「NEWTYPE」掲載<森山和道のサイエントランス>第4回

2003年07月号掲載

『体を操る虫』

 前回の原稿でウンコがどうのこうのといった話を書いたバチがあたったのか、食あたりになってしまった。いま、ひどい下痢に見舞われている。

 細菌感染による下痢は、体の防衛反応だ。異常な状態になってしまった腸内を元の状態に戻すために、いわば一気に内側から洗浄しているのである。だから余計なことをせずに取りあえず出すものを出してしまったほうがいいのだが、そうとばかりも言ってられないのが社会人の悲しいところである。

 さて、腸の細菌も、このように悪さすることがあるのだが、細菌やウイルスといえば、だいたいは悪玉という印象が強いだろう。前回のコラムでは多数の生命体と共生している生命体としての人間像を紹介した(つもりだ)が、今回は、悪さをするものの話をしよう。

 まず、大量の下痢を引き起こす病原体と言えば、赤痢菌やコレラ菌が有名だ。彼らは人に感染した結果、急性の下痢を引き起こし、時には死に至らしめる。なぜ、感染者を下痢させるのかというと、そのほうが増えるために好都合だからである。細菌の生きる目的は、増殖することだ。そのためには、保菌者の体の中で増えられるだけ増えたら、今度は別のキャリアへと移るために、外に出る必要がある。そのために保菌者の体に引き起こす作用が下痢や嘔吐であったりするわけだ。

 もっと不可思議な行動を引き起こす病原体もいる。たとえば狂犬病ウイルス。狂犬病は、いったん発病したが最後、数日で100%死亡する恐ろしい人畜共通感染症だ。噛み傷から侵入したウイルスは筋肉細胞のなかで増殖、脊髄から脳幹を侵し、神経細胞に居座る。その結果、何が起こるか。このウイルスは、宿主の攻撃性を増加させる。つまり、何にでも噛みつくようになる。なぜ、たかがウイルスにそんなことができるのかは謎だが、狂犬病ウイルスは、自分たち自身を増やすことに最適な行動を、特定の神経系を刺激することで、宿主の体に引き起こすことができるらしい。進化が為した結果だが、実に不思議としか言いようがない。

 だが上には上がいるというか、もっと摩訶不思議な連中もいる。小さなハチの仲間は、他の昆虫に寄生するものが多い。コテシアと呼ばれる寄生蜂もその一種だ。こいつは芋虫に卵を産み付けるのだが、産卵するときに同時に数百万のウイルスを植える。ウイルスは卵を宿主の免疫系から守る働きをするのだが、このウイルスそのものが、また実におかしな存在なのだ。

 実はこの蜂は、生まれたときからウイルスの遺伝情報をDNA上に分散させて持っているのである。ウイルスに感染しているのではない。ウイルスの遺伝情報が、DNAに書き込まれているのだ。雌が蛹になり変態するときになると、ウイルスのDNAが覚醒し、卵巣の細胞の一部でウイルス自身が繋ぎ合わされて製造される。やがてウイルスは蜂の体内をうろつきはじめるが、蜂に悪さをすることはない。芋虫に植え付けられたとき、ウイルスは芋虫の細胞に新しいタンパクを作らせ、それが芋虫の免疫系を破壊する。こうして蜂は子孫を残していくのである。もちろん、ウイルスのDNAを体内に宿したまま。これが本当にウイルスなのか、それとも蜂が獲得した飛び道具なのか、真相は分からない。


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