はひどい。言葉とは「てにをは」が繋がっていれば良いというもんじゃない。文とは、意味が分かるように構成するものだろう。参考文献のリサーチも甘い。日本語訳が出ている本は、きちんとそれを明記すべきだろう。編集者は仕事しろ仕事を。ラマ?向上戦争?訳者は早川から訳書も出しているというのに、SF担当に聞いてみようと思わなかったのだろうか?SFはまだいい。問題は、おそらく他にも、同様多数のケースがあるんだろうということだ(本書にはかなりの量の参考文献リストが添付されている)。こういう多くの分野にまたがる本を訳すときには、それなりの心構えで仕事をすべきではないのか?引用されている参考文献をほとんど読まずに、よく翻訳なんかできるもんだ。翻訳ってそういうものなのか?2400円も払ってんだぞ、こっちは。


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  • あなたに潜む多重人格の心理 いつ、どんな形で”別のあなた”が現れるのか?
    (本明寛(もとあき・ひろし)著 河出書房新社(KAWADE夢新書)、667円)
  • なに、この本?
    自己啓発セミナー?

    この作者は、本気でこんな本を書いているのか?
    だったら僕は、心理学なる学問は一切信用できないな。

    この「KAWADE夢新書」ってシリーズ、もともと、かなり危ない本も多いんだけど、ね。


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  • マンモスが現代によみがえる 驚異の遺伝子研究が生命の再生を可能にした
    (後藤和文(ごとう・かずふみ)著 河出書房新社(KAWADE夢新書)、667円)
  • マンモスの復活>という題材を使い、現在の生命科学・生物学を広く教えてくれる本。高校の生物の先生などにはネタ本としてオススメできる。既に羊のクローンの話も話題の中に盛り込まれている。

    筆者は90年にウシの死んだ精子を顕微受精させ、無事出産させた人物であるが、マンモスの復活を夢見るきっかけになったのは、アメリカの記者の質問であったという。なにがきっかけになるか分からないものだ。

    アフリカゾウとアジアゾウより、マンモスとその他のゾウの関係の方が近いことが知られている。アフリカゾウとアジアゾウの間でも子どもが出来る。だから、ゾウの卵子に、マンモスの精子のDNAを取り出して顕微受精させれば、マンモスとの間にも子どもが出来るかもしれない、と予想される。この作業を繰り返してマンモスを再現しようという試みが「マンモス復活プロジェクト」である。

    精子の中のDNAは、体細胞の中のDNAよりぎっしりと詰め込まれた形になっている。水分も少ない。精子中のDNAは保存には最適なのである。細胞としての精子は死んでいても、中のDNAがきちんと保存されている可能性は非常に高い、らしい。

    本書では、この計画の内容を、基本となる生物学の知識や、遺伝子工学、人工受精技術の話などを随所に折り込みながら、分かりやすく解説した本である。値段も手頃だし、内容のバランスも取れている。

    あ、ひとつ。
    カエルの体細胞からのクローンの図があるのだが、最後成体にまで成長しているのは間違いじゃないのかな?私は素人なので、誰か確認して下さると嬉しい。


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  • クジラは昔 陸を歩いていた
    (大隈清治(おおすみ・せいじ)著 PHP文庫、553円)
  • ご存じ、PHPから出ている好評動物シリーズが文庫化されつつあるが、その内の一冊である。オリジナルは88年に出ているが、やはり面白い。実際、これほど面白いとは思わなかった。暇つぶしには最適だ、このシリーズ(これは誉め言葉)。

    噴気(潮吹き)は、海の水を噴いていると思っている方も多いと思うが、あれは実際には空気を吹き出している。水蒸気が凝結して、それで白く見えている。1秒から1.5秒の間に、1500リットルも噴き上げるという。実に深い呼吸。笑えてしまう。

    本書を読むまで知らなかったのだが、クジラの歯は「同歯性」なのだそうな。異歯性は哺乳類の特徴だと思っていたが、クジラ類は食物を丸飲みするので、同歯性になったものらしい。また、ヒゲクジラのヒゲは、歯ではなく粘膜が変化したものである。また、イカを食べる種の口の内部は、イカを押さえつける為にざらざらになっているそうだ。実に良くできているものだ。

    本書にはクジラの内部図解イラストもある。クジラエッセイミニ百科である。文句はない。
    続けてシリーズが文庫化されることを望む。


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  • 火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者
    (オリヴァー・サックス著 吉田利子訳 早川書房、2500円 原題:AN ANTHROPOLOGIST ON MARS, 1995)
  • 邦題の副題が気になる。本書でサックスが言いたかった事と、凄い違和感があるのでは?と感じるのは私だけか?

