「NEWTYPE」掲載<森山和道のサイエントランス>第3回

2003年06月号掲載

『細菌共生型ウンコ製造器としての人間』

 自分とは何物であろうかと、誰しも一度は考えるだろう。私も日々考えている。だが、その答えはいまだに見つからない。

 だが、自分とは何物か、確かに答えを掴んでいると思う瞬間もある。尾籠な話で申し訳ないのだが、私にとっては、トイレで大便をしているときが、その瞬間にあたる。

 大便をするたびに「ああ、自分はウンコ製造器だなあ」と思うのだ。

 これは紛れもなく真実だ。私が生きて、この世に何を残すのか、さっぱり分からない。だが、日々、ウンコを製造して世の中に次々と送り出していることだけは間違いないのである。自分は、ウンコをこの世に生み出している。今後、何物も世の中に残さないかもしれないが、ウンコだけは日々生産し続けるだろう。自分は確かにウンコ製造器なのだ。

 ところで、大便一グラム中には平均して一〇〇〇億匹のバクテリア(細菌)がいると考えられていることはご存じだろうか。大便、つまりウンコの分量のうち、三分の1から半分程度は、細菌だと言われているのである。

 中には一グラムあたり一兆としている本もある。脱線してしまうが、科学の本に出てくるこの手の数字はとにかくいい加減なので、まともに信じないほうがいい。

 まあとにかく、ウンコは細菌でいっぱいということだ。つまりウンコは、食べ物のカスというよりもむしろ、細菌の塊なのである。

 その細菌はどこから来たか。当然、自分自身の腸の中だ。大腸の中には(これまた本当かどうか分からない数字だが)平均して1.5キログラム分ほどの細菌が住んでいると推定されている。一グラム中一〇〇〇億だとすると、150,000,000,000,000個の細菌がいる計算になる。正確な数は誰にも分からないが、とにかく数百兆はいるらしい。なお、歯にも大便と同様、1グラムあたり1000億個の細菌がいると言われている。我々は細菌共生体なのである。

 もちろん住んでいる細菌は一種類ではない。細菌たちは細菌たちで、腸内で複雑な生態系をつくって生活している。腸内生態系の構成要素たる細菌たちは、宿主の食生活やら生活環境やらによる腸内環境変動に応じ、ダイナミックに構成比を変動させる。たまにそのバランスが大きく崩れると、腸の運動にも影響を与え、下痢になったり便秘になったりする。善玉菌だとか悪玉菌だとかいう名前は、人間が勝手に与えたネーミングである。

 つまり我々は、細菌の住処であると同時に、細菌共生型のウンコ製造器なのだ。何物であるかといった哲学的な問いに対する答えとしては今ひとつパッとしないが、これだけは曲げようのない真実である。無数の生き物と共に生きていることを、今日も私はトイレで実感している。


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