「NEWTYPE」掲載<森山和道のサイエントランス>第7回

2003年10月号掲載

『火星の砂嵐、金星のスーパーローテーション』

 火星がおよそ6万年ぶりに地球に大接近している。もっとも、8月27日に最接近したときにおよそ5576万キロという遠距離だが、マイナス2.9等の明るさになるので、誰でも分かるだろう。いまこの原稿を書いているいまでも、街ではにわか天文ファン向けに天体望遠鏡がセールスされている。当たり前だが8月27日だけしか見られないわけではないので、たまには空を見上げてみてはいかがだろうか。

 さて、火星といえば赤い星。あの赤は酸化鉄の赤である。つまりサビているのだ。地表面大気圧は6ヘクトパスカル。地球の1/100だ。主成分は二酸化炭素である。地球と大きく違うのは、季節によって大気圧そのものが大きく変動する点。火星の極冠に固体状態で存在する二酸化炭素(つまりドライアイス)が夏には昇華、冬にはまた固体に戻るためだ。

 大気の密度が薄いので火星大気は非常に暖まりやすく冷めやすい。そのため夜の部分と昼の部分の温度差は激しく、東西方向に強い風が吹く。

 火星最接近は研究者からも注目されているのだが、7月になって火星では大規模な砂嵐が起きているという。火星の砂嵐は地球のそれとは比べものにならない。ときには惑星規模の巨大ダストストームとなることもある。

 なぜ惑星全土に砂嵐が起きるのか、詳しいメカニズムはまだ未解明だが、おおざっぱには次のような過程を経るという。

 火星大気には常にダストがある。このダストはちょうど太陽の光を遮ると同時に、自ら熱を吸収するサイズになっている。その結果、ダストを含む大気は、地上からの輻射ではなく直接暖められることになる。暖められた大気は上昇する。すると回りの空気も暖められる。と、こういうかたちでどんどん上昇気流が加速し、それと同時にダストが地上から大気へと撒き散らされることで砂嵐が暴走していく。地球と違い、大気に水蒸気が含まれていないので、雨の形でエネルギーが発散されることもない。

 と、このような説が以前は唱えられていた。つまり、地球上の台風発生と同じようなメカニズムである。ところが惑星探査機の観測によれば、火星のダストストームには渦がないのである。そのため現在では、惑星規模の大気循環の重ね合わせでダストストームが起きると考えられている。地球にもハドレー循環や偏西風のような巨大な流れがあるが、ああいう大きな大気の動きが組み合わさることで、ストームが発生するのだという。大砂嵐は高さ60kmにも達し、一回の砂嵐で数十億トンのダストが大気に放出されるそうだ。

 スター・ウォーズをはじめとしたSF映画やアニメには「砂漠の惑星」とか「熱帯の惑星」とかが出てくるが、地球のことを考えれば分かるように、惑星全土が同じ気候ということはあり得ない。確かに金星のように全土が灼熱の星や火星のように砂漠ばかりの星もあるが、それらの惑星にも、それぞれの気候がある。しかも地球を基準にすると想像もつかないような気象現象が太陽系の惑星に限定しても存在する。たとえば金星大気は惑星の自転の60倍のスピードで回転しているし、木星の大赤班は未だにどんなものなのか満足いく説明がない。自然の驚異の前には人間の想像力は全く及ばないのだ。


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