    サックスについては今更語る必要はないと思うので省略。
    書評というのが本を買うかどうかのためだけにあるのなら、以下の文章もほとんど不要だ。
    本書をすぐ買って読め──これが私の言いたいこと。

    内容は、本書カバー折り込みでも見れば良いと思うが、店頭で手に取ってみることができない方の為に簡単に触れる。
    色覚をなくした画家、LSD他のため、短期記憶ができなくなって'60年代に閉じこめられてしまった人物、チックを止められないトゥレット症候群の名外科医、視覚を取り戻し「見える」ようになったが「見えない」人物、子ども時代の故郷の風景を書き続ける画家、サバン症候群の芸術家、「抱っこ機」で締め上げられることで平安と「他者への感覚」を得る自閉症の動物行動学者(本書のタイトルは、他者と共感できない彼女の言葉から取られている)の話である。

    本書では「手話の世界へ」から引き続き、神経系の可塑性、そしてヒト──というより「人間存在」の可塑性・可能性へ、視点を投げかけて、7つのケースが語られる。人間というものが如何に不思議なものか、そして一つのシステムとしての精神が如何に不思議なものなのか──。そして、如何に大きな可能性を持つものなのか。サックスの視点(あるいは本の書き方)が、ゆるやかに変化しつつあることを感じる一冊だった。

    サックスは医者である。もちろん医者には科学者としての側面もあるわけで、彼も実際、器質的な障害について所見を述べているが、サックスは、科学者である以上に、やはり医師なのだ。
    「生物学的見方も心理学的見方も、また道徳的・社会的視点もそれだけでは不十分である。この3つの見方を統合するだけでなく、もっと内面的、実存的に、自我への影響という面から見なければならない。ここでもまた、内側からの物語と外から見た物語が融合されなければならない」
    <訳者あとがき>には、「患者を見る医師の目ではない」、サックスは「人間として」付き合っている、とある。がしかし逆に、この視点、これこそが、医師には必要なのではないだろうか。少なくとも私が患者ならば、そう望む。

    患者は皆、人間なのだ。「病気」や「障害」も含めて人間なのだ。人間の精神──からだは、意外なほど可塑性に富む。アイデンティティもその例外ではない。ある「障害」が、彼/彼女にどんな影響を与えているのか。なんらかの「障害」を仮に除去したとして、それが患者から何かを奪うことに繋がることもある。身体に大きな過負荷がかかってしまうこともある。「正常」から見ると異常で病的な様態であるものも、視点を変えれば、全く違った新しい様態であると思えるわけで、しかし…。
    人間は、本当に不思議だ。

    人は皆、個別の存在。知覚も、認識も、人によって違う。自分自身は、トータルで自分自身。人はそれぞれ障害に対して様々な方法で適応する。その適応への多様性、その能力には驚くばかりだ。そして、それが「個性」となっている人もいる。そうでない人もいる。
    人の精神とは、いったいなんなのだろうか。「私が私である」とは、どういうことなのだろうか。

    余談、というわけでもないのだが。
    「火星の人類学者」の彼女は、スタートレックの「データ」が好きだという。自閉症の人には、スポックやデータを自分と同一視する人が多いという。というか、データやスポックなら、理解できるらしい。

    ほとんどの自閉症者が知的障害施設にいれられているのは、アメリカもおそらく同じだろう。本書で取り上げられているような例はごく稀なのだろうが、日本でこういった著作がないのは、なぜだろうか。


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  • ボノボ 謎の類人猿に性と愛の進化を探る
    (榎本知郎(えのもと・ともお)著 丸善ブックス、1845円)
  • ボノボ。ピグミーチンパンジーと呼ばれていた動物のことである。本書はその観察記録的な要素を折り込んだボノボ紹介、そしてそこから著者が類推するヒトの行動進化との関わりを綴ったものだ。面白いかつまらないか、こういう本は、本当に人による。

    やはりメインになっているのは有名な性行動と、「カンジ」などの話で、全般的に見るとそう目新しい点はない。ただ、ざっとボノボ研究の様子をのぞくことができるのは嬉しい。

    この本に限らず、類人猿の類を扱う本は、必ず人類進化の話と結びつけて語られる。だが、実際の研究者の本当の興味関心は、(人間との関わりはひとまず横へ置いといて)純粋にその対象となった動物を観察することにあるんじゃないの?と思ってしまうのだが、違うだろうか?


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  • カンブリア紀の怪物たち 進化はなぜ大爆発したか
    (サイモン・コンウェイ・モリス著 松井孝典監訳 講談社現代新書、800円)
  • センス最低の邦題。原題は「Journey to the Cambrian : the Burgess Shale and the explosion of animal life」。なんと書き下ろし。
    しっかし、こういう邦題を付けるかな、普通。どういうセンスしてたら、こういうタイトルになるんだろうね。似たテーマのこの本と同じパターンだな。
    また、訳者の方はどうもあまり本を読んでないらしい。こういう本を訳すなら「アフターマン」の事くらい知っててくれ、って思うのは無理なのか?原題をキーワードとして、邦訳済みの本を検索できるサービスを作ったら売れるだろうなー、と思う。

    しかし、内容は買うに値する本。主な内容は、NHKの「生命」で、すっかり有名になった<バージェス動物群>の解釈を巡る話なのだが、なぜ多細胞生物の急激な体制形成が進行したのかについても、考察している(もっとも、今後の研究方向に示唆を与えるだけだが)。

    生物学と古生物をやる人双方に幅広く読んでもらいたい一冊。必読と言っても良い。特に、S・J・グールドの「ワンダフル・ライフ」を読んだ人は必読。この本の構成は「ワンダフル・ライフ」への反論を基本にしているからだ。そして(私が聞いているところでは)現在ではどうも、こっちの方の旗色の方が良いらしい。

    著者はグールドの本を、けちょんけちょんにする。本そのものを「冗長だ」と切って捨て、もちろん内容にも、はっきりと反論する。
    グールドは、カンブリア紀・多細胞生物登場時の多様性が最大であって、その後、多様性は減少してしていったと主張していた。それに対してかつてより、分岐分類学や形態測定学的な方法を使うと、バージェス動物群の異質性はグールドが喧伝するほど大きくない、という指摘がされてきていた。グールドはそれらを一蹴してきたし、今もしている。詳細は「八匹の子豚」掲載のグールド自身の反論を読んで頂きたい。

    どちらが正しいか、それは分からない。
    しかしこれは、極めて重大な問題だ。進化観そのものに関わる問題であり、ひいては「人間」への視点そのものに関わる問題であるからだ。

    また彼は<エディアカラ動物群>は刺胞動物である、という説を提唱する。
    エディアカラ動物群とは、バージェス動物群よりさらに前に生きていた生物群で、今日生きている動物とは全く類縁のないデザインを持っていたらしい、つまり今日生きている多細胞生物とは何の関係もないらしい、とされている生物群だ。この意味が分かるだろうか?
    つまり、今日の体制とは、全く違った体制を持った多細胞(だったかどうかにも異論があるのだが)生物が、かつて(最低一度は)存在し、そしてそれは、絶滅してしまった、ということなのだ。
    それらは「ベンドビオタ」と呼ばれ、まあ、言わばおかしな葉っぱのような姿をしていたと考えられている。口では曰く言い難い姿なので、文章では説明しづらい。なにせ他には似たような生物がいない、それこそが特徴なのだから。
    しかし、コンウェイ・モリスによれば違うという。やはりエディアカラも今日の生物群の祖先として位置づけられるというのだ。

    進化は、生物と環境との相互作用によって起こる。はっきり分かっているのはそれだけだが、これまでの進化論は、肝心の、そこの点が抜けていた。それぞれの関係がうまく取り上げられていなかった。生物の人は環境条件を定常状態に設定しがちだし、地学系の人は、生物に関してはどうしても一歩引く。分子生物学になると、なおさらだ。

    これでは、ピースの足らないパズルを、複数の人が分担して考えているようなもので、自分の持つピースの隣のピースを、向こう側でパズルを組み立てている人が持っていることに気づかないような、そんな状況がずっと続いている。誰か、全体を俯瞰する人物が、そして取りあえず考えるのに適した題材が必要だ。
    監督役の人間はともかく、「題材」については、多細胞生物が誕生したばかりの頃──地球環境そのものも激しく「進化」していた頃──の物語は、最適であるように思える。

    本書の一部では架空の「タイムトラベラー」が設定され、その視点でカンブリアの海が描写される。ここには「地層と化石はタイムマシンで、我々古生物学者こそが"タイムトラベラー"なのだ」という著者の思いが感じられ、地学系出身の私としては楽しかった。
    しかし、想像の域を出るものではない。そこが問題なんだよな。

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  • 生態学から見た人と社会 学問と研究についての9話
    (奥野良之助(おくの・りょうのすけ)著 創元社、2000円)
  • 去年けっこう話題になった「金沢城のヒキガエル」の著者である。名物助教授だったんだろうな、この人。退官記念に書いたものだそうで、「自然科学書」ではない。大学、研究、学問についてのエッセイだ。結構面白い。ただし、クセが強いので、嫌いな人も多いかもしれない。あまり続けて読まないことだ。
    著者自身が言うように、ふんふん、と頷いて読むのではなく、ホンマかいな、くらいに思って斜に構えて読んだ方が読者態度(読書じゃないよ)として正しいかも(笑)。

    進化についての箇所はなんだか納得できないけど、まあ、そんなことを気にしてもしょうがない、エッセイなんだから。


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  • 心にいどむ認知脳科学 記憶と意識の統一論
    (酒井邦嘉(さかい・くによし)著 岩波書店(岩波科学ライブラリー48)、1000円)
  • 「心のはたらきを、脳から理解したい」。著者によればこの本は二本柱からなる。1)心のはたらきの中心に記憶があるという考え方。2)知覚・記憶・意識という心の現象は統一的に理解できるという考え方。この二つである。

    本書は認知脳科学の領域の最前線の考え方が分かりやすく説かれている本だ。視覚の仕組み、記憶、そして意識へと話は進む。長期増強や長期抑圧といった記憶のメカニズムや、特徴分析装置として働くニューロンの「反応選択性(ある特徴に選択的に反応すること)」や焦点的注意(選択的注意、特定の対象に注意を向けること)などの概念が、さらっと、だがしかしきっちりポイントを押さえて書かれている。手軽にこの領域の研究成果を理解するための前知識を学ぶことができる。日本語の「心」と英語の「mind」のニュアンスの違いなどがまとめられているのも嬉しい。曰く、心はかなり情緒的だがmindは理知的であるという。

    また、盲視(ブラインドサイト)や、アントン症候群(V1の働きが障害されることで目が見えないのに患者は自分が盲人になったことを認めない症例)といった不思議な症状についても解説されている。

    「機能的再編成」という現象についても説明されている。これは幻肢と呼ばれる症状の原因となるものだ。事故などで腕を失っても、その腕が消えず、なおかつ感覚が感じられたりする症状である。さらにその感覚は、体の別の部位から発生するようになることがあるのである。たとえば顔を刺激すると、なくなったはずの腕が刺激されているように感じられたりすることがあるというのだ。

    これは脳の中でもともとなくなった腕の感覚を支配していた大脳皮質の領域に「機能的再編成」が起こったためだと考えられている。ではそのメカニズムはどうなっているのか。二つ可能性があるという。
    一つ目は再編成が視床や脳幹でも起こっているという考え方。sのような部位では体部位の地図が大脳皮質よりも狭い領域で押し込められている。だからそこでほんのすこし再編成が起こると、大脳新皮質ではそれが拡大されて現れるという考え方だ。
    もう一つは機能的再編成は大脳新皮質のみで起こっているという考え方。この場合、水平結合によって同じ領野内では数ミリ離れた場所が結びつけられていることが重要な役割を果たしているのではないかという。著者はこう説明している。「つまり、一つのニューロンは、これまで考えられてきたよりもはるかに多くの情報を受け取っているのであるが、抑制性のニューロンが仲介することで、抑えられている。しかし、神経背荷が損傷を受けたり、特定の入力線維がよくつかわれるようになった場合は、このバランスが崩れて、新しい受容野が出現するのであろう(P.72)」。

    脳はシステムを作っており、心もシステムからなっている、という考え方が認知脳科学の根本にはある。この考え方は現在の我々には非常に受け入れやすいものだ。

    著者は「知覚と意識の関係を統一的に理解する鍵が、学習と記憶のしくみにあると考えている」。認知脳科学が抱える諸問題、そして「心とはなにか」という問題を考えたい人は必読の一冊である。


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  • 遺伝子は35億年の夢を見る バクテリアからヒトの進化まで
    (斎藤成也(さいとう・なるや)著 大和書房、1900円)
  • 著者は人類進化に遺伝子から研究している国立遺伝研助教授。というわけで、本書も生物の進化、ヒトの進化を遺伝子から考える一冊として仕上がっている。 遺伝子、ゲノムとは何かといった基礎知識から、系統樹の解説、遺伝子の中立進化、遺伝子から見たABO血液型の話などを経て、ヒトという生き物の由来を語る。話題は人集団の間の遺伝的違いや今後の進化についての考察にまで至る。

    中立進化とは、遺伝子の変異において機能上、ほとんど差がないと思われる進化(変化)のことである。DNAは4種類の延期でアミノ酸をコードしているが、中には塩基の一部が入れ替わっても同じアミノ酸をコードしたままのものがある(同義置換)。このような表現型に影響をもたらさない変異のことを「中立」というのである。中立な突然変異は表現型に出ないのだから、自然淘汰にかからない。だからそういうものはどんどん変わっていく。一方、たとえばDNAを巻き込んでおくためのヒストンと呼ばれる蛋白質をコードする遺伝子はほとんど変化していないことが分かっている。また蛋白質にしても重要なものとそうでないものがある。ヒストンのように重要なものはほとんど変わらないが、たとえば赤血球の中に含まれているヘモグロビンを構成しているヘムとグロビンを例に取ると、酸素運搬に重要な役割を果たすヘムの部分に比べて、少々形が変わっても構わないグロビンの部分のほうがずっと進化速度が速い。さらに、DNAの中で遺伝子ではない部分、何もコードしてない部分の変異はもっと早い。

    一方、重要な部分でありながら積極的に変異を起こしているものもある。インフルエンザ・ウィルスの膜の外に突きだしている部分の遺伝子だ。この部分は免疫系にさらされる部分である。そのために次々と変異を続けていくことで免疫をすりぬけていくための戦略だと考えられている。一方、免疫システムのほうも負けていない。臓器移植などの報道でもときどき耳にする、MHC(主要組織適合性複合体)遺伝子は異物を認識するという重要な役割を果たしているが、やはり同様の「正の自然淘汰」を受けているという。面白い。

    本書ではこのような進化速度の違いを分かりやすく解説していく。血液型の話も面白い。血液型というのは別にABO式だけでなくいろいろあるのだが、本書では我々にもなじみがふかいABO式が具体的にどのような遺伝子によってどう決められているのか、また霊長類まで含めて、その起源に関する考察を紹介してくれている。チンパンジーにはB型がなく、ゴリラにはA型がないといったトピックスそのものや、そこから引き出される系統樹もまた面白いのだが、関連した話題、GAL遺伝子と呼ばれる別の転移酵素の遺伝子(ヒトでは偽遺伝子となっている)との分岐の話や、ABO式血液型の遺伝子(糖転移酵素)が3億年以上前頃からずーっとあったという話そのものの広がりもまた、圧倒的に面白い。できればもうちょっと詳しく解説して欲しいところであった。

    後半、ヒトの進化に関する話は、「意識」の問題にまで広がっていくのだが、紙幅に比べてやや風呂敷を広げすぎの感じ。ただ、著者自身の研究であるアジアの民族集団の遺伝的近縁図の話や、今後人間集団の遺伝的違いがどのように変化していくかといった話は、読み物としては非常に面白く興味深い。できればもうちょっと詳しく解説して欲しかったが、一読すべし。


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